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『新書大賞2010』(中央公論新社) 〔2〕

〔1〕(http://ramble-in-books.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/10-a47d.html)を書いてからかなりの日数が経ってしまったが、『新書大賞2010』における8位以下を見ていきたい。

8位(49点)   ⑧『世界は分けてもわからない』 福岡伸一(講談社現代新書)
9位(37点)   ⑨『通勤電車でよむ詩集』 小池昌代編著(生活人新書)
           ⑩『日本の難点』 宮台真司(幻冬舎新書)
11位(34点)  ⑪『書くー言葉・文字・書』 石川九楊(中公新書)
           ⑫『多読術』 松岡正剛(ちくま新書プリマー新書)
           ⑬『ベーシック・インカム入門』 山森亮(光文社新書)
14位(32点)   ⑭『関係する女 所有する男』 斎藤環(講談社現代新書)
           ⑮『コミュニティを問いなおす』 広井良典(ちくま新書)
16位(31点)  ⑯『学問の春』 山口昌男(平凡社新書)
           ⑰『ニッポンの思想』 佐々木敦(講談社現代新書)
           ⑱『落語論』 堀井憲一郎山森亮(講談社現代新書)
19位(30点)  ⑲『2011年 新聞・テレビ消滅』 佐々木俊尚(文春新書)
20位(28点)  ⑳『闘うレヴィ=ストロース』 渡辺公三(平凡社新書)
           (21)『ヤンキー進化論』 難波功士(光文社新書)

8位⑧『世界は分けてもわからない』
2008年『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)で大賞受賞、2009年『できそこないの男たち』(光文社新書)は2位と、著者の新書は必ず上位に入ってくる。科学者としての透徹した目と、事象の奥行きを感じとる深い眼差しを併せ持っているところがなんと言えない。淀みなく流れる文章が未知なる世界へと誘ってくれる一方で、時折、上質のエッセイの佇まいを感じさせてもくれる。
この新書については機会を改めてもう少し詳しく触れてみたいと思っています。

9位⑨『通勤電車でよむ詩集』
書店ではあまり目立たない生活人新書ということもあって、見落としていました。北原白秋、谷川俊太郎とともにパウル・ツェラン、エミリー・ディキンソンなどの詩が収められているというのだから、魅かれる。読んでみたい一冊。

『日本の難点』
宮台真司には奥平康弘との対談『憲法対論』(平凡社新書)があるが、初の書き下ろし新書とのこと。現在の閉塞した状況下で著者がどのような提言をするかに興味が集まったのだろうか。それにしても、売上げでは8位には驚き。決して読みやすい本ではないのに。
例えば、早期教育に関してシュタイナーをとりあげ、次のように述べています。ちょっと長いけれど引用します。

社会システム理論の立場で言えば、<世界>を世界体験に変換する関数として、パーソナルシステム(自我)や社会システム(社会)があるのだと考えられます。関数ですから、別の関数(別様の変換可能性)を考えることができます。シュタイナーは関数を決まりきったお約束から解放しようとしました。
解放と言いましたが、関数自体から逃れられるわけではありません。<世界体験>の法則の記述性も-<世界>の法則性の記述さえ-<世界体験>の一つでしかありません。なぜなら我々には、<世界>を知ることが論理的にはできないからです。
我々が<世界体験>ではなく、<世界>の法則性を記述すると「見做す」のも、せいぜい「特定の手順に従えば万人が同じ観察を再現できる」という基準がクリアされた(と「見做す」)からに過ぎません。むろんこうした基準もまた、社会システム(社会)という関数すなわち変換装置のひとつなのです。
(中略)
本項の冒頭で僕が「目から鱗」こそがキーワードだと述べたことも、それに関係します。ただし、単に知的な「目から鱗」よりも、それを手段とする感情的・感覚的な「目から鱗」こそが大切だと思います。知的な幅とは違い、感情的・感覚的な幅は、成人後は簡単に変えられないからです。
感情や感覚の幅が広い人間であるほど、他人が置かれている状況や、それが彼や彼女に与える影響を理解できます。それが理解できる人は、他人を幸せにできるし、他人を幸せにすることを通じて自分も幸せになることができます。(中略)
他人を幸せにするということは、経済的な機会や政治的な機会をもたらすことに還元できない何事かです。たとえば、ミメーシス(感染的模倣)の機会がそうです。豊かになるとか集団を操縦するとかは別に、「スゴイ奴」に感染する喜びは、感情や感覚の幅を不可欠とし、またそれらの幅を拡げます。

社会システム理論に精通していない私には、ここでいう「関数」とは何のことなのか、もうひとつピンと来ない。「感情的・感覚的な幅は、成人後は簡単に変えられない」には肯けるところもあります。しかし、感情や感覚の幅が広い人間は、他人の置かれている状況を理解でき、人を幸せにできるには躓いてしまう。人間ってそんな単純なものではないでしょうと言いたくなってしまうのです。
「他人を幸せにすることを通じて自分も幸せになることができます」に至っては驚いてしまいました。

11位の中から⑫『多読術』
著者は何といっても「千夜千冊」の松岡正剛。その読書遍歴と、いかなる読書(方法)論を持っているのか気になって購入。
難しいことは書かれていません。
過去に読んだ本について書こうとする際、内容説明・案内・批評に陥りやすいため、平均的なガイドブックになるか、それを避けんがため過度に思想的になりがち。そこで、
<その本について「今日のこの日」に書いているのだから、初読当時の感想を今日のこの時点からあらためて眺める視線が必要です。この時間と空間をまたぐ視線が、意外に読書力に必要な視線でして、それには、その本を「今日の時点で」感じる必要があるわけです。>と述べている。

二度読むことで新たな発見があり、実は読めていなかったことが判るのは、誰にでもあること。要は再読しようという動機を、いかに見つけられるかではないでしょうか。

・速読そのものがよくないのではなくて、速く読もうと拘ることがよくない。同じ系統の本は読む量が増えてくれば、自然に速度もあがる。
・本はいろいろな読み方をするべきで、平均的な読書を求めてもダメ。「感読」「食読」「筋読」「精読」「耽読」「系読」……etc.
・読書は自分で気づかない「好み」の背景も秘めている。
・本はわかったつもりで読まない方がゼッタイにいい。ぼくもほとんどわからないからこそ、その本を読みたいのです。
・「役に立つ読書」について聞かれるのがつまらない。それって、「役に立つ人生って何か」と聞くようなもの。

千夜千冊を続けてきた著者の姿がくっきりと浮かび上がって来ます。
自分の読書に応用できそうなヒントもたくさん散りばめられていますが、頭の中に精巧な地図を描き、さまざまな観点から多様なものを結びつけていく「編集力」を身につけられるか否かは、また別の問題ですね。

14位⑭『関係する女 所有する男』
斎藤環の本の大半は読んでいるのですが、タイトルで敬遠。このところ文学、カルチャーを中心とした評論が多いが、個人的には『生き延びるためのラカン』をさらに深めた「ラカン論」を読んでみたい。

斎藤環といえば、双風舎HP上での茂木健一郎との往復書簡「脳は心を記述できるのか」が面白い。ラカンの鏡像段階の解釈からヴィトゲンシュタインの言語論に至り、偶有性の問題にからめてルーマンを持ってくるあたり、斎藤の論旨の展開は巧みで、一貫している。(提示した脳の写真の解釈、脳の定義は「???」)。一方、茂木はワーグナーの音楽・『指輪』を引き合いに出し、「この世に絶対的な価値などあるわけがない。永続的に存在するものなどありません。」と述べたかと思うと、アインシュタインの相対性理論、コンピュータ理論、量子力学、ダーウィン『種の起源』、認知神経科学、スピノザ『エチカ』などに言及。そのさまは頭の中に浮かんだイメージを次々と追いかけていくようでもある。ある解釈の可能性を受け容れつつも、結論めいたことは口にせず、何が重要な問題なのかをそのつど提示する。おそらく、茂木健一郎は一瞬たりとも留まっていられない人なのだろう。
相手側の問題提起に触発され、互いが持論を展開していく。着地点はなさそうだ。論争にもならない。それでも、私は十分楽しませてもらっています。

16位⑰『ニッポンの思想』
1980年代、浅田彰、中沢新一、柄谷行人らが注目を浴びることに始まったニュー・アカ(デミズム)ブームが、90年代の福田和也、大塚英志、宮台真司を経て東浩紀へと、どのような変遷を辿ってきたかをまとめた、いわばチャートのようなもの。
同い年である宮台真司は、わかりにくさもある程度見当はつくのですが、東浩紀以降ゼロ年代になってくるとお手上げに近い。共有できる言語が極端に少ないからなのか。私の頭が弱いのか、固いのか。或いは、私自身吉本隆明、鶴見俊輔らの思想に普遍的価値を見出しているからなのか。著者は東浩紀ひとり勝ちと言っていますが、論旨は理解できても、「それが?」と思ってしまいます。

20位⑳『闘うレヴィ=ストロース』
「入門としてオススメ」「本物は難解だけれど新書なら平易に読める」という感想が寄せられていますが、どうでしょうか。
1935年にブラジルへと旅立つまで、とりわけ学生活動家としてのレヴィ=ストロースを描いた部分はこれまで知らなかったことも多く、とても興味深く読めましたが、『親族の基本構造』以降、根幹的な思想に関する著述になると、決して平易と言えず苦労しました。なにせ、遠い昔に『野生の思考』と『悲しき熱帯』くらいしか読んでいないので。どう考えても、まったくの初心者が読み通すのは厳しいと思います。
この新書のすごいところは巻末にあります。参照・引用文献が該当ページまで細かく記載されている(8ページ分)ほか、レヴィ=ストロースの著作・論文リストがフランス語のまま(翻訳のあるものは邦題も記載)22ページにわたって掲載されていることです。これには驚きました。

「30人の目利きが激賞!2009年私のイチオシ」という特集が設けられています。
その中で岡崎武志さんが、南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)を挙げ、次のように評しています。

プロアマ問わず、本の売り買いを通じてコミュニケーションが生まれる。じつは出版社も取次も、新刊書店も古本屋も図書館も、出版不況と本離れの閉塞感によるため息のなかで忘れていた、本と人をめぐる根本精神のようなものを、「一箱古本市」が発掘したのだ。
本は読まれたがっている。その発信力の強さを教える一冊だ。

竹内洋、大澤真幸、鷲尾賢也の3名が、鹿島茂『吉本隆明1968』(平凡社新書)を推薦。私も発売後すぐに読みました。

鹿島茂は『リテレール3 わが読書』(メタローグ・1992年12月発行)に掲載された<貧弱きわまりない、平凡な文学青年的ベスト>の中で、『擬性の終焉』、『異端と正系』、『抒情の論理』、『芸術的抵抗と挫折』は、元気を回復するスタミナドリンクであったと吉本への心酔を吐露していた。さらに、こう書いている。
「私は、こうしたファイティング吉本を知らず『言語美』(『言語にとって美とは何か』)とか『共同幻想論』だけを読んでうんぬんする人の言葉は一切信用していない。私はいまでも強固な吉本教徒であり、自分の書いているものを含め、現在出回っている本はすべて、吉本隆明の著作に比べるとゴミだと思っている」
※現在この文章は、<わが読書「体系的」読書>というタイトルで、わが生涯の愛読書100冊のリストとともに『歴史の風 書物の帆』(小学館文庫)に収められています。

書名には疑問。全体の約4分の1は吉本の著書『高村光太郎』の考察で占められており、1968年における吉本隆明に関してはごくわずかしか述べられていないからです。
しかし、初期吉本の著作の丹念な読解には首肯できるところが多いのみならず、吉本思想の根幹を自分なりに整理するのに役立ちました。吉本の著書を今なお読み継いでいる者ならば、目を通しておいても決して無駄ではないでしょう。
著者が吉本に対して「倫理的信頼感」を抱いているところに共感を覚えます。
この「倫理的信頼感」あったから、オウム問題における発言で吉本が大きなバッシングにあったにも関わらず、私自身吉本から離れなかったと言えるからです。

最後に、2009年に発行された新書から私の10冊を挙げておきます。

■福岡伸一『世界は分けてもわからない』 (講談社現代新書)
■南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)
■佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち』(朝日新書)
■竹田青嗣『人間の未来』(ちくま新書)
■徳永恂『現代思想の断層』(岩波新書)
■岡田暁生『音楽の聴き方』(中公新書)
■宇野功芳・中野雄・福島章恭『新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇』(文春新書)
■岡田尊司『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)
■清水康博『京都の空間意匠』(光文社新書)
■仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書)

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『新書大賞2010』(中央公論新社) 〔1〕

昨年も当ブログで取り上げた新書大賞、今年もまた感想などを書いてみたい。
(2009年の記事は→こちら

『新書大賞2010』(中央公論新社)で選ばれた2009年発行、新書ベスト20(実質21冊)は以下のとおり。

1位(169点)  ①『日本辺境論』 内田樹(新潮新書)
2位(105点)  ②『差別と日本人』 野中広務・辛淑玉(角川oneテーマ21)
3位(90点)  ③『音楽の聴き方』 岡田暁生(中公新書)
4位(70点)  ④『戦後世界経済史』 猪木武徳(中公新書)
5位(68点)    ⑤『ノモンハン戦争』 田中克彦(岩波新書)
6位(50点)    ⑥『しがみつかない生き方』 香山リカ(幻冬舎新書)
          ⑦『ぼくらの頭脳の鍛え方』 立花隆・佐藤優(文春新書)
8位(49点)  ⑧『世界は分けてもわからない』 福岡伸一(講談社現代新書)
9位(37点)   ⑨『通勤電車でよむ詩集』 小池昌代編著(生活人新書)
          ⑩『日本の難点』 宮台真司(幻冬舎新書)
11位(34点)   ⑪『書くー言葉・文字・書』 石川九楊(中公新書)
          ⑫『多読術』 松岡正剛(ちくまプリマー新書)
         ⑬『ベーシック・インカム入門』 山森亮(光文社新書)
14位(32点)  ⑭『関係する女 所有する男』 斎藤環(講談社現代新書)
          ⑮『コミュニティを問いなおす』 広井良典(ちくま新書)
16位(31点)  ⑯『学問の春』 山口昌男(平凡社新書)
           ⑰『ニッポンの思想』 佐々木敦(講談社現代新書)
          ⑱『落語論』 堀井憲一郎(講談社現代新書)
19位(30点)  ⑲『2011年 新聞・テレビ消滅』 佐々木俊尚(文春新書)
20位(28点)  ⑳『闘うレヴィ=ストロース』 渡辺公三(平凡社新書)
          (21)『ヤンキー進化論』 難波功士(光文社新書)

新書に造詣の深い書店員35人、書評家5人、各社新書編集部26人、新聞記者6人の総勢72人が、おすすめを5冊選び、投票した結果。1位10点、2位9点、3位8点、4位7点、5位6点で集計。(編集部は基本的に編集長、自社作品への投票はなし)

上記ベスト20の中で、売上げがベスト20に入っているのは⑥1位、②2位、⑩8位、①12位、⑧19位である。ちなみに、ベスト20に選ばれなかったが、売り上げ3位は『断る力』(勝間和代)、4位『日本を貶めた10人の売国政治家』(小林よしのり)、5位『子どもは「話し方」で9割変わる』(福田健)。
ちなみに、私が読んだのは①②③⑦⑧⑩⑫⑰⑳の9冊。

それにしても①『日本辺境論』は昨年11月の駆け込み発行を考えるとぶっちぎりに近い。一人5冊選べるのだから、入れたくなるのも当然か。

主題は、「めまぐるしく変化するものの、変化の仕方が変化しない」日本文化。内田はこれを丸山真男から採っている。「世界のどんな国民よりもふらふらきょろきょろして、最新流行の世界標準に雪崩をうって飛びついて、弊履を棄つるがごとく伝統や古人の知恵を捨て、いっときも同一的であろうとしないほとんど病的な落ち着きのなさのうちにわたしたちは日本人としてのナショナルアイデェンティティを見出した」。しかし、こんな国(日本)が生き延びているのだから、何か固有の召命があると云っている。
ここから、戦争、憲法、学びにおける師弟関係、日本語の特殊性ほか、過去の著名な書を巧みに引用しつつ、丸山真男、司馬遼太郎、新渡戸稲造、親鸞、澤庵禅師、白川静、カミュ、カント、ヘーゲル、ハイデガーなどを登場させて、話を展開していく。目の付け所のユニークさ、絶妙な語り口は内田ワールド全開。深い思索の跡は感じられないものの、さすがと言うしかないでしょう。

『差別と日本人』 も入るべくして入ったと誰もが納得するのでは。差別の問題を、これだけ不特定多数の人間に知らしめた本、現代では思いあたらない。政治家・野中広務の知名度、これまでの数々の言動が衆目を集めさせたのでしょう。加えて、在日である(対談相手)辛淑玉も、彼女ならではの切り口で、野中から、これまでにはない言葉を引きずり出している。敢えて引きずり出すと言ったのは、野中の苦悩が垣間見られるから。
辛淑玉による解説文は、差別問題をあまり知らない読者の一助にはなっているものの、解説というより解釈に近いかな。欲を言えば、もっと野中の話が聞きたかった。

『音楽の聴き方』の著者岡田暁生は、同じ中公新書から『オペラの運命』(サントリー学芸賞受賞)、『西洋音楽史』を出していて、いずれも質の高い新書。

「聴き方」とは「聴く型」のこと、すなわち、各人自由に音楽を聴いているように思えても、そこには「パターンとして聴く」という暗黙の約束事があって、音楽の構造面のみならず、「感動」という情動的反応においても、さまざまな型を刷り込まれていると筆者は云う。
厳密には同じとは言えないが、言語における「コード」、ソシュールのいう「ラング」を想起させる。
ここで終わってしまったら、素っ気ない話。筆者はそこから音楽を聴くことの本質論を展開している。

アドルノの論文に考察を加え、指揮者フルトヴェングラーやトスカニーニの演奏に言及。シューベルトの「ピアノソナタ第17番 ニ長調(D850)」をとりあげ、吉田秀和と村上春樹の解釈を対比させ、「音楽を語ること」の意義を説く。また、ポリーニ(ピアニスト)演奏によるショパンの「練習曲集」に触れながら、歴史文脈なしに音楽を聴くことは出来ないが、音楽を聴いたり、語ることは、音楽を歴史の中でデコードする営みと云っている。
これ以外にも、該博な知識をもとに語っていく様は十分に刺激的ではあるものの、クラシック音楽初心者にはちょっときついのでは。
内なる声に耳を澄ませ、音楽をひとつの啓示と受け取ることに全く異論はない。ただ、それを訴える際、やや「知」に傾いている感が拭えないのは残念。(興趣に富む音楽論であることは確か)

『戦後世界経済史』。日本経済新聞によるエコノミストが選ぶ「経済図書ベスト10」で第一位に、週間ダイヤモンド「ベスト経済書」で第二位に選ばれている。
<精読すべき書。筆者の議論は「知性でもって」欲望を制御できる方途について思索をめぐらせている><経済に疎い読み手にも気負うことなく読み進められる>といった感想が寄せられている。

『ノモンハン戦争』は著者が言語学者だったために、パスしていた。モンゴル人の視点から描き、新しい光を当てたと解説には書いてある。いずれ読んでみよう。

『しがみつかない生き方』。<勝間和代>の対極にある「ふつうの幸せ」を説いた論争の書と表現されていて、勝間和代との対論本も刊行されたと解説にあるが、いつまでこんなかたちで本をつくっていくのでしょうかね(編集者も含めて)。両著者の本は1冊ずつ読んだが、普遍的な視座を持っているようには思えず、個人的には興味がないというのが正直なところ。(現代社会が抱える問題に関心がないわけではありません)

『ぼくらの頭脳の鍛え方』 。二人それぞれ200冊を選んでいるが、唸らせてくれるような選書はそれほど多くはなかった。対談が刺激的との感想が紹介されていますが、そうでしょうか。予定調和的で、もの足りなく私は感じましたが。

〔立花隆〕僕はカントの『純粋理性批判』の議論は、ただの机上の空論と思っていますが、カントの『永遠平和のために』は評価しています。薄い本ですが、世界平和構築は、どうしても必要なことですから。そのとき頼りになる最初の原点に、カントのこの本がある。日本の憲法九条もその原点を辿ると、カントにいくわけですよね。

〔佐藤優〕ええ、世界の国々がそれぞれのエゴを捨てて、最終的に世界平和を建設する。そんな大きな夢を持ちつつ、現実の政治で、二律背反に耐えて生き抜くことが大事です。

う~ん、何を言いたいのでしょうか。最近の立花隆はこんなものでしょうという感じで、さして不思議ではないものの、佐藤優、他での言説に比すると緩すぎませんかね。
ディミトロフ『反ファシズム統一戦線 新訳』(国民文庫)を挙げる一方で、勝間和代『断る力』、養老孟『バカの壁』、藤原正彦『国家の品格』、田原総一郎『日本の戦争』なども挙げている。200冊に入れるような本でしょうか。コメントにも無理が感じられる。

第9位以下は〔2〕で。

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中公新書の魅力  『中公新書の森 2000点のヴィリジアン』

新書には随分とお世話になった。お金のない学生時代には、古本屋に行けば新刊専門書1冊分の値段で何冊購入できたことか。金銭面だけではない。英文科に所属していたが興味の対象は哲学、思想、宗教、心理。もっと知りたい、自分なりに考えたいと思ったのが戦争や歴史的事件を通じての「日本」であったために、新書は大いに役立った。
とにかく概要をつかみたい。が、教科書的記述では物足りない。あまりに専門的ではついていけない。そういう要求に応えてくれるのも新書であった。

量的には岩波新書を一番多く手にしたが、深く心に刻まれ、もっと知りたい、拡げたいと思えたのは中公新書の方が多かった気がする。岩波新書、講談社現代新書が装いを新たにした前後から(昔に比べ)中身が薄くなった現在、充実度、水準の高さ、駄本の少なさでは他を大きく引き離しているのではないだろうか。
加えて著者の情熱、息吹が感じられ、参考文献(史料)の多さには目を見張る。思想的偏向、教条的言述も少ないように思われる。

通巻2000冊突破記念として無料配布された『中公新書の森 2000点のヴィリジアン』を読む。各界の識者を中心とした179名に、最も印象に残っている中公新書、人に推薦したい中公新書などを、1から3点挙げてもらい、その理由を答えてもらうアンケートの結果と、選ばれた3冊に関するコメントはとても興味深いものだった。
解答をもとに(私が)集計してみると人気ベスト20は以下となった。

アンケートによる上位20冊 ※書名の頭の数字は得票人数

15 ■会田雄次『アーロン収容所』   
11 ■石光真人編著『ある明治人の記録』 
10 ■宮崎市定『科挙』  
9  ■竹内洋『教養主義の没落』  
8  ■井上幸治『秩父事件』  
8  ■高橋正衛『二・二六事件 増補改版』 
6  ■山室信一『キメラ-満州国の肖像』 
6  ■北岡伸一『清沢洌 増補版』 
5  ■入江昭『日本の外交』 
5  ■佐藤卓己『言論統制』
5  ■高坂正尭『国際政治』
4  『アダム・スミス』 『時間と自己』 『照葉樹林文化』 『大君の使節』
   『胎児の世界』 『肉食の思想』 『発想法』 『町衆』 『理科系の作文技術』

好みの差があるにしても、この結果に大きく異存を唱える者はいないと思われる。『清沢洌 増補版』 『照葉樹林文化』 『大君の使節』 『肉食の思想』 『町衆』の5冊は未読であるが、きっと良質な本であろう。
コメントをいくつか拾ってみる。

石光真人編著『ある明治人の記録』 
明治政府に「朝敵」の汚名を着せられた会津藩の「流刑地」における辛苦、および初期士官学校の姿をつたえるものは、この本をおいてない。恐るべき明治人の、恐るべき回想。
関川夏央(作家)

井上幸治『秩父事件』
「戦後歴史学」の手法を存分に用いたこの著作は、社会経済史的な分析をベースにしながら人びとの内面にどこまで接近し、それを解明できるかに挑戦した著作のように思う。ここに描き出される農民たちの姿は、じつに感動的である。
成田龍一 (日本女子大学教授 日本近現代史)

佐藤卓己『言論統制』
大戦直前、国防国家実現へ策を弄した情報官・鈴木庫三。彼が増長した陰には言論出版人らの時局迎合本能が多分に働いていたー。メディアの論調が一斉に片方の極に傾く時、必ず思い出す、重たい、歴史の真実。
尾崎真理子(読売新聞記者)

上位20位には入っていないが、コメントの中で特に印象に残ったもののひとつ。

西丸四方『病める心の記録』
落着かない精神神経の状態の記録が生々しくて、とても切なかった。異常への憧れがある一方で、その不安からも逃れたいところに自分もあったから、読んでいて心に染みた。
赤瀬川原平(作家、画家)

最後に私のベスト10 (順不同)

■木村敏『時間と自己』
■石光真人編著『ある明治人の記録』
■高橋正衛『二・二六事件 増補改版』 
■児島襄『東京裁判(上)(下)』
■山室信一『キメラ-満州国の肖像』
■霜山徳爾『人間の詩と真実』 
■生松敬三・木田元『理性の運命』
■長田弘『私の二十世紀書店』
■目崎徳衛『出家遁世』
■三木成夫『胎児の世界』

初版4万部がすぐに品切れとなり、2万部冊増刷したとのことですが、まだ書店に残っているかはわかりません。できる限り早く入手されることをお勧めします。

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〔新書雑感(2)〕 『新書大賞2009』(中央公論新社)

「いま最も読むべき46冊が決定」と銘打った『新書大賞2009』(中央公論新社)で選ばれた2008年発行、新書ベスト10は以下のとおり。

1位(16票) ①『ルポ 貧困大国アメリカ』 堤 未果 (岩波新書)
2位(9票)   ②『強欲資本主義 ウオール街の自爆』 神谷秀樹 (光文社新書)
        ③『できそこないの男たち』 福岡伸一 (講談社現代新書)
         ④『電車の運転』 宇田賢吉 (中公新書)
5位(8票)  ⑤『白川静』 松岡正剛 (平凡社新書)
6位(7票)  ⑥『アダム・スミス』 堂目卓生 (中公新書)
7位(6票)  ⑦『4-2-3-1』 杉山茂樹 (光文社新書)
8位(5票)  ⑧『悩む力』 姜尚中 (集英社新書)
         ⑨『不機嫌な職場』 高橋克徳ほか (講談社現代新書)
         ⑩『閉塞経済』 金子勝 (ちくま新書)

新書に造詣の深い書店員30人、新書編集部30人の合計60人が、おすすめを5冊選び、投票した結果。(編集部は基本的に編集長、自社作品への投票はなし)
上記ベスト10の中で、売上げがベスト20に入っているのは⑧が3位、①が4位、⑨が11位、②が18位である。ちなみに、1位『女性の品格』(※2007年発売)、2位『親の品格』。③が20位内に入っていないのは、2008年10月発売のためだろう。

アンケート対象60名では少なすぎるものの、各書の内容説明と寄せられたコメントを読むと、まあ妥当なところか。①②⑥⑨⑩と半数が現在の経済不況を反映した題材だ。
(ちなみに私の既読書は①②⑥)

①『ルポ 貧困大国アメリカ』は、湯浅誠『反貧困』(岩波新書)と一緒に読んだが、問題への真摯な取り組み方、詳細なデータ、多くの生々しいインタビューも載っており、質の高いルポである。サブプライムローンのあまりにも安易で、恐ろしいシステム。ジャンクフード、ファストフードに頼らざるを得ない貧困層に見られる肥満。学費免除、学費ローン利用の躓きが入隊(兵役)への道となっている現状。高額医療費による中間層の破産。(急性虫垂炎による一日の入院費が100万円を超える!) 年間750万円保証と甘い言葉で勧誘する派遣会社、実はイラクでの過酷な状況下の仕事。民間の請負会社による傭兵派遣もまた、貧困層をターゲットにしている。

新自由主義による市場原理に歯止めをかけられなかった結果招いた貧困、格差は、形態が違おうとも、流れは日本と変わらない。

著者は『新書大賞2009』の中でインタビューに答え、次のように語っている。
「民営化や規制緩和を否定する気はありませんが、それを教育や医療、国民の最低限の暮らしを守る部分にまで持ち込んだ時、国としての土台は崩壊する」「アメリカの現状を合わせ鏡にすることで、日本にはまだ選択肢があることに気づいてほしい」。

③『できそこないの男たち』は、2008年に大賞(1位)となった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者による作品なので、その勢いやまずといったところか。確かにこの人の文章は読ませる。

④『電車の運転』は、コアな層狙い打ち戦略がはまったのだろう。40年運転士として勤務した著者による作品は、マニアには堪らないものらしい。

⑤『白川静』は、大著『松岡正剛 千夜千冊』(求龍堂)で世間の度肝をぬいた著者による本ゆえ、売れないわけがない。しかも、全体像を把握しにくく、入門書がこれまでになかった没後2年の白川静が対象。 

⑦『4-2-3-1』は、サッカーのフォーメーションを表した数字がタイトルになっている、高名なスポーツライターの著書。W杯予選中ということも後押しとなったのか。

個人的にサッカーは大好きだが、このところの日本代表の試合は、良くも悪しくもドキドキさせてくれないので、以前ほど熱心に観戦できない。(海外の一流チーム同士の対戦は次元が違う) 加えて、日本サッカーに少なくとも今後10年、世界レベルのフォワード、サイドバックが現れるとはとうてい思えないので、読んでみようという気持ちになれなかった。

⑧『悩む力』もある意味、世相にマッチしたのだろう。解説によると、人間の実存的問題にからめ、「他者との相互承認の必要性」を説いているらしい。著者のテレビでのソフトで知的な語り口からして、女性層を取り込んだに違いない。私自身本書に興味はないが。
姜尚中なら、小熊英二との共編『在日一世の記憶』(集英社新書)を読んでみたい。

新書の特性を生かしながら頑張っていると思えるが、「再読に耐える重厚な本は極めて少ない」という印象は拭えない。

本誌には、永江朗と宮崎哲弥による対談記事「新書でしか出せない本がある!」も載っている。
永江は以前のとんがったところが影を潜め面白みに欠ける。宮崎は新書の評に限って言えば、偏りがあることを差し引いても、かなり鋭い。宮崎の著書『新書365冊』(朝日新書)は、坪内祐三『新書百冊』(新潮新書)と共に新書解説本としては大きな収穫だった。
その宮崎がベスト5に挙げている中の、野中尚人『自民党政治の終わり』(ちくま新書)と下條信輔『サブリミナル・インパクト-情動と潜在認知の現代』(中公新書)には興味をそそられた。

前者は目利きが選ぶジャンル別3冊「日本政治」の記事で、片山善博も推している。

後者は、以前読んだ『サブリミナル・マインド-潜在的人間観のゆくえ』(中公新書)と『「意識」とは何だろうか-脳の来歴、知覚の錯誤』(講談社現代新書)の2冊が示唆に富む本だったので、気にはなっていた。

後は、人々がリスクを管理する側の人間と自分の価値観が同じであると認識することが信頼へとつながるという仮説「主要価値類似性モデル」について書かれた、中谷内一也『安全。でも、安心できない・・・』(ちくま新書)が気になる。斎藤環推薦の新書。

年間通じては、けっこうな数の新書を読むのだが、新刊ですぐさま飛びつくことは少ない。半年、あるいは一年近いタイムラグがあっても気にならないからだ。評価が固まるのを待っていることもある。読んでみたいと思っても、「すぐに読まねばならぬ」という必要性をも感じない新書が多い。だから、時流に関係なく自分の興味とその時の気分に合った本のみ発売時に(定価で)買う。
そのため、ここ5年はブックオフで(半額セール)175円~250円(均一セール)、場合によっては105円になってから買うことが多い。

今年新刊で購入した新書は、小説『ア・ルース・ボーイ』(新潮社)の頃から読んでいる佐伯一麦の『芥川賞を取らなかった名作たち』(新潮新書)と、雑誌『流動』に記事を書いていた頃から注目していて、その著書の8割方読んでいる竹田青嗣の『人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義』(ちくま新書)の2冊のみ。もちろん、店頭で自分の気になる箇所をいくつか立ち読みしてからだが、こういう買い方をしたものにはハズレがほとんどない。

なにやら、まとまりのない記事になってしまったが、新書に関してはこれからも触れていきたい。

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〔新書雑感(1)〕 新書ブームと出版不況

今日の朝日新聞朝刊、「新書ブーム 市場沸騰」と題する記事で、新書の「百花繚乱」状態を取りあげていた。新書御三家と呼ばれる、岩波が1938年、中公が1962年、講談社が1964年にそれぞれ新書を刊行している。70年の歴史を持つ新書だが、ここ10年ほどでその様相を一変させた。

1994年岩波新書、永六輔『大往生』が230万部を超える驚異的なヒット作品となり、その後2003年新潮選書創刊時に出された、養老孟司『バカの壁』は400万部を超えた。各出版社が色めきたったのも無理はない。さらに、2006年9月発行、板東眞理子『女性の品格』(PHP新書)が300万部を超える。出版社側とて、厳しい出版不況の中、最初からミリオンセラーになるなどと思っていたはずがない。要するに何が爆発的にヒットするかわからないのが現状だろう。

2008年一年間だけで40以上のレーベルから1,500点以上発行されたというのだから、異常とも言える。実際書店は新書であふれかえっていて、何を読もうかとじっくり手にとって考える余裕さえ持てない。しまいには頭がくらくらしてきて気分が悪くなる。
新書の棚が増殖し、他の本のコーナーをどんどん侵食している。出版や書店業界に身をおいているわけでもないのに、「こんなことでいいのか」と思ってしまう。

「中央公論」編集長は「今の新書には一発ギャグのような本と保存版にしたい本が混在する猥雑さがある。雑誌よりアバンギャルドです」と語っているが、楽観的過ぎやしないか?
そこそこ売れた著者を各社が追いかける。中には同工異曲、内容の薄いやっつけ本も目につく。あるテーマが注目を浴びると、質の悪い二番煎じ三番煎じが直ぐさま出現する。かような状況がこの先続いていくとしたら、出版の未来は暗いと思わざるを得ない。

有隣堂社長の「新書や文庫が売れる時代はその分ハードカバーの単行本が売れない。商品単価が安くなるので、出版社も書店もトータルでは売上げが下がる懸念がある」という話。
出版ニュース社代表の「新書市場に新規参入が続いて話題になる時は出版業界が苦しい時。この構造は昔も今も変わりません」という話の方が切実に感じられる。

有名雑誌の相次ぐ休刊、廃刊。書籍が売れない。勢い、新書(や文庫)に頼らざるを得ないのだろう。とはいえ、2008年は姜尚中『悩む力』(集英社新書)の60万部超えが最大のヒットで、30~40万部が壁となっているようだし、各社平均して最低1万部売れればいいというのが現状ではないだろうか。

タイムリーな出版、柔軟性が必要なこともわかるが、こういう状況だからこそ、柳の下のドジョウを追いかけるのではなく、各社の色を明確に出し、耐用年数の長い良質な新書を生みだしていく努力が求められると思うのだが。

専属の校閲部隊が厳しいチェックをしているから、中公新書は他社に比べ質の高い本を出して来られたと聞いたこともある。企画から発行まで、やっつけではなくある程度の時間をかける出版社もあると聞いている。そういう姿勢は失って欲しくないものだ。

次回は、『新書大賞2009 いま最も読むべき46冊が決定』(中央公論新社)に触れながら、新書の中身や傾向について考えてみたい。

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