古本の深い森 岡崎武志『古本道入門 買うたのしみ、売るよろこび』(中公新書ラクレ)
楽しみにしていた岡崎武志著『古本道入門 買うたのしみ、売るよろこび』(中公新書ラクレ)を一気に読み終えた。
古本にまつわる世界をさまざまなアングルから捉え、ここぞというツボを押さえながら、これだけ親切に解説している本はないと思わせる、まさに「本好き以上、古書通未満」にとって格好の入門書だ。もちろん、古本の世界に飛び込んだばかりの初心者への配慮も十分になされている。
著者自身の古本への情熱だけでない。古本とともに歩める喜びを、一人でも多くの人に味わってもらいたいという切なる思いがひしひしと伝わってくる。
古本好きの域を出ない私は、「道」を<どう>ではなく、敢えて<みち>と解釈させてもらった。
読後、自分なぞは古本「道(どう)」のとば口にも立っていないことを認識させられたとはいえ、古本に関わることの面白さ、喜びが自然に湧き上がって来たからだ。それだけ懐の深い本である。
古本屋でのマナーに関する記述はどれも頷けるものばかり。
いい古本屋とは「本棚が呼吸している店」。これは思わず膝を叩きたくなる名言。
大正から昭和初期の黒っぽい本を買い始めたころの気持ちを語っているあたりは、臨場感があってぐいぐいと引きこまれる。
歴史の教科書や年表からは伝わってこない、時代の生の空気が、古本という現物を通して身体へ入って来た気がした。これはありがたかった。買っても買ってもまだ買える……というより、買ったことで、買う理由や動機が次々と土のなかから掘り出されてくるという感じだった。
「神保町へ行かずして、古本について語るなかれ」。この言葉、5年ほど前までは仕事の関連もあってほぼ毎日のように神保町に赴き、仕事の合間や仕事帰りに古本屋巡りをしていたものだが、ここ数年めっきり足が遠のいてしまった私には耳が痛い。
コミガレ(小宮山書店のガレッジセール)やタテキン(田村書店の店頭均一)などの名称を知ったのも最近では、やむを得ない。
それは置いて、今の神保町の様子が手に取るように分かるし、神保町初心者レベルになってしまった私には丁寧なガイドにもなっている。
「神田伯剌西爾(ぶらじる)」が著者のとっておきの場所だなんて、懐かしさがこみ上げてきた。私も若いころから通っていたし、買った本をここで読むのが至高のひと時だった。
おすすめ古本町の紹介には何とも云えぬ旅情を誘われる。函館、仙台、松本、長野、金沢、その土地の匂いまで伝わって来そうだ。古本屋巡りがメインでなくとも行きたくなってしまう。
海が見たくなると江ノ電に乗って訪れる鎌倉なのに、一度も古書店に入ったことがない。
京都、奈良もしかり。かつては出張で1~2週間、年5回平均大阪に行っていたのに、休みとなると寺社ばかり巡り、京都・奈良の古本屋には足を踏み入れることもなかった…。
あの頃、この本を読めていたら、きっと過ごし方も変わっていたことだろう。
古本屋の敷居が高いと感じていた人々が、日常生活のなかで抵抗なく古本を売り買いできる環境をつくった。また、取り扱われることが少なくなっていた類の文庫本を常時並べている。
こういったところにブックオフの存在価値を見ている著者の目は、冷静、かつ客観的である。
賛否両論あるブックオフだが、どう付き合えば古本の面白さを見いだせるか、ブックオフを「ブ」の呼称で通じるようにした、著者ならではの指南がされている。
新刊では入手できない探求本を見つけられる、或いは知らなかった本に出逢える場所と思って、私は長年古本屋に足を運んでいるので、どうも「捕獲」「釣果」「戦利品」といった言葉に馴染めない。そんな私だから、本を買う行為を「花を摘む」と表現している箇所には震えてしまった。
プロやセミプロに荒らされていないブックオフの見つけ方を書いている部分で用いられた言葉ではあるが、その温もりのある素敵な言葉が今も心に染みわたっている。
思わず顔が綻んでしまうユーモアが、隠し味のように散りばめられているので、肩が凝ることもない。
南部古書会館即売展のガレッジセールで、古本者が双眼鏡を使う話などは笑える。いや、その熱意には驚きを禁じ得ない。(ここは実際に読んでみてほしい)
「古本を売る、店主になる」の章では、一般の古書店に本を売る際の心構え、何をどう売ればよいかが具体的に書かれていて参考になる。さらに、素人も参加できる「一箱古本市」「みちくさ市」で対面販売することの喜びを知り、その後実際に古本屋になっていった方の事例が挙げられ、最後には古本屋を開業するにあたっての<七つの鉄則>も開陳されている。ここはこの章のハイライトともいえ、開業をするつもりがなくても、古本屋を見る視点が変わるのではないだろうか。
いやもう、盛りだくさんの内容で、全編飽きずに読み通せる。
著者の拘りはあっても、「これしかない」という押しつけはない。「こんなふうにアプローチすれば、古本の世界が拡がり、深まっていきますよ」という見事な羅針盤(ガイド)になっている。
同時に、現在古本を取り巻く状況がどのように変化しつつあるかを知ることもできる。
古本を買い始めた頃に戻り、まっさらな気持ちで書いたという著者の、まさに現時点での「集大成」であることは言を俟たない。
古本に少しでも興味を持つ方なら、決して損はないお勧めの書です。
古本については一家言持っている方でも、きっと新しい発見があると思いますので、是非読んでみてください。
最後に著者のあとがきから。
長い人生、古本の魅力を知らずに済ませるのはもったいない。時代の刻印がある、さまざまな所有者がバトンのように受け継いできた古本を、どうぞ、手に触れてみてほしい。そこから「道」は生まれ、先へ続いていく。
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