去年の今頃は精神面での不調から失語症のようになってしまった。
今年もまた同じ時期に長い間ブログを書けなかったが、事情は全く違う。
一連の古本市を終え、原発関連の本、雑誌を読み出したら止まらなくなった。役立ちそうな情報はネットで毎日欠かさずチェック。
不明を恥じ、恥は上塗りされていった。
原発問題が視野から抜け落ちていたのは、己の怠慢以外のなにものでもなかったことを嫌というほど思い知らされた。
一方で、今日までの原発推進の過程と福島第一原発事故対策におけるあまりにむごい状況に吐き気すら覚えた。
次々と言葉が湧いてきた。だが、そのほとんどは呪詛と大差ないもので、とうてい書き留められない。中途半端に言葉を吐けば己に返ってくるだけに思えた。
実際、感情的に言葉をまき散らしているとしか思えぬ言説には違和感を覚えた。
かといって本のこと、日常のことを淡々と書いていく強靱な精神は自分にはなかった。
知れば知るほど、軽々にものを云えなくなってしまい、変わらずにいることの難しさが身に沁みた。
加えて、7月半ば頃から毎日のように頭痛に悩まされ、血圧が上がり、8月の頭には脳の血管が切れたか詰まったかと思われるような激痛に襲われる。MRIの結果脳に異常は認められなかったものの、日々何とか暮らしていくことで精一杯だった。
渦巻く思いを落ち着かせるまでに随分と時間を要してしまった。
「安易に語れない」という気持ちは今も変わらない。
しかし、何も無かったかのようにブログを再開できないので、少しだけ原発のことに触れておこうと思う。
核の「平和利用」というスローガンが、原発を進めたい日本の中枢とアメリカによる隠れ蓑に過ぎなかったことは既に様々な報道によって白日のもとに晒されている。
「軍事利用」、「平和利用」いずれにせよウラン、プルトニウムの核分裂によって膨大なエネルギーを発生させる点で違いはなく、有事の際その気になれば、いつでも核兵器を製造できる体勢にあると知らしめおくことは、「技術抑止力」として働いてもいる。
それぞれの思惑の中で癒着した政・官・財の構造は想像以上に堅固で、彼らはチェルノブイリの大事故も、国内の度重なる重大な事故をものともせず原発を推進してきた。そこに御用学者と呼ばれるヒルがべったりと張りついている。
綻びだらけの危機管理体勢だけではない。まともな見通しすら立てられずに(半ば放棄し)完璧な制御など不可能な原発を推進していく側の歪な体質は異常過ぎる。しかも彼らには「命」(人間のみならず、ペット、家畜ほかを含めた生命)を重んじる思想がまったく欠如している。このことは、情報の隠蔽、お粗末なデータ訂正及びその無神経な開示の仕方。或いは安全基準の、無根拠かつなし崩し的引き上げ等枚挙にいとまない。
恐ろしいのは、政府、東電含めた推進側の無責任さがこれだけの甚大な事故をもってしても変わっていくとは思えないことだ。
マスメディアになぞもとより期待はしていないが、「レベル7」の事故であることの重大さを早くも忘れているかのような現在の報道にはうんざりする。
自然の中に潜んでいる破壊的なエネルギーを人間が想定できるとは思えない。
原発が抱える恐ろしいリスクを愚かな人間がコントロールできるとは思えない。
最低限度の安全すら保障されずに、何が「平和利用」か。
避難民だけではない。まさしく「難民」を生みだし、一部の国民に多大な犠牲を強いている。
土地を奪われ、人生そのものを破壊された多くの人々の悲痛な叫びが聞こえないのか。
原発以外にも大きな問題を抱えたこの国でこれから生きていかねばならぬ、或いは生まれ来る者たちに、目に見えぬ不安を押しつけ、健康上のリスクを負わせていいわけがない。
今の日本は国家の体を成していない。
可能な限りネットワークを拡げつつ、わたしたち一人一人が自分の身を守っていくしかないようだ。
これまでに読んできた東日本大震災、原発に関する本や雑誌を以下に挙げておきます。
■辺見庸『水の透視画法』(共同通信社)
震災に触れているのは最後の一編のみ。原発には直接言及していない。2011年3月までの原稿で編まれているからだ。
しかし、日本社会が内包するカタストロフ的状況をつぶさに観察し鋭く抉っている。
著者本人が<まえがきに代えて>で述べているように、大震災は結末ではなく新たな始まりの景色であり、この本は未来への予感で満ちている。
震災直後に書かれた<非情無比にして荘厳なもの 日常の崩壊と新たな未来>から引用する。
混乱の極みであるがゆえに、それに乗じるのではなく、他に対しいつもよりやさしく誠実であること。悪魔以外のだれも見てはいけない修羅場だからこそ、あえて人に誠実であれという、あきれるばかりに単純な命題は、いかなる修飾もそがれているぶん、かえってどこまでも深玄である。
(略)非常事態の名の下で看過される不条理に、素裸の個として異議をとなえるのも、倫理の根源からみちびかれるひとの誠実のあかしである。
そろそろ発刊されるであろう『神話的破壊とことば(仮)』(角川書店)を早く読んでみたい。
■小出裕章『原発のウソ』(扶桑社新書)
■小出裕章『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書)
■小出裕章『隠される原子力・核の真実』(創史社)
■広瀬隆『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)
■広瀬隆『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』( 朝日新書)
■広瀬隆・明石昇二郎『原発の闇を暴く』( 集英社新書)
■武田徹『私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版「核」論』(中公新書ラクレ)
■武田徹『原発報道とメディア』(講談社現代新書)
■高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書)
■山本義隆『福島の原発事故をめぐって』(みすず書房)
元東大全共闘議長という経歴は関係ない。人としての真摯な訴えが感じられる。
100頁ほどのコンパクトさ、1050円(税込み)という価格に加え、様々な情報をまとめての発言ゆえとても読みやすく、的も射ている良質な本。
■神保哲生・宮台真司『地震と原発 今からの危機』(扶桑社)
ビデオニュース・ドットコムでの放映内容と重なるが、この視点とアプローチの仕方は棄て難く。教えられることも多かった。いつもは敬遠しがちな宮台も、わかりやすく、まともに発言している。
■宮台真司・飯田哲也『原発社会からの離脱』(講談社現代新書)
■『思想としての3・11』(河出書房新社)
期待したほどの内容ではなかった。
■広河隆一『暴走する原発』(小学館)
■広河隆一『福島 原発と人びと』(岩波新書)
しっかりとしたルポ。
■菊地洋一『原発をつくった私が、原発に反対する理由』(角川書店)
■佐野眞一『津波と原発』(講談社)
■古賀茂明『日本中枢の崩壊』(講談社)
■石橋克彦編『原発を終わらせる』(岩波新書)
■田中三彦『原発は何故危険か 元設計技師の証言』(岩波新書)
■佐藤栄作久『福島原発の真実』(平凡社新書)
■鈴木真奈美『核大国化する日本 平和利用と核武装論』(平凡社新書)
■武田邦彦『原発事故 残留汚染の危険性』(朝日新聞出版)
■武田邦彦『原発大崩壊! 第2のフクシマは日本中にある』(ベスト新書)
■内田樹・中沢新一・平川克美『大津波と原発』(朝日新聞出版)
■上杉隆『この国の「問題点」』(大和書房)
■堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫)
■『朽ちていった命-被爆治療83日間の記録』(新潮文庫) 再読
■『決定版 原発大論争! 電力会社VS反原発派』(宝島文庫)
ブックオフの105円棚から購入。文庫化前の原本は1988年9月。小出裕章、高木仁三郎らの記事も載っている。24年も前に今語られている原発の危険性の多くはこの書の中で語られている。
読むのが遅すぎた…。最近、再版されたみたいです。
■吉岡斉『原発と日本の未来』(岩波ブックレット)
■文藝春秋2011年5月号・6月号・7月号
■朝日グラフ『東北関東大震災全記録』(朝日新聞出版)
■AERA緊急増刊『東日本大震災100人の証言』(朝日新聞出版)
■エコノミスト臨増『福島原発事故の記録』(毎日新聞社)
■FRYDAY臨増『福島第一原発「放射能の恐怖」全記録』(講談社)
■別冊宝島『日本を脅かす!原発の深い闇』(宝島社)
FRYDAY、宝島社の名で敬遠するのはもったいない。上記2誌はとてもよい出来映えで参考になることが多かった。
■Newsweek日本版別冊『原発はいらない』(阪急コミュニケーションズ)
■WEDGE7月号『それでも原発 動かすしかない』(ウェッジ)
原発推進側の意見はいかなるものかと手にしてみたが、予想通り内容空虚。
■新潮45(6月号)『震災後をどう生きるか』(新潮社)
■ダヴィンチ8月号『東日本大震災 無力感を祈りに変えて』(メディアファクトリー)
震災、原発関連のものを読んでばかりでは気が滅入ってしまうので、次のような本や雑誌も合間に読んだ。
■佐野洋子『対談集 人生のきほん』
■『佐野洋子 追悼総特集 100万回だってよみがえる』(河出書房新社)
■山川方夫『目的を持たない意志』(清流出版)
■高野和明『ジェノサイド』(角川書店)
■勢古浩爾『最後の吉本隆明』(筑摩選書)
■合田正人『吉本隆明と柄谷行人』(PHP新書)
■合田正人『レヴィナスを読む』(ちくま学芸文庫)
■円堂都司昭『ゼロ年代の論点』(ソフトバンク新書)
■星野仁彦『発達障害に気づかない大人たち』(祥伝社新書)
■豊崎由美『ニッポンの書評』(光文社新書)
■吉田健一『書架記』(中公文庫)
手元に残っていた文庫は焼けがひどく、ボロボロだったので再版されたものを再読。
■斎藤貴男・鈴木邦彦・森達也『言論的自滅列島』(河出文庫)
■H・ジェイムズ『ねじの回転』(新潮文庫)
原文を読み合わせする機会があり、自分の解釈が大きく間違っていないか
確認する意味もあって再読。
■サン=テグジュペリ『夜間飛行』(光文社古典新訳文庫)
■フィリンガム『フーコー』(ちくま学芸文庫)
■岡崎武志『女子の古本屋』(ちくま文庫)
増補部分と解説のみ読む。
■山村修『増補 遅読のすすめ』(ちくま文庫)
単行本で読んだ回数を含めると5回目だろうか。130頁強増補されたことは、嬉しい限り。
著者の読書及び書評スタイルには共感を覚える。
■朝日ジャーナル『知の逆襲第2弾 日本破壊計画』(朝日新聞出版)
何といっても巻頭を飾った辺見庸の記事が圧巻。
■『本の雑誌7月号』(本の雑誌社)
岡崎武志さん、荻原魚雷さん対談の「私小説を読みたい!」を目当てで購入。それぞれの特徴が出ていて面白かった。二人が選んだベスト20の中では古山高麗雄『身世打鈴』のみ未読。いつか手に入れて読んでみたい。
本の雑誌社の方々の「おじさん三人組 一箱古本市に挑戦!」には驚いた。<とみきち屋>のことが取りあげられている。
■『Witchenkare ウィッチンケアvol.2』
震災発生直前、多田洋一さんから送っていただいた。多田さんの作品、浅生ハルミンさんの初小説、高校同期稲葉なおとの小説が載っている。どれも味わい深いものでした。寄稿者のなかには福島出身で親戚を亡くした方もいらしたと聞いている。困難な道のりになるかとは思いますが第3号の発行も期待しています。
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