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「第10回 不忍ブックストリート 一箱古本市」出品本紹介(1)

10回目となる「不忍ブックストリート 一箱古本市」。今回は原点回帰の意味合いもあって、一箱の大きさが38㎝×32㎝。昨秋が50㎝×40㎝だったから、かなり小さくなる。
作業を始めた途端唸ってしまった。一度に出せる本が少ない…。
箱の底の部分を犠牲にして、お客さまが見やすいようにと考え出した<とみきち屋>タワーをもってしても限界が…。
今回は、先発とベンチ要員を分け、スペースができたら随時補充する方針でいきます。忙しくなるなあ。

それでは、<とみきち屋>出品本の一部を2回にわたってご紹介していきます。

〔海外文学の森 絶版・品切れ本特集〕

■ソルジェニーツィン『収容所群島』(全6冊揃い・新潮文庫)
■ホフマン『牡猫ムルの人生観』(上下・角川文庫)
■ナボコフ『ベンドシニスター』(サンリオ文庫)
■ジュリアン・グラック『シルトの岸辺』(ちくま文庫)
■リルケ『フィレンツェだより』(ちくま文庫)
■コレット『私の修業時代』(ちくま文庫)
■リラダン『未来のイヴ』(上下・岩波文庫)
■マラマッド『アシスタント』(新潮文庫)
■トーマス・マン『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』(新潮文庫)

■ヤン・ウォルカーズ『赤い髪の女』(角川文庫)
2回目の出品。山田詠美絶賛の絶版本です。

■ジャン・グルニエ『孤島』(竹内書店・AL選書)
■ジョイス・マンスール『充ち足りた死者たち』(白水社)
■ナボコフ『世界の文学8 キング、クイーンそしてジャック 断頭台への招待』(集英社)

■マルケス『百年の孤独』(新潮社・1999年改訂版)
現在、マルケス全集の中に『百年の孤独』は当然入っていますが、全面改訳して1999年に発行されたこの版は品切れです。私はこの装幀の方が遙かに好きです。

※上記以外にも何冊か揃えます。また、品切れではない海外文学本も出品します。

〔クラシック音楽の小部屋〕

■五味康祐『五味康祐 音楽巡礼』(新潮文庫)
■五味康祐『ベートーヴェンと蓄音機』(ランティエ叢書)
五味康祐は<とみきち屋>の看板。今回も出品します。

■宇野功芳『フルトヴェングラーの全名演名盤』(講談社+α文庫)

■吉田秀和『LP300選』(新潮文庫)
復刊された『名曲300選』(ちくま文庫)には入っていない、吉田秀和による当時の推薦盤が、56頁に亘り解説付で巻末に載っています。
『300選』の新旧文庫本については以前書きました。(→こちら)

■梅津時比古『耳のなかの地図―音楽を聴くこころ』(音楽之友社)
23日に2010年度「記者クラブ賞」を受賞した梅津時比古の稀少本。かくも静謐で美しい文章を書けるクラシック音楽評論家は、吉田秀和を除いて他にはいないと思います。

■『考える人 特集 クラシック音楽と本さえあれば』(2005年春号・新潮社)
「わたしのベスト・クラシックCD」では、水村美苗、蜂飼耳、杉本秀太郎、佐伯一麦、森内俊雄、保坂和志、小池昌代、平出隆などがアンケートに答え、好きなCDを語っています。
安岡章太郎、堀江敏幸、恩田陸ほかの記事、内田光子ロングインタビューも掲載。

〔とみきち屋強引セット〕

●旧制高校生三種の神器セット
 西田幾多郎『善の研究』(講談社学術文庫)
 倉田百三『愛と認識との出発』(岩波文庫)
 阿部次郎『三太郎の日記』(角川文庫)

●深代惇郎セット
  『天声人語8 深代惇郎』(朝日文庫)
  『深代惇郎エッセイ集』(朝日文庫)

深代の文章がどれだけ素晴らしいものだったか、現在の天声人語しか知らない方に是非読んでもらえたら。

●マラルメ論セット
 ブランショ『マラルメ論』(筑摩叢書)
 サルトル『マラルメ論』(ちくま学芸文庫)

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<とみきち屋>は
4月29日(木・祝) 11:00~16:00
「COUZT CAFE 藍い月」(http://www.couzt.com/)に出店します。

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お薦めの復刊文庫 2009.2 吉田秀和 『名曲三〇〇選』(ちくま文庫)

絶版久しかった新潮文庫『LP300選』が、『名曲三〇〇選』(ちくま文庫)として復刊された。著者は《音楽の歴史》を描いたのではなく、名曲を300曲選んだと述べているが、グレゴリオ聖歌から現代音楽まで、その視野は極めて広い。しかも、その時代ごと、主だった作曲家、作品への言及もしており、驚異的な本と言える。28年前、新潮文庫発行時以来手元に置き、愛読している。クラシック音楽に興味を持ち、その全貌を見通したい思う者には、最適の本としてお薦め。

文学、美術の造詣も深く、鋭利な感覚を土台にしながら、その文章には滋味がある。決して声高には語らない。だが、二流、亜流と思える曲には明言を避けたりしない。それでいて、逡巡してしまうところは、正直に伝える。そこがまた、吉田秀和の魅力でもある。

本書の中からいくつか紹介したい。

「ハイドンは、即興と情熱の一時的な戯れを拒否し、すべて着実で、論理的に一貫し、作品の統一と安定、音楽の純粋と真実が達成されている。しかも、すばらしいことには、それが、みせかけの悲愴や厳粛やをともなわず、むしろ明るくて活発な機知とユーモアとを失わない、本当の思索となっていることである。」

ハイドンの本質はつかみにくいと思っていた私の目を開かせてくれた。かくも短い文で言い得た例を他に知らない。

「『ピアノ・ソナタ ハ短調』(作品111)』はベートーヴェンのピアノ・ソナタの真の要約。劇的で、悲愴で孤高な第一楽章。本当にエッセンスだけにきりつめられた意義深い祈りの主題につづくすばらしい変奏の第二楽章。私は、もし、ベートーヴェンのすべてのピアノ曲中、ただ一曲をえらぶとなれば、この曲をとるだろう。」

ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調』(作品131)に触れて、

「ことに第一楽章のフーガと、中間のアンダンテの主題の変奏曲が深い感銘をあたえる。光と影の交替の絶妙さと、全体をおおう一種の超絶的な気配の独自さは、音楽史を通じても、ほかに比較するものが考えつかない。」

この文章と、五味康祐がこの2作品に言及した文章を読んでいなかったら、『ピアノ・ソナタ第32番』、『弦楽四重奏曲第14番』に出逢うのはもっともっと遅くなっていただろう。おかげで、20代前半で知ることができた。本当にその素晴らしさがわかるようになったのは30代後半になってからではあるが。今やこの2曲は私の宝となっている。

ワーグナーの音楽との対比でブラームス。

「音楽をもう一度、感情のほしいままの奔流とせず、音に造詣された構成の芸術に戻そうとする。といって、彼は、二十世紀の意味での《純粋音楽家》では、まったくない。彼もまた、骨の髄から時代の子、つまりロマン的芸術家なのだ。ただ、彼は無形体に耐えられなかった。ブラームスの偉大と悲劇―退屈という人もあるかもしれない―は、ここに胚胎する。」

ブラームス好きにはこの一節、至極納得できると思う。「退屈」と感じてしまう危うさを孕んでいるブラームスの音楽。映画音楽などで使われ、有名になった哀愁漂うメロディーもあるが、作品の多くは抒情があふれ出るのではなく、沈潜している。そこにロマンを見い出せるか否かで、ブラームス感は変わる。

「リストは、ロマン派のなかでも、ピアノの技法の発達、管弦楽法の新工夫、和声上の探求、リズムの非常な自由さといった点で、大変興味ある存在にはちがいないのだが、私は、彼の曲はよくわからない。」

「チャイコフスキーとなると、私は好きでなくとも、敬意を払う。彼には、表現すべき内容があったし、それを過不足なく表すすぐれた技術的手腕とのバランスも、きっちりとれていた。彼の曲は、入門にもよかろうが、そのあとだって優にきくにたえる。」

ベルクの『ヴォツェック』 に触れ、

「現代の人間の極限状況をとらえて、一個の不幸な人間のあり方を、鋭くえがいた傑作である。どんなに十二音階になれない人、あるいは嫌いな人でも、一度、これを舞台でみれば深くゆすぶられずにはいられないだろう。そのことはまた、この作品では、表現の形式と内容が、まったくほかのどんなふうなやり方でもなくて、まさに、こういう書かれ方をしていなければならないと、人を十分に納得させ、確信さすということでもある。」

どうですか?本書が単行本で世に出たのが1961年だから、48年が経過している。今なお、古びておらず、首肯できるとは思えませんか? 新潮文庫版では巻末に推薦盤(LP)が挙げられていて、これがまた圧巻だった。このリストを参考に、いったい何枚のLPを買い漁ったことか。

今回、ちくま文庫から復刊されるにあたり、さすがに年月が経ち過ぎていて、ここを見直すとなると、本文も必然的に手直ししなければならないので削ったと、吉田秀和自身述べている。解説は片山杜秀。

個人的に言えば、ヴィヴァルディの評価がもう一つであったり、ブルックナーの交響曲を第7番一曲で代表させてしまっているところが残念ではあるが、トータルで見ればたいした問題ではない。

他の者だったら無謀とも言える試み。本書は、吉田秀和だからなし得た、偉業とも言える。つい先日、新刊『永遠の故郷-薄明』(集英社)も出た。現在95歳の高齢ではあるが、音楽や芸術全般について、まだまだ「生の声」を聞かせてもらいたい。

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