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南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書) 一人一人の古本物語

ナンダロウ(南陀楼綾繁)さんの新刊『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)を2回続けて読んだ。どういうかたちで感想を書こうかと迷った末、bk1に書評を投稿。初めてのことである。

もう何年も前になるが、妻のとみきちがよく投稿しており、いつのまにか「書評の鉄人」とかになっていた。書評の鉄人たちによる本も出た。私の知っている方では、葉っぱさんソネアキラさんの書評も掲載されている。
そんなこともあったので、bk1にした。字数3000字まで可という条件も助かった。

少し悩んだ。とみきち屋のことを知っている方からすれば、著者との距離が近いと感じるはず。
でも書いた。一箱古本市の存在を知らない方にも是非読んでもらいたいと思ったから。
そのため、8割方第三者的な目で感想を寄せた。

本好きにはたまらない、素敵な本だと思う。
自分の知らない多くのイベントのことが手にとるように伝わってきた。

何より、ナンダロウさんの半端じゃない情熱と底力を感じた。
私が今さら言うまでもないが、その編集力たるや、プロ中のプロのものと感服。
また、各イベントの問題点にもきっちり触れているところが、偏っておらず、共感を覚えてならなかった。

無償で全国を駆け回り、多くの本好きが思いっきり楽しめるイベントを広めてくださったことには、一箱古本市参加者の一人として御礼の言葉あるのみ。
もちろん、一箱古本市を含め、多くのイベントを支えてくださっている皆様にも。
ありがとうございます。

『積んでは崩し』(けものみち文庫1)のなかの「本をナメルナ!」を読んだとき、この人はホンモノだなと思えた。
ある雑誌に触れ、<なんだか知的おしゃれなアイテムとしての抽象的な「本」しかでてこないのだ。くそっ、本をナメルナ!読者をナメルナ!>と憤慨。自分なら<そこにある「本」の物語を読者に感じてもらえる紹介を試みるつもりです。>と結んでいる。

「本」の物語をさらに「人」「イベント」に広げたのが『一箱古本市の歩きかた』であり、これまでナンダロウさんが信念をもってやってこられたことが結実していると思えてならない。

拙いものですが、私が書いたbk1の書評の一部をそのまま紹介します。

鳥取県米子市での「一箱古本市」を扱った章で紹介されているエピソードがとりわけ心に残った。
演劇、映画関連の本、戦前のグラフ雑誌の合本などイイ本を出していた母娘。実は四年前に亡くなった息子さんの本であった。参加する数日前からそれらの本をめくっては、息子さんを思いだしていたという。「演劇をやっていたこともあり、本が好きな子でした。処分するのがしのびなくて取って置いたんですが、こういう機会に本好きの人の手に渡ればいいと思って」。
その母親の言葉を受けとめ、著者はこう語っている。「本と人をつなぐ場所があれば、一箱古本市はドコでもできる」。
ここに、著者のみならず、本を愛する多くの人々の思いが集約されていると言ったら大げさだろうか。
本を愛する人「一人一人の古本物語」であふれている素敵な書。

書評そのものはこちらです→ http://www.bk1.jp/review/479740

ナンダロウさんは、記事を書かれた方のふだんの仕事はきちんと評価し、「この記事だけはいただけなかった」と書いている。こういうところが、いいなあ。

巻末の■全国ブックイベント年表作成に協力された「空想書店 書肆紅屋」さん、「退屈男と本と街」の退屈男さん、お疲れさまでした。この8年間の動きが一望でき、とても参考になりました。

さっそく『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)に関するリンク集をつくっていただいた「モンガ堂」さん、ありがとうございます。楽しく読ませていただいています。

リンク集 こちら→ http://d.hatena.ne.jp/mongabook/20091120

ナンダロウさん年内のイベントが光文社のHPに掲載されています。
「南陀楼綾繁トークツアー2009」 こちら→ http://www.kobunsha.com/special/hitohako/

我が家では3冊目を購入。86歳になったばかりの母に渡す。目の前でパラパラと読み始め、「楽しそうだねえ」と笑っていた。高齢で足が悪く、通院以外にはほとんど外出できないが、10年前だったらきっと行きたい!と言ったことだろう。

23日(月・祝)は「みちくさ市」ですね。
午前中の仕事を終えたら、行きたいと思っています。

『第4回 鬼子母神通り みちくさ市』

■開催日
2009年11月23日(月・祝日) 10:00頃~16:00
雨天の場合、28日(土)に順延(この日が雨の場合は中止)

■会場
雑司が谷・鬼子母神通り
東京都豊島区雑司が谷2丁目・鬼子母神通り周辺
Google地図 >> http://tinyurl.com/6xmc4y
主催/鬼子母神通り商店睦会  協賛/わめぞ http://d.hatena.ne.jp/wamezo/
● 当日朝の7:00に天候による開催の有無を決定します。
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以下の方法で開催の有無を確認できます。
  
・みちくさ市ブログ http://kmstreet.exblog.jp/
・みちくさ市携帯サイト http://mblog.excite.co.jp/user/kmstreet/
・わめぞブログ http://d.hatena.ne.jp/wamezo/

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ついに発売!! 山田詠美編 『幸せな哀しみの話』 心に残る物語―日本文学秀作選(文春文庫)

この日を鶴首して待っていた。山田詠美が独自に選んだ日本文学作品のアンソロジーがようやく出た。『幸せな哀しみの話』(文春文庫)。文春文庫創刊35周年企画「心に残る物語―日本文学秀作選」のひとつ。
この企画、第一弾は2004年12月宮本輝編『魂がふるえるとき』、続く第二弾が2005年5月浅田次郎編『見上げれば星は天に満ちて』。山田詠美の名が三番手として挙がっていたので楽しみにしていたものの、半年経っても、一年経っても発売されないので諦めてしまっていた。それだけに喜びもひとしお。

小説のために磨かれた大人の舌にこそ相応しい、幸せな哀しみの味を選ばせていただいた。確かな言葉が、言いようのないやるせなさを引き立てる、美味なる綴れおりの数々である。
(略 山田詠美による作品解説)
どの作品にも、大人の手練の舌と共に、子供の純朴で綺麗なままの舌も、ちゃんと残されているような気がするのである。読み手であり、書き手であるというのは、そういうことなのかもしれない。酸いも甘いも噛み分けるには、あえて噛み分けない手管も必要だということだ。それを駆使した小説の数々である。読んでいただければ、必ず味覚は進化する。

あとがきに書かれた山田詠美の言葉が、掲載された作品に共通するエッセンスと味わいを尽くしている。各作品の短評も秀逸。
以下が掲載作品。

● 中上健次 『化粧』
中上健次の小説はすべて読んでいる。これは中上初期の作品で、「死」のイメージが色濃く漂い、描かれる情景の象徴となる色彩も生死のあわいを巧みに表現している。叙情的とは決して言えないが、中上特有の暴力的な発露もなく不思議な味わいを持つ作品となっている。

● 半村良 『愚者の街』
直木賞を受賞した『雨やどり』の中の一編である。私は半村の酒場シリーズを好む。バーテンダー仙田の諦念を湛えた静かで、優しい目。が、矜持も捨てていない風情がたまらない。続編と言える『たそがれ酒場』もいい。短編集『忘れ傘』も半村ならではの作品だ。

● 赤江瀑 『ニジジンスキーの手』 ● 草間弥生 『クリストファー男娼窟』
● 遠藤周作 『霧の中の声』
この3編は未読。赤江と草間の文章は一度も読んだことがない。遠藤周作が怪奇小説を書いていたとは知らなかった。いずれにせよ、山田詠美が選んだのだから楽しみだ。

● 河野多恵子 『骨の肉』 ● 庄野潤三 『愛撫』
河野多恵子の小説は好みとはいえないが、『骨の肉』は代表作ともいえる秀作。
庄野潤三といえば『プールサイド小景』『静物』『夕べの雲』など、衆知の名作がすぐに思い浮かぶが、『愛撫』は文壇デビュー作。私は、講談社文芸文庫『愛撫 静物』が2007年夏に発売された時に初めて読んだ。

● 八木義徳 『異物』
山田詠美は今回と同様のアンソロジー集、『せつない話』(光文社文庫)の中でも八木義徳の作品を選んでいる。そこでは、八木の名作中の名作『一枚の繪』を。八木義徳はもっと注目されていい作家ではないかと思う。福武文庫がなくなってしまったためとはいえ、『家族の風景』も文庫では読めないなんて。『私のソーニャ 風祭』(講談社文芸文庫)も品切れになってしまったようだ。

ついでという訳ではないが、宮本輝編『魂がふるえるとき』、浅田次郎編『見上げれば星は天に満ちて』についても少々。
宮本輝はさすがと唸らせる選であった。開高健『玉、砕ける』、川端康成『片腕』、永井龍男『蜜柑』、泉鏡花『外科室』ほか、読書好きなら必ず読んでいるはずのものがほとんどではある。しかし、わずか5ページ弱しかない、川端康成の『有難う』。1ページ(400字小説)で描かれた井上靖の『人妻』を選んだところに宮本輝の作家としての目の確かさ、凄みを感じる。お薦めです。

期待が大き過ぎたのか、浅田次郎の選はもうひとつだった。巻末の作品評はさすがだが。浅田は自ら書く以外は、やはり書評がすばらしい。そのことについては、以前当ブログでも書いた。興味ある方は(→こちら

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お薦めの復刊文庫 2009.2 吉田秀和 『名曲三〇〇選』(ちくま文庫)

絶版久しかった新潮文庫『LP300選』が、『名曲三〇〇選』(ちくま文庫)として復刊された。著者は《音楽の歴史》を描いたのではなく、名曲を300曲選んだと述べているが、グレゴリオ聖歌から現代音楽まで、その視野は極めて広い。しかも、その時代ごと、主だった作曲家、作品への言及もしており、驚異的な本と言える。28年前、新潮文庫発行時以来手元に置き、愛読している。クラシック音楽に興味を持ち、その全貌を見通したい思う者には、最適の本としてお薦め。

文学、美術の造詣も深く、鋭利な感覚を土台にしながら、その文章には滋味がある。決して声高には語らない。だが、二流、亜流と思える曲には明言を避けたりしない。それでいて、逡巡してしまうところは、正直に伝える。そこがまた、吉田秀和の魅力でもある。

本書の中からいくつか紹介したい。

「ハイドンは、即興と情熱の一時的な戯れを拒否し、すべて着実で、論理的に一貫し、作品の統一と安定、音楽の純粋と真実が達成されている。しかも、すばらしいことには、それが、みせかけの悲愴や厳粛やをともなわず、むしろ明るくて活発な機知とユーモアとを失わない、本当の思索となっていることである。」

ハイドンの本質はつかみにくいと思っていた私の目を開かせてくれた。かくも短い文で言い得た例を他に知らない。

「『ピアノ・ソナタ ハ短調』(作品111)』はベートーヴェンのピアノ・ソナタの真の要約。劇的で、悲愴で孤高な第一楽章。本当にエッセンスだけにきりつめられた意義深い祈りの主題につづくすばらしい変奏の第二楽章。私は、もし、ベートーヴェンのすべてのピアノ曲中、ただ一曲をえらぶとなれば、この曲をとるだろう。」

ベートーヴェン『弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調』(作品131)に触れて、

「ことに第一楽章のフーガと、中間のアンダンテの主題の変奏曲が深い感銘をあたえる。光と影の交替の絶妙さと、全体をおおう一種の超絶的な気配の独自さは、音楽史を通じても、ほかに比較するものが考えつかない。」

この文章と、五味康祐がこの2作品に言及した文章を読んでいなかったら、『ピアノ・ソナタ第32番』、『弦楽四重奏曲第14番』に出逢うのはもっともっと遅くなっていただろう。おかげで、20代前半で知ることができた。本当にその素晴らしさがわかるようになったのは30代後半になってからではあるが。今やこの2曲は私の宝となっている。

ワーグナーの音楽との対比でブラームス。

「音楽をもう一度、感情のほしいままの奔流とせず、音に造詣された構成の芸術に戻そうとする。といって、彼は、二十世紀の意味での《純粋音楽家》では、まったくない。彼もまた、骨の髄から時代の子、つまりロマン的芸術家なのだ。ただ、彼は無形体に耐えられなかった。ブラームスの偉大と悲劇―退屈という人もあるかもしれない―は、ここに胚胎する。」

ブラームス好きにはこの一節、至極納得できると思う。「退屈」と感じてしまう危うさを孕んでいるブラームスの音楽。映画音楽などで使われ、有名になった哀愁漂うメロディーもあるが、作品の多くは抒情があふれ出るのではなく、沈潜している。そこにロマンを見い出せるか否かで、ブラームス感は変わる。

「リストは、ロマン派のなかでも、ピアノの技法の発達、管弦楽法の新工夫、和声上の探求、リズムの非常な自由さといった点で、大変興味ある存在にはちがいないのだが、私は、彼の曲はよくわからない。」

「チャイコフスキーとなると、私は好きでなくとも、敬意を払う。彼には、表現すべき内容があったし、それを過不足なく表すすぐれた技術的手腕とのバランスも、きっちりとれていた。彼の曲は、入門にもよかろうが、そのあとだって優にきくにたえる。」

ベルクの『ヴォツェック』 に触れ、

「現代の人間の極限状況をとらえて、一個の不幸な人間のあり方を、鋭くえがいた傑作である。どんなに十二音階になれない人、あるいは嫌いな人でも、一度、これを舞台でみれば深くゆすぶられずにはいられないだろう。そのことはまた、この作品では、表現の形式と内容が、まったくほかのどんなふうなやり方でもなくて、まさに、こういう書かれ方をしていなければならないと、人を十分に納得させ、確信さすということでもある。」

どうですか?本書が単行本で世に出たのが1961年だから、48年が経過している。今なお、古びておらず、首肯できるとは思えませんか? 新潮文庫版では巻末に推薦盤(LP)が挙げられていて、これがまた圧巻だった。このリストを参考に、いったい何枚のLPを買い漁ったことか。

今回、ちくま文庫から復刊されるにあたり、さすがに年月が経ち過ぎていて、ここを見直すとなると、本文も必然的に手直ししなければならないので削ったと、吉田秀和自身述べている。解説は片山杜秀。

個人的に言えば、ヴィヴァルディの評価がもう一つであったり、ブルックナーの交響曲を第7番一曲で代表させてしまっているところが残念ではあるが、トータルで見ればたいした問題ではない。

他の者だったら無謀とも言える試み。本書は、吉田秀和だからなし得た、偉業とも言える。つい先日、新刊『永遠の故郷-薄明』(集英社)も出た。現在95歳の高齢ではあるが、音楽や芸術全般について、まだまだ「生の声」を聞かせてもらいたい。

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殉愛 中河与一『天の夕顔』 〔新潮文庫〕 (2)

地上では決して叶うことのない恋が描かれていることを見れば、中河与一『天の夕顔』(新潮文庫)は悲恋の物語だが、二人の魂が永遠に深く結びつく、殉愛の物語でもある。
人の心は脆く、絶えず揺れ、何らかのくさびを打ち込まないと自身を滅ぼしかねないほどの矛盾さえ抱えている。抑えがたい狂想に囚われた時、何を守り、何を貫くか- 人は試される。

京都の大学に通う「わたくし」(龍口・たつのくち)は、7つ歳上で、子どものいる既婚者あき子に心惹かれてゆく。彼女に借りたトルストイ『アンナ・カレーニナ』には、「いつも逢いたいと思うばかりに」と書かれた小さな紙切れが挟まれていた。次に借りたフローベール『ボヴァリー夫人』には栞が入っていて、百人一首にも収められている高内侍(儀同三司母)の歌が書かれている。
「わすれじの行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな」

「わたくし」は、誰に宛てられたものでもないと考え、故あって暫く手紙も出さずにいる。するとあき子から、二人のあいだにわだかまりがあるのではないか、そうだとしたら耐えられないのでうちあけてほしいという手紙が届く。二人は会うのだが、あき子は唐突に別れを告げる。自分があなたを愛しだしたのではないかと思うと、危険を感じるからと。
友情と考えているので危険はないと言っても、「わたくし」は彼女から突き離されてしまう。翌日彼女からの手紙が。
本当はいつの間にか愛し始めていた。許してほしいという偽りのない心情を吐露しながらも、「わたくしの内心の声は、電撃のように否と強く否定しております」と、固い決意が伝えられていた。ここから二人のあてどない旅路が始まる。無間地獄のような。

あき子は自身の母親を亡くし、夫は他の女性を愛し、その苦しみから逃れるために洋行している。愛し始めてしまったがゆえに彼も失なってしまう。「妻として母として」生きることを選んだものの、彼への想いを断ち切れない。
彼の方は、あき子を苦しめてはならないと思いながらも、彼女への想いをますます募らせる。どこかで相手を求めてやまない二人は、結局幾度となく会ってしまう。しかし、その都度別離を余儀なくされる。幸福はつかの間で終わり、さらなる苦しみを負う。

いかなる苦しみを味わおうとも、彼は儚い一縷の望みを頼りに、彼女を待ち続ける。
別れを「拒絶」と表現する様(さま)に、何度読んでも肺腑を抉られるような思いにかられてしまう。

会ってしまったがために、決意をうち砕かれ、心揺れ、苦しみ、二度目の別れの決意を伝えるあき子の手紙の余白には、建礼門院右京大夫の歌が付け加えられていた。
「今はただしひて忘るるいにしへを思ひ出でよと澄める月かな」
忘れようとしても忘れられぬ過去を思い出せと言わんばかりに月が澄んでいる。千々に心乱れるあき子の悲しみが重なって見える。

「わたくし」は大学卒業後入隊し、やがて他の女性と結婚するがそれにも破れる。あき子を忘れるための結婚なぞ、破綻するに決まっているのに。

4度目の拒絶の時、あき子は「たとえ、わたくしは、この首が飛んでも、もうこの決心を動かそうとは存じません」と言い放つ。彼の殺意に近い激情を感じとって。
その言葉に、「一人きりではないのだ」と思えた彼は、あき子の心が自由になるまで待とうと決意を新たにし、冬山にこもる。
自身が壊れてしまわぬよう、悲愴な思いを抱いて。

どんなに不自由をしても、どんなに孤独に陥っても、この世の冷徹無惨の中にいるよりは、いっそ天に近いところに行って、自分のかなしい生命を終わったほうがいい。(略)何もなく冷たく、氷りはててしまった世界。そここそ自分にふさわしい住みかにちがいない。(略)天に近い清浄の雪の中に身と心を置いて、自分は自分の思いを高めよう。

二人が出逢ってから19年。「わたくし」40歳、あき子47歳の春、ようやく時は訪れた。
あと「五年たったら」。あき子の口から出た言葉に、彼は狂喜する。
『アンナ・カレーニナ』のアンナが夫や子どもを残して自殺したことを、自分などよりどんなに幸福であったかもしれないと語るあき子。そんなことなど決して出来はしないから、彼らの19年があり、それぞれが身を切られる苦しみに堪え、生きてこられたのだ。
そして、ついに約束の5年を迎える・・・・・。

14歳で初めてこの小説を繙いた時、多くの読者同様ストイック、克己心という言葉が思い浮かんだ。自分には持ち得ぬ純粋で気高い精神への憧れ。
齢を重ね、幾度となく読み返すうちに、自分がここまでこの作品に惹かれるのは、何故だろうと思うようになった。
道を踏み外した恋。それだけの理由で、人の世の倫理に従ったわけではない。互いのいずれかが、もう一歩踏み出してしまったら「すべてを失ってしまう。完全に繋がりも絶たれてしまう」。そのことを二人は何よりも怖れたから、身を投げ出し、相手に飛び込める機会が何度もあったのに、踏みとどまったのではないだろうか。
最初の別れから、相手だけを見て、思いの全てをぶつけることは叶わないのだという、悲しいまでの覚悟が底流にある。
その姿勢をストイック、己に打ち克つ精神と感じる一方で、お互いが究極の理想のために自らを貫いた、自分を偽れなかったのだ。二人を踏みとどまらせたのは、単なる理性や道徳心だけではなかったのだと思えてならない。
だからこそ、彼らの歩んだ人生がいっそう哀切で、同時に、美しくも感じられる。

主人公は多くのものを捨て、傍からは愚かと思える人生を敢えて選んだ。あき子も、一見何も失っていないかのようで、最も手に入れたいものを諦めたところから24年の月日を送ってきた。しかし、二人は何かを犠牲にしたわけではない。後悔はない。
この世では叶わぬ恋を捨て、愛に殉ずることで、得難いものを得たのだ。

一人の女性を崇め神格化してしまう在り方を、現実離れしていてあり得ないと思うなら、或いは自己憐憫としかとれぬなら、何の感慨ももたらしてはくれないだろう。

「わたくし」によって語られる物語だが、決して私小説ではない。感情移入できるか否かでこの小説を裁こうとするなら、時間の無駄かもしれない。
「ただ逢いたいという願い、傍らにいたいという願い」- そんな堪えがたい思慕で生きた主人公を、私は嗤えない。むしろ、打ち震えてしまう。

物語の最後、天に夕顔が咲く。
夕顔をどんな思いで見るか。
その花を摘み取る人の姿が見えるか見えないか。
そこに読んだ者の心が映し出される。それだけは確信をもって言える。

蛇足ながら、夕顔の花言葉は「儚い恋」である。

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殉愛 中河与一『天の夕顔』 〔新潮文庫〕 (1)

中河与一『天の夕顔』(新潮文庫)。こんなにも心を抉られ、慟哭した小説は他にない。

中学2年の時に初めて読んで以来、30回近く読んだろうか。100頁少しの短い小説ゆえ、ストーリーも会話もほとんど頭に入っているのに、読むたびに心打たれ、揺さぶられる。自分の人生に重ねて読むわけではないのに、第三者の目で冷静には読めず、物語の中を生きてしまうからだと思う。この小説の主人公のようには決して生きられないからといって、荒唐無稽の物語とも思えない。然し、単なる憧憬でもない。
ある種歪んだ自己愛の投影ではないのかと笑う者がいても一向に構わない。それぐらい私にとって絶対的な小説なのだ。

不思議に思うことがある。今手元にある新潮文庫、平成15年3月改版の奥付を見ると、昭和29年5月発行以来81刷となっている。一刷ごとの部数が少ない(はず)とはいえ、驚くべきことだ。少なくともこの30年、この本が大々的に取りあげられた記憶はない。ということは、口伝てに読み継がれて来たのであろう。
巻末の保田與重郎による解説を引用しながら、まずこの作品がどのように受けとめられたか、紹介したい。

昭和13年に発表されて以来、大東亜戦争(※保田による表記)中から戦後にわたり45万部も売れた。なのに、ある事情から文壇では黙殺された。この事情を明らかにすることは不要と言う保田の考えには同感である。作品の本質とは全く関係ない。
しかし、永井荷風が絶賛、徳富蘇峰が推賞、与謝野晶子などが称えている。また、カミュや柳田国男の推賞により、英、米、仏、独、中国、スペインなど6ヵ国に翻訳された。カミュは「毅然としてかしかもつつしみ深い」と評している。
保田與重郎は、この小説の中の人々の愛に対する節度と宗教的な態度に共感する若い人々が多いことに安堵感を抱いた。そして、人間の文化が最もけだかく美しいものを念願していた時代の人々のおもいを伝え、愛の情緒と思想を教えていると称えた。

数年前だったか、純愛ものが若い世代を中心に流行ったようだが、関心が向かなかった。どうせたいしたことはないだろうと高を括ったわけでも、傍から眺めて苦笑していたわけでもない。強いて言えば、いわゆる純愛というものが私にはピンと来ないのだ。
しかし、「殉愛」となると違う。どんなに齢を重ねても、惹きつけられる。本の題名や文中にこの言葉が使われているか否かは関係ない。おのが人生や命のすべてを賭けることが、私にとっては愛に殉ずることを意味する。これこそがというように、決してひとつの形があるわけではない。無償の愛とも違う。
今までに「殉愛」が描かれていると感じた小説といえば、『天の夕顔』以外には、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』と、アベ・プレヴォー『マノン・レスコー』がすぐに浮かんでくる。この2作品も、若い時に読んで激しく心を動かされたが、今なお読める。ゆえに、私には青春の書ではない。

『天の夕顔』は主人公(男性)の次の言葉で始まる。

信じがたいと思われるでしょう。信じるということが現代人にとっていかに困難なことかということは、わたくしもよく知っています。それでいて最も信じがたいようなことを、最も熱烈に信じているという、この狂熱に近い話を、どうぞ判断していただきたいのです。
わたくしはひとつの夢に生涯を賭けました。わたくしの生まれて来たことの意味は、だから言ってみれば、その儚げな、しかし切なる願いを、どこまで貫き、どこまで持ちつづけたかということになるのです。ばかばかしいといって、人は、おそらく身体をふるわしてわたくしの徒労を笑うかもしれません。それが現代です。しかしわたくしにとって、それは何事でもあり得ないのです。わたくしは現代に生きて、最も堪えがたい孤独の道を歩いているように思われます。

これが、70年以上前に書かれた小説の書き出しである。
(続く)

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佇む喜び 荒川洋治『読むので思う』(幻戯書房)

昨年11月末、<わめぞ>「みちくさ市」プレ開催参加直前に、荒川洋治『読むので思う』(幻戯書房)を購入。40頁ほど読んで簡単な感想を書いたが、それから2ヶ月少し経った。3回通読、文章によっては4、5回読んだものもある。そのつど深くしみ、飽きることがない。

本を読むと何かを思う。本など読まなくても、思えることはいくつかある。だが本を読まなかったら思わないことはたくさんある。人が書いた作品のことがらやできごとはこちらには知らない色やかたち、空気、波長を持つ。いつもの自分にはない思いをさそう。読まないと、思いはない。思いの種類の少ない人になり、そのままに。そのままはこまるので、ぼくも読むことにした。

本書のタイトルにもなっている「読むので思う」からの言葉。荒川洋治という詩人の素晴らしさがいかんなく発揮されている。ひっそりと、何度でも味わいたい文章だ。
「色やかたち、空気、波長」は知識とは別のもの。本を書いた人の思いを受けとめ、自分(読者)も様々な思いを巡らせることで見えてくる世界。そこからまた、世界は拡がり、深まってゆく。
同時に著者は、詩人北村太郎の『光が射してくる 未刊行詩とエッセイ 1946-1992』(港の人)に触れ、漠然と或いは好きなものだけを読むのはほんとうの意味での「読書」とは言えないことを示唆している。(以下「  」内は北村太郎の言葉)
「読書によって心が広くなるより、狭くなる人の方が多い」「ひとつの小説の型、考え方の型、生き方の型、美の型だけにしがみついて、それ以外のもの認めようとしない」人になる危険があると。

こういう文章に出会うたび、立ち止まっていろいろ「思う」。自分の読書嗜好は偏っていないだろうか?あれもこれも気になって多くを読む。でも、ほんとうに読んだといえるのか?読んだということで満足していないか?咀嚼できているか?などと。
また、一冊の書物に感銘を受けた時に自分をしっかり見つめ、何を得たのか自分の言葉で表現できるかどうかも、大切な事だ。
知識としてのみ吸収するだけでは、心が狭くなり、かたくなになってしまいかねない。読書の難しさがそこにある。

荒川洋治はさらに、今の自費出版の問題点を昔のそれと比べて、こう語る。

すぐれた作品を書く人の作品を編集、出版することを通して「表現の世界」全体の展開を楽しむ。そこに読者としてのよろこびと、出版の意義を見た。複数の人間がつながる新しい空気が生まれた。それから時は流れ、他者への興味や関心は希薄になった。いまは、自分のお金で、自分の本をつくるだけ。そこから先は、ない。その先を考えるヴィジョンははじめからもたない。本が出ることで、人と人は出会うもの。いまは逆に分断され、孤立感を深める。本をめぐる意識は貧しいものになってしまった。

厳しい言葉で書かれてはいるが、本とは出会いの場であり、そこから人がつながってほしいという著者の願いが行間から滲み出ている。
著者の本への愛情があふれている文章を紹介したい。『結城信一 評論・随筆集成』(未知谷)に触れた「青年の方角」の中から。

本らしい本を読まない人がふえた。目の前のものだけを見るようになった。文学は、現実の奥底を照らすものだ。見えにくい現実を知らせてしまうものを人々はうっとうしくかんじるようになった。そういう人たちが新しい時代をつくりはじめた。(略)人のいのちと同様に、文学にも寿命があることに気づく人はいなかったのだ。どこに、何があったのか。どこに何がなかったのか。それを確かめるためにも文学を振り返らなくてはならない。見つめなくてはならない。この一冊におさめられた文章の形式、内容、配置、それらすべてが、いまはなき時代のものである。そのことが胸に迫る。本書は、ことばや文章を大事にした人たちの姿をうつしだしている。結城さんのことばは、文学を表すものだ。忘れることはできない。

著者は、単に昔はよかったと嘆いているわけではない。文学の力を信じている。文学を通して深まっていくものをこよなく大切にしている。この変わらぬ姿勢に、いつも胸が熱くなってしまう。
もちろん、本書には詩人特有の目で捉え、詩人らしい言葉で表現している文章も多い。一例をあげる。三好達治の詩「砂の砦」に触れた「手本のうた」から。

「砂の砦」のことばを見つめていると、光を知り、影を知る。反復という機能の美しさ、きびしさがわかる。わかったところで、自分には書けない。手本にできることが、こちらでできたら、手本ではない。こちらも、うれしくない。はるかなもの、この身に果たし得ないものを置く。そばに置く。それが手本をもつ、よろこびだ。

手本の本質を「はるかなもの、この身に果たし得ないもの」などと表現するなぞ、私のような凡人にはとうてい思いもつかない。美しい言葉だと思う。

目を凝らし、ありふれた光景の中に埋もれてまったものを見つけ出す。耳を澄ませ、さりげない日常の言葉、囁きに近いものから心の声を聞く。そして言葉をかみしめる。さまざまに思いを巡らすことで、新たな思いが芽生えてくる。佇む喜び。
荒川洋治のエッセイはそういうきっかけを与えてくれる、かけがえのないものだ。

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佐野洋子のエッセイ (2) 『神も仏もありませぬ』

昨年11月にようやく文庫化された『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)は、『ふつうがえらい』から12年後のエッセイになる。(間に『あれも嫌いこれも好き』が出版されているが)

いきなり呆けてしまった八十八歳の母親の話から始まる。著者を「奥様」「そちらさま」と呼ぶ母に年齢を聞くと「四歳」と答える。それでも、「この人の中では私はどこかで動かぬ子として存在していると感じる。」
「私は年老いることをずっと確認しながら生きてきた」と、自らの人生を振り返りながら、次のように語る。

今思うと、十代の私は自分の事以外考えていなかったのだ。共に生きている同時代の人達以外に、理解や想像力を本気で働かせようとしていなかった。しかし自分が四十になり五十になると、自分の若さの単純さやおろかさ、浅はかを非常に恥じ入る様になり、その年になって小母さん達の喜びや哀しさに共感し、そして人生四十からかも知れないと年を取るのは喜びでさえあった。(略)そして、六十三歳になった。半端な老人である。呆けた八十八歳はまぎれもなく立派な老人である。立派な老人になった時、もう年齢など超越して、「四歳ぐらいかしら」とのたまうのだ。私はそれが正しいと思う。私の中の四歳は死んでいない。雪が降ると嬉しい時、私は自分が四歳だか九歳だか六十三だかに関知していない。
呆けたら本人は楽などと云う人が居るが、嘘だ。呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。年がわからなくても子がわからなくても、季節がわからなくても、わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。

肉親が呆けてしまった者には、「よるべない孤児」という言葉が痛く突き刺さるに違いない。佐野洋子は、母のその姿に不安と恐怖を覚える。やがて自分もそうなるであろうと。それでも、母を立派で正しいと言い切っている。そこに救いがある。

このエッセイで佐野洋子は、象徴的とも言える「死」に触れている。一つが、ガンで一週間少ししかもたないと言われた愛猫フネの「死」。
一番高いかんづめを買って、スプーンで食べさせる場面。

フネは私の目を見ながら舌を出して白身を一回だけなめた。私の声に一生懸命こたえようとしている。お前こんないい子だったのか、知らんかった。気が付くとフネは部屋の隅に行っていた。(略)ガンだガンだと大さわぎしないで、ただじっと静かにしている。畜生とは何と偉いものだろう。時々そっと目を開くと、遠く孤独な目をして、またそっと目を閉じる。静かな諦念がその目にあった。人間とは何とみっともないものなのだろう。じっと動かないフネを見ていると、厳粛な気持ちになり、九キロのタヌキ猫を私は尊敬せずにはいられなかった。

ほとんど食べることもできなくなったが、二週間が過ぎる。フネはもう砂箱まで行けない。それでも健気に、人間用のトイレのところまで必死に行って、便器の前で用を足す。一ヶ月後、クエッという声を上げ、息をひきとるが、著者はもう驚かない。

私はフネのように死にたいと思った。人間は月まで出かける事が出来ても、フネの用には死ねない。月まで出かけるからフネの様には死ねない。フネはフツーに死んだ。太古の昔、人はもしかしたらフネの様に、フネの様な目をして、フツーに死んだのかもしれない。「うちの猫死んだ」とアライさんに報告したら、「そうかね」とアライさんはフツーの声で云った。

アライさんというのは、親しくしてもらっている農家の旦那さんで、自然とともに生きている人である。命あるものがいつか死を迎えるのはあたりまえのことなのだと、「そうかね」のひと言によって、著者に静かに伝えている。決して温かさを欠く人ではない。あたりまえのことをフツーに受け入れられない、受けとめられない脆さを、著者は自身にも感じている。

もうひとつは、二歳年下の幼なじみ、孔ちゃん(六十二歳)の突然の「死」。妹からの電話で知らされた時、受話器を持ったままペタンと座りこんでしまい、「外に見えるものが世界中から消えてしまった様な気」がしてしまう。
鍋ごと豪快にカレーを食べ、演劇に打ち込み、やがて商社に勤め、億単位のお金を動かすようになる孔ちゃんだが、ふらっと著者の仕事場に来ては、仕事しているところを何時間も珍しそうに見ていたり、アメリカに渡ってからも時々用もないのに電話をかけてきたりしていた。孔ちゃんとの思い出が走馬燈の如く頭の中を駆けめぐる。

赤ん坊の時から友達は孔ちゃん唯一人だった。何の根拠もなく私が先に死ぬと思っていた。いやそんな事も考えなかった。どこかに孔ちゃんは居るにきまっていたのだ。「もう一回だけ会いたいよう」。私は声を出して床をたたいた。たたきながら、「一人暮らしってこういう時便利だなあと思っているのだ。そうだ、泣いても平気なんだと思うと、私は大声を出して泣いた。

四十九日の朝、オレンジやピンク、うす紫の雲が幾重にも染まって、浅間山の左の方が透きとおったピンクになり、孔ちゃんが極楽を見せてくれたのだ、と著者は思う。

私たちが老いて、誰にも死が近づいている。これから生き続けるということは、自分の周りの人達がこんな風にはがれ続けることなのだ。老いとはそういうさびしさなのだ。
一ヶ月前床をたたいて泣いたのに、今、私はテレビの馬鹿番組を見て大声で笑っている。生きているってことは残酷だなあ、と思いながら笑い続けている。

日常に還ることが生きていくこと、そして強さ、と取れないこともない。しかし、私には笑顔の底に、大事なものをひとつまたひとつと剥ぎ取られていく悲しみが見えてならない。

もちろん、佐野洋子らしさも随所に見られる。エベレストをあおぎ見たときに、その神聖さに畏敬の念を抱き、登ろうとする人間たちを、感受性を失った馬鹿と吠える。自分は女性として、現役を下りたので「今から男をたぶらかしたりする戦場に出てゆくわけでもない」から幸せで心安らかとも語っている。
農家のアライさん夫妻との心温まる交流、何でもそろっている不思議なドラッグストア「ホソカワ」とその店の奥さんの話。夏になると東京からやって来る古道具屋「ニコニコ堂」の親子との微笑ましいエピソードもある。ご主人はつげ義春『無能の人』のモデルになった人らしい。息子さんは芥川賞を受賞した長嶋有。
だがやはり、この本は「老い」と「死」を見つめる著者の視線が深くまとわりついている分、以前の作品とは趣を異にしている。
この『神も仏もありませぬ』が単行本で出版されてから5年後の2008年。『役に立たない日々』(朝日新聞出版)が世に出る。その本のおよそ3分の1弱あたりに「二〇〇五年冬」という章がある。こう始まる。
「ガンになったので、髪の毛がメリメリと抜ける。」

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佐野洋子のエッセイ (1)

『100万回生きたねこ』で遍く知られている佐野洋子のエッセイを読んだのは、『ふつうがえらい』(1995年発行・新潮文庫)が初めてだった。奔放なもの言い、すかっとするような切り口、「だって私は私でしかないんだ」という姿勢を貫いているのに、読後しんみりとしてしまう、不思議な魅力を湛えた本だった。

死んでしまった金魚を埋葬する際の、6歳の姉と5歳の妹の話。姉は猫に食べられないようにと深く土を掘る。妹は穴の中では苦しいし、暗くて寂しいからと、葉っぱを敷きつめ金魚を載せて、上から葉っぱをかける。姉妹の父親は、それぞれの個性を大事にしたいと著者に語りかける。ほのぼのとしたエピソードで終わるのかと思うと、そうはならない。佐野洋子は、前者をくそまじめ、後者を人から見るといいかげんなヤツと捉え、自分は後者だと。この世は、この二つのタイプがいいかげんに分布していて、変にピッタリくっついておぎない合っている。「いいかげんなヤツばっかでも、くそまじめだけでも世界は完璧にならない。神様はえらい。」と結ぶ。こういう視点のずらし方は著者特有のものだ。

40年前にご主人を亡くした、八十三歳のおばあさん。ある時、踏切の向こう側に竜宮城を見たと話しながら、(ご主人のことを)「世界一の男よ、わたくし、本当に幸せです」と言って、著者にボロボロになった写真を見せる。また別の時には、餌をあげたすずめが、「ありがとう」と人間のことばで喋り、お礼として子すずめをくれたと話す。そして、また亡き夫の写真を見せる。著者はその度、うらやましくて、ぽーっとしてしまう。そして次のように語る。
「人は生と死の間をこんなふうにおぼろに渡ってゆくのだろうか。どうしてこのひとだけにこんな美しい嘘と真の世界が用意されているのだろう。たった一人の男を命をかけて、たったひとつの自分のたましいと肉体をかけて愛したからだろうか。」と。私は「美しい嘘と真の世界」という表現に鷲づかみにされ、佐野洋子が好きになった。

「ことばを覚えると覚えるほどことばが通じるようになって、ことばが通じることだけで満足したりして、そしてことばでないものを感じたりわかったりすることを投げすててしまうのだ。」
著者は、内実を伴わないことばのやりとりに疑問を投げかけ、ことばの背後にある「ことばにならないことば」を重んじる。そして絵本における絵にも同じ視線を注いでいる。

ひとりの男性をめぐり三角関係に陥った友人(みよちゃん)の話を引き合いに出して、自らの恋愛のこころざしを語るところ。
敵対する女性が、出刃包丁を持ち出して彼を脅し寝かせない、どこにでもべったりくっついて行って、彼を追い込んでいるのが許せないとこぼす。著者が「あなた、しっとはないの?」と尋ねると、自分の知性、美学が許さない。人(男性)を自分のものだという権利なんかないと語る。それに対して、佐野洋子はこう思う。

私理由はわからない。でもみよちゃん、あなたの負けよ、出刃包丁が正しい、あのひとは私のものだって追いつめるのが正しい、たとえそれで男を失ったとしてもその女が正しい、この正しいというのは正義というのではない。恋愛に「権利」などという言葉を持ち出すみよちゃんの負けだ、と何かが私に教える。恋愛は本来無法地帯なのだ。誰も取り締まれない、全ての人に権利があり全ての人に権利などない。全ての秩序が崩壊する場だからこそ恋愛なのだ。その混沌から美しいものだけをとり出すことはできない。(略)人と人が生きるってもっと抜きさしならないところに追いつめられて追いつめて、追いつめる自分の醜さに耐えて、あたふた楽な方に逃げる相手のずるさを出刃包丁でさし殺すことではないのか。何の為の知性かと反論されれば、私は野生の中にある知性こそが、本当の知性だ、そして、それは人間が生き物であれば、誰でも持っているものだと思う。

恋愛に「正義」なぞを持ち込むことの愚かさは、納得できる。清濁ない交ぜになったところからしか、始まらないものもある。それがわかった時点で終わりを迎えようとも。

難しい言葉はひとつも使われていない。なのに、拡がりをもって読む者に迫ってくる。一見断言していると思えるころでも、「ほんとはひとりひとりが考えればいいことなんだ」「思いはそれぞれのもの」という声が聞こえてくる。彼女は、私たちがふだんうまく言葉にできないこと、言いにくいことを単に代弁しているわけではないのだ。

『ふつうがえらい』はマガジンハウスから発行されたのが1991年なので、今から18年前の文章になる。『がんばりません』(新潮文庫)は、『佐野洋子の単行本』(1985年発行・本の雑誌社)を文庫化したものなので、『ふつうがえらい』より6年前の文章にあたる。2000年にはエッセイ集『あれも嫌いこれも好き』が朝日新聞社から出ている。(現在朝日文庫)

佐野洋子のエッセイの本質を知るなら、『ふつうがえらい』(新潮文庫)、2003年に筑摩書房より出版され、昨年(2008年)11月にようやく文庫になった『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)『役に立たない日々』(2008年5月発行・朝日新聞出版)『シズコさん』(2008年4月発行・新潮社)の4冊を薦める。できれば、この順番に読むのを。最後の『シズコさん』はエッセイとは呼べないかもしれない。母親との愛憎を描いた特異な本だからだ。でも、読んで欲しい。
母親を病院に入れ、亡くし、自身が癌におかされ余命2年と宣告される彼女の人生の流れに添って読めば、ことばの響き方も違ってくるように思えるからである。

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