カテゴリー「戦争」の投稿

戦争の傷跡 「鎮魂歌」「火垂るの墓」「ふたつの悲しみ」

5月末に「往来座 外市」で購入した『荒地詩集1956』(荒地出版社)を少しずつ読み進めている。田村隆一、鮎川信夫、黒田三郎、三好豊一郎、中桐雅夫ほか現代詩文庫で読んだことのある詩がある一方で、初めての詩もある。木原孝一の詩にはこれまで触れることはなかった。吉本隆明『戦後詩史論』の中にちらっと出てきた記憶がわずかに残っているぐらいで。今回「鎮魂歌」に出会い、心を揺さぶられた。棘が刺さったような感覚が消えない。

民間人(非戦闘員)であった弟を昭和20年5月の大空襲で喪う。その弟への、そして戦争で命を落としたすべての人々への鎮魂であり、生き残った者たちへのメッセージでもある。

「鎮魂歌」  木原孝一

  弟よ おまえのほうからはよく見えるだろう
  こちらからは 何も見えない

昭和三年 春
弟よ おまえの
二回目の誕生日に
キャッチボオルの硬球がそれて
おまえのやわらかい大脳にあたった
それはどこか未来のある一瞬からはね返ったのだ
泣き叫ぶおまえには
そのとき 何が起こったのかわからなかった

  一九二八年
  世界の中心からそれたボオルが
  ひとりの支那の将軍を暗殺した そのとき
  われわれには
  何が起こったのかわからなかった

昭和八年 春
弟よ おまえは
小学校の鉄の門を 一年遅れてくぐった
林檎がひとつと 梨がふたつで いくつ?
みいっつ
小山羊が七匹います 狼が三匹喰べました 何匹残る?
わからない わからない
おまえの傷ついた大脳には
ちいさな百舌が棲んでいたのだ

  一九三三年
  孤立せる東洋の最強国 国際連盟を脱退
  四十二対一 その算術ができなかった
  狂いはじめたのはわれわれではなかったか?

昭和十四年 春
弟よ おまえは
ちいさな模型飛行機をつくりあげた
晴れた空を 捲きゴムのコンドルンドルはよく飛んだ
おまえは その行方を追って
見知らぬ町から町へ 大脳のなかの百舌とともにさまよった
おまえは夜になって帰ってきたが
そのとき
おまえはおまえの帰るべき場所が
世界の何処にもないことを知ったのだ

  一九三九年
  無差別爆撃がはじまった
  宣言や条約とともに 家も人間も焼きつくされる
  われわれの帰るべき場所がどこにあったか?

昭和二十年
五月二十四日の夜が明けると
弟よ おまえは黒焦げの燃えがらだった
薪を積んで 残った骨をのせて 石油をかけて
弟よ わたしはおまえを焼いた
おまえの盲いた大脳には
味方も 敵も アメリカも アジアもなかったろう
立ちのぼるひとすじの煙りのなかの
おまえの もの問いたげなふたつの眼に
わたしは何を答えればいいのか?
おお
おまえは おまえの好きな場所へ帰るのだ
算術のいらない国へ帰るのだ

  一九五五年
  戦争が終わって 十年経った
  弟よ おまえのほうからはよく見えるだろう
  わたしには いま
  何処で 何が起こっているのか よくわからない

声高に戦争の悲惨さを唱えてはいないだけに、いっそう心に響いてくる。
「おまえの盲いた大脳には 味方も 敵も アメリカも アジアもなかったろう」。
不条理な死というものが確かにある、ということを突きつけられる。
「わたしには いま 何処で 何が起こっているのか よくわからない」。
わたしたちは、この地点から大きく前進できたのだろうか。戦争の本質というものをほんとうにわかっていると言い切れるのだろうか。そんな自問がふつふつとわき起こってくる。

肉親の死を通じて戦争の傷跡を描いた作品に、あまりにも有名な野坂昭如の『火垂るの墓』がある。アニメによる映画も幾度と無く放映されているので、知らない人の方がむしろ少ないのではないか。この作品の中でも、肉親を焼かねばならぬ状況が描かれている。栄養失調により衰弱死した妹を行季に入れ、兄が木炭で焼くという。

衰弱した妹・節子が、ままごとのように土くれの石ころを並べ、兄・清太にご飯、お茶、おからなどを振る舞う場面、(原作にはないがアニメで)節子が石ころをドロップだと思って舐める場面など、胸を抉られるような描写もある。とりわけ私の脳裏から離れないのは、原作の中で清太が次のように思うところだ。

横になって人形を抱き、うとうと寝入る節子をながめ、指切って血イ飲ましたらどないや、いや指一本くらいのうてもかまへん、指の肉食べさせたろか、

中学生の清太にこんなことまで思わせ、そして「もはや飢はなく、渇きもない」という状態で死に追いやる戦争とは何なのだろうかと考えざるを得ない。

杉山龍丸『ふたつの悲しみ』も忘れられない。筆者が日本兵の復員の事務についていた際、ひとりの少女が父親の安否を確認しに来た時の話である。

「あたち、小学校二年生なの。おとうちゃんは、フイリッピンに行ったの。おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。それで、それで、わたしに、この手紙をもって、おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」
 顔中に汗をしたたらせて、一いきにこれだけいうと、大きく肩で息をした。(略)
私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは――」
といいかけて、私は少女の顔を見た。やせた、真黒な顔、伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
 私は少女に答えねばならぬ。答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです」といって、声がつづかなくなった。瞬間少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、ベそをかきそうになった。涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」
 私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。
 少女は、不思議そうに、私の顔をみつめていたのに困った。やっと、書き終って、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
 涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
 私は、声を呑んで、しばらくして、「おひとりで、帰れるの」と聞いた。
 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」
と、あらためてじぶんにいいきかせるように、こっくりと、わたしにうなずいてみせた。
 帰る途中で、私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」と、小さい手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。(略)

山田太一編『生きるかなしみ』(ちくま文庫)所収

「下くちびるを血がでるようにかみしめて」涙をこらえる少女。こんなことを強いる戦争とは何なのだろう。

若者の右傾化、北朝鮮の脅威などが様々なメディアで報じられている。日米安保、憲法改正の是非はこれからもわたしたちが直面していかねばならぬ問題である。それはいかにして「戦争」を回避していくかという問題でもある。わたしたち一人一人が考えねばならない。
日常に追われ、そんなことなど考える余裕すらない現実の中にあっても、思考停止してはならない、感覚を鈍麻させてはいけないと思う。

今回とりあげた3つの作品は、目をそむけたくなる惨状が直接描かれているわけではない。だからこそ、わたしたちの「想像力」が求められるのだ。
自らが戦争体験者となる時には、もう遅いのだから。

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