カテゴリー「古書店」の投稿

バッハに浸り、古書買いを愉しむ

妻の親友が演奏に参加しているコンサートへ。曲目はすべてバッハ。
カンタータ107番、140番、202番にブランデンブルク協奏曲第4番。独唱者以外はアマチュア。指揮者なしでの演奏はプロでも難しい。しかし、互いの音を聴きながら、合わせ、音楽を築きあげてゆく喜びが聴衆にも伝わってきて、会場全体が和やかな雰囲気に包まれた。
曲によってヴァイオリンの独奏者が替わるのも、違った音色が聴けて楽しい。
140番《目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声》、とりわけ4曲目のコラールは有名で、この旋律が聞こえてくると、心が自然と鎮まる。
神への信仰を持たない者にも、なにゆえバッハの音楽はかくも沁みてくるのか、いつも不思議に思う。

4年前の2月、サントリーホールで聴いた《マタイ受難曲》が甦ってくる。ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル。
コンサートで感涙したのは半世紀の生涯において一度しかない。
自身、精神的にどん底の状態ではあった。
しかし、それとは関係なく、打たれた。
魂の奥深くまで揺さぶられ、
気がつくと、目に映る光景が歪み、流れていた。
「神」を観たわけではない。
単なる感動とも違う。
浄化…それも少し違うような。
敢えて言うなら、救いであろうか。
全き肯定による慰撫の中に包まれていた。
バッハの《マタイ受難曲》が、人類の生み出した至宝の音楽と呼ばれることに何の異存もない。

コンサート終了後、新宿御苑大木戸門のあたりから、新宿に向かい、妻と寒風の中を歩く。
昔一度だけ訪れた記憶が残っている古書店が残っているか確かめたくて。
ありました、新宿通り沿いに。「昭友社書店」。
店外にしつらえてある木製の棚を見るやいなや、ツレの存在を忘れたかのごとく足早になり、そのことを指摘される(笑)。
店の外のショウウインドウが面白い。オペラのDVD、春画、鉄道関連の絵本(?)などが混在(笑)。
外の棚から、
■ガルシア・マルケス『青い犬の目』(福武文庫)、ヘッセ『婚約』(新潮文庫)2冊計100円。

店内は雑然としているが、ある意味ワンダーランド。奧の小スペースはアダルト系。しかし、入って左側は人文、思想、芸能、写真他様々なジャンルが収まっている。
サンリオ文庫が紐でしばったまま積み上げてあったり、小さい棚に旺文社絶版文庫。店主の斜め前には荒木経惟特集の棚。天井近くにとりつけられた板の上にCDがごっそり。立川談志の遺言大全集なんかも載っている。
漫画もけっこうあったような。雑誌の上に、ショルティ指揮シカゴ交響楽団のブラームス交響曲全集のLPが無造作に置かれていたのには驚いた。

一人だったら一時間以上滞在していただろう。店内では以下の本を購入。
■辻征夫『ゴーシュの肖像』(書肆山田)
■久坂葉子『幾度目かの最期』(講談社文芸文庫)
■森敦『浄土』(講談社文芸文庫)

妻が珍しく自分で1冊購入。値段がついておらず店主に確認したところ、非売品ということもあってか、『日本寮歌集』(昭和42年10月改訂版)を100円で。題字はなんとあの佐藤栄作。
「一見華やかに見える今の日本の経済発展や、政治、思想のあり方が常に不安定な破綻因子を含み、自己喪失的な論議空轉(転)に終わっているのを見るにつけ、質実剛健、弊衣破帽を顧みず、切磋琢磨に身を削るような自己陶冶の営みを経た若者の輩出が若(も)し続いていたら、と思うのは私だけであろうか」と、旧制高校制度廃止を嘆く序文がいい。

自宅最寄り駅で妻と別れ、一人ブックオフへ。

■『西脇順三郎全集Ⅰ』『西脇順三郎全集Ⅱ』(筑摩書房) 各100円
■平井一麥『六十一歳の大学生、父 野口冨士男の遺した一万枚の日記に挑む』(文春新書)
100円
■ 開高健『人とこの世界』(ちくま文庫)100円
 表紙上部に痛みはあるが、どう考えたって店員のミス。「これ、おかしいでしょう」と指摘するほど寛容ではない。黙ってありがたく頂く。
■大曲駒村『東京灰燼記 関東大震災』(中公文庫・限定復刻)100円
■鈴木治雄『昭和という時代(対談集)』(中公文庫)上・下 2冊200円
■グレッグ・イーガン『順列都市』(ハヤカワ文庫SF)上・下 2冊200円

帰宅後、コルボの《マタイ受難曲》をCDで聴く。(全曲通してではないが)
いい休日だった。

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「秋も一箱古本市」まで1週間もないというのに…

3日(土)は「秋も一箱古本市」前の最後の集会に参加。
青秋部のお二人、昔から「一箱」を支えてきた方々がテキパキと作業を進められるのを、傍らで見ているような感じになってしまい、ほとんど役に立たず(汗)。
しかし、ごくごく一部とはいえ、舞台裏を見れたのは貴重な経験でした。出店者からは見えない様々な苦労を知り、感謝の気持ちが深まりました。

終了後、近くの居酒屋へ。開催当日の打ち上げ飲み会には残念ながら参加できないので、お誘いいただいたのをこれ幸いと、何も考えずについて行ってしまいましたが、まわりを見たら私一人が新参者(笑)。
しかし、みなさんフランクで、温かく、まったく緊張することなく過ごせました。
石井さんご夫妻、 「古書ほうろう」宮地さんご夫妻、「やまがら姉弟文庫」のお二人、モンガ堂さん、ドンベー(ブックス)さん。そして初めてお話しさせていただいた「霧のタンス本」のKさん、カリプソ文庫さん、トンブリンさん。楽しいひと時をありがとうございました。

「古書ほうろう」さんで、山口昌男『トロツキーの神話学』(立風書房)、『増補 思想の流儀と原則吉本隆明対談集』(勁草書房)を購入。いずれも300円! 吉本隆明の対談集は増補以前のものしか持っていなかったので、ありがたい。今回はYさんにも初めてご挨拶できてよかった。
「古書ほうろう」さんが自宅の近くだったら、どんなにいいだろうかと思うことしきり。

4日(日)は夕方早稲田青空古本祭へ。古書現世・向井さん、立石書店・岡島さんにご挨拶。
『浪漫 』1973年12月号「特集 三島由紀夫」、『ユリイカ』1976年10月号「特集 三島由紀夫 傷つける美意識の系譜」ほか、国文学、新潮などの三島特集の雑誌をまとめて購入。
『浪漫 』には中河与一による三島論が掲載されており、思わぬ収穫。
探していた、L..マンフォード『芸術と技術』(岩波新書)も手に入れることができた。

その後、高田馬場ブックオフ2店舗を覗き、加藤典洋『文学地図 大江と村上と二十年』(朝日新聞出版)1冊のみ購入。半額になったら買おうと思っていたら、なかなか見つけられず10ヶ月近く経ってしまった。

自宅最寄り駅からの帰り、畑に挟まれた道から眺めた月の美しかったこと。広々とした夜空に、女王のごとく輝いていた。高い建物が周囲になく、空を見渡せる環境はいいものだと、ひとりごちる。単に駅から歩くと20分かかり、田畑の多い場所に住んでいるだけのことなのだが(笑)。

帰宅後、車で実家へ顔を出し、出かけていた妻を駅まで迎えに行ったりしているうちに、日付が変わり、一箱の準備は全く進まず。

さらに、今回出品しようかなと思って手にとった、五味康祐『人間の死にざま』(新潮社)をちらっと読んだのが大失敗。数え切れないくらい読んでいるのに、止まらない。いつの間にか窓の外が白んでいた。

こんな状況なので、出品本の紹介は今夜からになりそうです。もうしばらくお待ち下さい。

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ブック・ダイバー「ふるぽん秘境めぐり」へ

某航空会社機内誌広告の打ち合わせを終えてから神保町へ。ブック・ダイバーで開催されている「ふるぽん秘境めぐり」を覗く。
四谷書房さんが参加されているので、都合のついた時には足を運ぶようにしている。
3日目の夜で、だいぶ売れてしまったのか、残念ながらどうしてもほしいと思う本をみつけられなかった。
出店者によっては得意のジャンル中心の品揃えで目を惹かれたものの、私の読書傾向とは異なるジャンルのため手が伸びず。「一箱古本市」や「みちくさ市」に比べると、割りあてられたスペースも小さめなので、出品本もかなり絞らなければならず、苦心されているのではないだろうか。しかし、こういうイベントは面白いし、いいなと思う。

文庫は全般的に200円が中心で、良書なのに安いと感じる。ただ如何せん、既に所有している本が多く…。
結局、ダイバーさんの棚から今東光『悪太郎』(角川文庫)一冊のみ購入。
帰り際、ガラス本棚に野村秋介『獄中十八年―右翼武闘派の回想』(現代評論社)が2冊も入っているのに目が留まる。現代評論社版(初版)と二十一世紀書院版、2冊持っているのだが、手頃な値段ならもう1冊ほしいと思っていたので値段を訊く。初版ということもあるのだろうが、私が予想した値段より高かったので諦めた。

帰宅後(夜遅くに)「古書往来座」さんの入っているビルの上階が火事でたいへんだったと知り驚く。直接の被害は免れたみたいでよかった。
火と水。人間には欠かせないものだが、時に私たちに牙をむく恐ろしいものと思えてならない。火事だけではなく、この何年か異常気象による水害も多いので、いっそう。

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古本界の新しいムーブメント 「一箱古本市」、<わめぞ>のことなど

昨日は仕事の資料作成に時間をとられ40分の仮眠。満員電車に揺られ、朝8:30から打ち合わせ。昼間3件ほど仕事先を訪問。夕方、目録「逍遥」で申し込んだ本を受け取りに古書現世・向井さんのところへ。

先日のシークレットワメトーク「Take off Book! Book! Sndai」のことなどを話す。ワメトークに関しては、書肆紅屋さんが詳細をレポートしてくれています。これまでの<わめぞ>の活動、南陀楼綾繁さんを中心とする一箱古本市の流れ、岡崎武志さんの(著書を含めた)影響ほか、古本界の新しいムーブメントの一端を知ることができるので、是非読んでみてください。(→こちら)です。

学生の頃から古本屋通いをしていたが、あくまで人文系をメインとする自分が読みたい本、読みたくなるような本を探すのが目的であって、古本コレクターでもないし、古書業界全般に興味があるわけでもなかった。北尾トロ『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』(風塵社)、高橋徹『古本屋 月の輪書林』(晶文社)、内堀弘『石神井書林日録』(晶文社)は読んでいたが、昨秋一箱古本市に参加するまで、岡崎さん、ナンダロウさん、向井さんの著作は1冊も読んだことがなかった。『sumus』のことも『彷書月刊』のことも知らず。何も知らない素人として一箱に参加して以来、目を向ける世界が大きく変わった。

プロの古書店からは決して生まれない素人参加の一箱古本市。その創始者であるナンダロウさんの功績は大きい。さらに凄いと思わせるのが、運営マニュアルを非公開としていないこと。さらに、ポリシーに反することなく、面白いと思えるものであれば、アドバイザーとして助力を惜しまず、多忙な中、現地へ赴いて行くところ。ナンダロウさんのフットワークと人脈、編集力、岡崎さんの実績、影響力、そこに向井さんが加わって新しい企画なりイベントが生まれたら、衆目の的となり、大きな風が巻き起こるに違いない。実際に店舗を構えている向井さんゆえ、思うようには動けないという制約はあるが、そういう動きをつくっていきたいという熱い思いが言葉の端々から伝わって来た。わくわくする。

 「Book! Book! Sndai 2009」の核となっている、火星の庭・前野さんのことは、岡崎さんの『女子の古本屋』(筑摩書房)で、破格ともいえる経歴、恐るべきバイタリティは知っていたが、今回上京された時の様子をいろいろなブログで読み、この方の魅力がさらに強まる。向井さんが「前野さんとならいろいろやっていきたい」と思うのも肯ける。

「来年は規模は小さくなっても、ほかの月にまた別のことがやれればいい」という前野さんの発言に、器の大きさを感じた。まだ終わってもいないイベントの来年のことを話せる点にではない。プロとしてしっかり地に足をつけながら、絶えず夢や理想を現実に近づけていく。その過程で何かひとつ、形となって成し遂げられたにしても、新たな問題点が浮かんだり、こうした方がいいと思われたら立ち止まらず、軌道修正していく潔さ、強さというものが感じられるからだ。直接お話したことさえないのに、いつか仙台に行くことがあれば、何をおいても前野さんの「火星の庭」に足を運びたいと思ってしまう。

話しの流れの中で、ある雑誌の編集をされていた方と一緒に仕事をした時のことに触れる。なんと向井さんの知り合いで、しかもその方、本の業界では有名らしい。これには言葉を失うくらい驚いた。私が古本市に参加したり、ブログを書くようになって以降仕事を共にする機会はなくなったが、その方の勤務先には今も出入りしている。
こんな無名でちっちゃなブログなどアンテナにひっかかるとは思えないが、万が一読まれていたら冷や汗ものだ(笑)。

〔 購入本 〕
■ 紀田順一郎編『書物愛[日本篇]』『書物愛[海外篇]』(晶文社)
 この2冊を目録で注文。
■ ビュトール『文学の可能性』(中央公論社)
■『國文學 三島由紀夫のすべて』昭和45年5月臨時増刊(學燈社) ほか

〈 追記 〉

岡崎武志著『女子の古本屋』(筑摩書房)は前述の火星の庭のほかに、旅猫雑貨店ブックギャラリーポポタム海月書林蟲文庫などもとりあげられている。とても面白い読み物になっており、お勧めです。
「古本屋という道で生きるんだ」という決意の重要さを説き、紹介した女性古書店主はその決意を持っている人ばかりであると書かれている。そして巻末には次の言葉が紹介されている。

「『価値のあるもの』を買うのではなく、『自分で価値を作れる』人間は強い」 古書現世(二代目店主) 向井透史

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桜のトンネルを抜け「月の湯古本まつり」へ

4月4日(土)、<わめぞ>メンバー武藤さんのブログで推薦されていた道を辿りながら、とみきち(妻)と共に「月の湯古本まつり」を訪れた。神田川沿い江戸川公園の桜並木、それはそれは見事なものだった。サンドウィッチを頬張りながら何年かぶりの夫婦二人でのお花見。椿山荘の庭、芭蕉庵もゆっくり散策したい気持ちに誘われたが、午後遅めに家を出たので今回は諦める。

昔ながらの銭湯に足を踏み入れるのは40年振りだろうか。何とも言えぬ郷愁に誘われる。小学校1年生2学期に団地に引っ越すまでは、毎日のように通っていた銭湯。行き帰りも含め、日常とは違う不思議な時空間を子どもながらに楽しんでいた。実際に月の湯を訪れることで、『オ風呂ノ話。』を著し、銭湯という文化をひとりでも多くの人に伝えようとしている武藤さんの気持ちを実感できた。

その武藤さんには、3月の「外市」の際に交わした約束通り缶ビール2本(別銘柄)を差し入れ。2本同時にぐびぐびブレンド飲みするかと思いきや(笑)、1本は退屈男さんへ。優しいなあ。

武藤さんから、吉祥寺にある藤井書店さんを紹介してもらう。一階と二階では本の扱いが違うらしく、二階が開いている時がいいとのアドバイス。すかさず、「火曜の定休日以外開けてますよ!」と、藤井書店さん。

退屈男さんの退屈文庫、今回は気合いが入っていた。多くの本にセロファン紙がかけられていて、表示を見るまで退屈文庫とは気づかなかった(笑)。本を見ていると、横にいた若いカップルの女性の方が、三國連太郎・沖浦和光『「芸能と差別」の深層』(ちくま文庫)を手にとり、「これすご~く面白かったよ。三國連太郎って俳優なのに、いろいろ勉強していて知識も豊富でびっくりした」と、連れの男性に薦めている。こういう会話が漏れ聞こえてくるのも楽しい。結局買って行かれたようで、そのことを退屈さんに伝えると喜んでいた。

退屈さんには、(デジカメに収められた)部屋の片付けの経過がわかる写真を見せてもらう。ブログを読んでいたのでかなりの本を処分したのだなと思っていたが、実は3分の1でしかないらしい。出品している本の質、所蔵している本の量は、退屈さんの年齢を考えるとすごい。

読了後処分してしまった■石川淳『安吾のいる風景・配荷落日』(講談社文芸文庫)■吉村昭『私の文学漂流』(新潮文庫)を退屈文庫で再購入。

月の湯入り口横に素敵な雑貨を並べていた「旅猫雑貨店」の金子さんとは、先日開催された「おさんぽ市」をプロデュースされたお兄さま「研ぎ猫」さんのお話しを。腰が低く、いつも明るくその場を和ませてくれる方。<わめぞ>の方々が研ぎ猫さんのお宅に集まっては、よくご飯をご馳走になっている様子が色々なブログで書かれている。人が集まるのがお好きだとか。

そこへとみきちがやって来て、この本を買うよと■細川護貞『細川日記』(中公文庫)を見せる。スリップを「ニシオギ」と読み違えると、金子さんが、「それはニシアキですよ」と「西秋書店」さんのことを丁寧に説明してくださる。なんと、何度も足を運び何冊も本を購入したことのある神保町の書店!本好きを自称しながら書店名を覚えようとしない私の欠点をさらけ出してしまった(笑)

さっそく棚を見に行くと『sumus』のバックナンバーでほしい特集が2冊あったものの、稀少なゆえ値段が少し高めで手が出ず。しかし、いい本が揃っていた。

「古書現世」の向井さんは帳場のレジのところにど~んと坐っていらっしゃる。その姿はまさに親分。しかし、あらゆるところに視線を送り、気配りしているのがわかる。

身内ともいえる<わめぞ>の方々と、客として訪れる私たちや、みちくさ市に参加する時の私たちとの関係性を瞬時に判断し、状況に応じ、的確な言葉を選んでいることを向井さんからは感じる。武藤さんに差し入れしたことは早々と伝わっていたようす。「すみません。次は向井さんにも。お好みは?」と尋ねると、ひと言「現○」。絶句(笑)。

答えに窮し、「これまで向井さんのところの本を一番多く買っているので、それで何とかお許しを」。 ご了承いただけたかどうか(笑)

今回、20年近く探し続けてきたものの手に入れられなかった1冊を「古書現世」さんで購入。

■五味康祐『オーディオ教室』(ごま書房)

手元にあるのは父から譲り受けたものだが、自身書き込み、線引きしてしまっていてボロボロに近い状態。しかも、カバーがない!初めてカバーを見ることができ感涙。五味さんの強烈な顔(イラスト)が表紙を飾っているとは想像もつかなかった。しかも250円という信じられない値段。向井さんが仏様のように輝いて見えた。

他には、■シオラン『四つ裂きの刑』(法政大学出版局)■平岡正明『大革命論』(河出書房新社)をこれまた他では考えられないような値段で購入。

欲しい本をこういう値段でバンバン出してもらえると、向井さんの追っかけになってしまいそうで怖い(笑)

ブログでしか拝見したことのない仙台の「火星の庭」さん。出品されている本は私の好みと重なるものが多かった。所有していなければ何冊も購入していたに違いない。■中村光夫『谷崎潤一郎論』(新潮文庫)を購入。できることなら、仙台へも一度行ってみたいものだ。

「古書ほうろう」の宮地さんご夫妻と久しぶりにお会いでき、嬉しかった。月の湯内にお二人で「萬福亭」というお店を出していたのには驚いた。大人気のチキンライスは残念ながら売り切れ。初めてお会いした時からの印象は変わらず、知的で穏やかなお二人。

宮地さん(ご主人)からは「一箱にはまた参加していただけるみたいで、楽しみにしていますよ」と言っていただく。恐縮するとともにいい意味でのプレッシャー(汗)

一人で本と戯れていた世界から(この半年で)、本と関わるいろいろな方と出逢えるようになったのも、昨秋の一箱古本市に参加したことが大きなきっかけだった。その中でも、開店後まもなく宮地さんに「いいですねえ。好きですよ、こういうの」と声をかけてもらえた事が、どれほど力になったか。5月の「不忍ブックストリート 一箱古本市」への参加を4日(月・祝)にしたのは、実を言えば不忍通りを挟んで古書ほうろうさんの店舗がある側で出店したかったから。(出店場所がほうろうさんの近くになったらなあという淡い期待もあって) 場所が決まったら、下見を兼ねてまたお店の方に伺おう。

Pippoさんのゲームコーナーはいつもながらこどもたちを中心に大盛況。こどもが熱中しているうしろ姿は愛らしく、ほのぼのとさせてくれる。私も今回はゲームに参加、大はしゃぎ。最初だけキノコを釣ったが、虫らしき不思議な物体が妙に気にかかり、釣り上げる度にPippoさんが説明してくれる。「これはナメクジ」。ふむふむ。「これはいちおう、おたまじゃくしのようなもの」には、瞬間お腹をかかえて笑ってしまった。Pippoさん、ごめんなさい。時間をかけ紙粘土でつくられた作品だというのに。よ~く見ると、小さな目が二つ描かれていて、まさにおたまじゃくしでした!

名古屋で出品した詩集は稀少で貴重なものが多く、大評判だったと聞いていたので、そのことに触れると、「私は何度も読んだので、読みたいと思う方に読んでもらえたら」と。こういう想い好きだなあ。私など、大事な本は2冊ないと、「誰かに」という気持ちになかなかなれない。

武藤さんには缶ビールを差し入れしたのでPippoさんには複数所有している本の中から、外市で話題にした作家関連の文庫2冊を進呈。というより、押しつけ(笑)。

帰り際、「古書往来座」の瀬戸さんにとみきち共々「ホンドラック」の説明をしていただく。どれだけ苦労された末に出来上がったすぐれものかがわかる。ホンドラポールの差し入れ口の穴が1㎜たりとも狂いが出てはならないばかりか、微妙な全体のバランス、強度を考えた上での作品。ほんとうに丁寧な作業、そしてその情熱!

「今日は瀬戸さんのところの本は買わなくて・・・」と言うと、「いや~、本を買っていただけなくても、こんなにホンドラックに興味を持っていただけて、説明まで聞いてもらえたので、それだけで嬉しいです」と話す瀬戸さんの笑顔がとても素敵だった。

会場内では、いつ休んでいるのだろうかと思えるくらい、出品者の棚や箱に目を配り、忙しなく本を補充していた瀬戸さん。今度は本の話もさせていただきたいなと思う。

女性のお客様が多かったのが印象的。キレイでかわいい雑貨や小物も目を引くのだろうが、屋内でじっくり、ゆったり見れるのがいいのかなと思ったりした。加えて銭湯という不思議な空間も魅力なのだろう。もちろん、男性の方にもお勧めです。新しい発見があるに違いないので。

当日の様子は、同行した妻(とみきち)がブログ「とみきち読書日記」で写真をアップしております。よろしかったら、そちらの方もご覧ください。

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わめぞ「外市」でほっこり、しみじみ

7日(土)、<わめぞ>「外市」に夕方から足を運ぶ。穏やかな天気の中、多くの人で賑わっていた。まずは今回のスペシャルゲスト、古書ソムリエ・山本善行さん「善行堂」の棚をじっくり見る。
ヘンリー・ミラー、今 東光、後藤明生の本にも惹かれたが、結局『野呂邦暢 長谷川修 往復書簡集』(葦書房)を手にとって、一旦レジへ。

レジには5日(木)に、お店の方に伺った「古書現世」の向井さん、そして武藤(良子)さん退屈男さんが。いきなり向井さんと武藤さんに、息の合ったトークを披露してもらう。
武藤さんの悩みをネタにSH大作戦、「ストップ・ザ・○○」と向井さんが攻める。すると私に向かって、「何もわざわざ結婚記念日にコイツ(笑)の店に行くなんてねえ。せめてもっと儲かってる、ちゃんとした店に行けばいいのに」と、武藤さんが応戦。 爆笑。
会計をお願いすると、「釣りはいらねえって?」。 げぇ。 「そんな余裕ないですよ」と答える。協議の結果、次回武藤さんに差し入れすることで勘弁してもらう。そういえば、武藤さん手に酒持ってない。どことなく穏やかに感じられたのはそのせいかと納得(笑)
「しっかり頭に入れましたよ~」と釘をさされる。早速、最重要事項として「武藤さんに缶ビール差し入れ」と携帯にメモ。

今、本や部屋の整理でたいへんな退屈さん。思ったより顔色がよさそうでほっとする。
「そうだ・・・」と言って退屈さんが、鞄の中をごそごそ。(何かもらえるのかな?)と、ちょっとばかり期待。
出てきたのは畳の井草でつくられたブックカバー。試作品だとか。見せてもらっただけ。得意そうな退屈さん。いいなあ、何とも言えない笑顔。でも、やっぱりこの人ヘンだ(笑)
お三方とも様々な苦労を抱え、たいへんなはずなのに、楽しく話してくれるので、その場がぱっと明るくなる。

毒気を抜くために(嘘)、Pippoさんのところへ。手作りゲーム【まいごのおたまじゃくしをさがせ♪】はとってもキュート。かなり手間がかかっただろうなと感心。昼間は子どもたちが大喜びで、ずうっと遊んでいたらしい。バックの絵が気になって尋ねたら、ヘッセの水彩画とのこと。とてもよくマッチしていた。ヘッセから詩の話になる。
Pippoさんは自身も詩を書いているから詩のことにはとても詳しい。詩への愛も半端ではない。偏屈な私だが、言葉を疎かにせず、大切にしている人の話には素直に耳を傾けられる。それに、Pippoさんの詩に関する話はとても深い。
だから、リルケはいい!と意見が一致したのは嬉しかった。葉が落ちる様子を描くことで始まる詩、『秋』が浮かんできた。

木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の園生が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる
そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる
われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ
けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある
(富士川英郎訳 新潮文庫『リルケ詩集』より)

Pippoさんは、「どうなさいます 神様 もしも私が死んだなら」という句を含んだ詩に触れ、「実存」の問題へと話を展開していく。

詩だけではなく、文学、随筆の話も。 最近私はブログで中河与一『天の夕顔』について書いたのだが、Pippoさんも同じ頃『天の夕顔』を読んでいたので、驚いた。さらに、私が太宰についてもそろそろ書いてみたいと思い、短篇を何作か読んでいたら、Pippoさんがブログで『愛と苦悩の手紙』に触れ太宰をとりあげたものだから、(何かが共鳴したのだろうか?と)不思議な気持ちになったことを伝える。2作品をもとに、若者の恋愛観や太宰についても語り合う。

福田恆存『私の幸福論』のこと、太宰の後を追うように自死を遂げた『オリンポスの果実』の作者・田中英光にも話が及び、心にしみるひと時を戴いた。

その後、じっくり本を探す。古書現世さんの棚には、それほどマニアックではなくとも、本好きなら思わず何冊も買いたくなる本が、手頃な値段でぎっしり。さすが向井さん。
帰り際に、往来座の瀬戸さんにご挨拶しようと思っていたのだが、姿が見えず失礼してしまった。
旅猫雑貨店の金子さん、ふぉっくす舎NEGIさん、晩鮭亭さんには会えず残念。

そうそう。外市終了時間を少し過ぎた時、往来座店内のカウンター奧に武藤さんを発見。
しっかり缶ビールを飲んでいらっしゃった。にこやかに。

〔購入本〕

■『野呂邦暢 長谷川修 往復書簡集』(葦書房) 善行堂
■角谷建蔵『岩波文庫の黄帯と緑帯を読む』(青弓社) ※「赤帯を読む」が結構面白かったので。
■吉本隆明『源氏物語論』(ちくま学芸文庫) ※2冊目購入
■アンリ・トロワイヤ『ドストエフスキー伝』(中公文庫) ※2冊目購入 以上3冊 古書現世
■吉田知子『無明長夜』(新潮文庫) ※2冊目購入 古書往来座
■中村光夫『憂しと見し世』(中公文庫) 退屈文庫
■田村隆一『鳥と人間と動物たち』(徳間文庫) 嫌気箱
■宇野千代『私の文学的回想』(中央公論社) チンチロリン商店

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古本一週間

先週土曜、いつものように地元馴染みの古書店に段ボール2箱処分。それから、一週間。(私にしては)かなりの数の古本を購入。古本屋に足を運ぶのは、やはり楽しい。背表紙を見ているだけのこともあれば、見たこともない本をそっと書棚から引き抜いて、ぱらぱらと目を通すこともある。気になったら値段を確認。「またいつか機会があったらな」(笑)と書棚に戻すことのほうが多いものの、「(俺を)待っていたのか」と、迷わず買うこともある。しかし、やたらと手にとったりはしない。長年の古本屋通いで培った勘を頼りにする。自分に合っている本かどうかを。加えて、店への配慮もある。もちろん、探していた本は、よほど高価でない限り購入する。5年かけて見つけるなんてことはざらだ。これはいわゆる古書店の場合。

ブックオフとなると買い方が変わる。定価の半額でも高いなと思える本は買わない。単行本均一500円とか、値札の半額セールを待つ。もっともセール当日の朝から行けることはほとんどないので、そう簡単にいい本を見つけることはできない。仕事の合間、仕事帰りとなると、セールをやっている日かどうかという巡り合わせもある。
(昨秋)古本市に参加するようになってから自身変わったのは、既に持っている本でも、人に提供したくて探すようになったことだろうか。1冊しかないと自分の蔵書からは出せない。そういうものは半額でも買う。また、今年もできれば古本市に参加したいと思っているため、自分の蔵書だけではもうひとつぱっとしない場合、値段に関係なく買うこともある。例え数は少なくとも、テーマをいくつか設けて出品したいからだ。
それでは、この一週間の購入本をご紹介。古書店5軒、ブックオフ5軒にて。

■ 豊崎光一 『クロニック』(風の薔薇叢書) 800円
『他者としての忘却』 『ファミリーロマンス』 『余白とその余白または幹のない接木』などを処分してしまったことを後悔していた。久しぶりに豊崎光一の文章が読める。
■ E・Hカー 『カール・マルクス』 200円
■ 北博昭 『二・二六事件全検証』(毎日新聞社) 300円
■ 霜山徳爾 『仮象の世界』(思索社) 
あのフランクル『夜と霧』の訳者。この人の『人間の限界』(岩波新書)、『人間の詩と真実』(中公新書)、『素足の心理療法』(みすず書房)、『共に生き、共に苦しむ』(河出書房新社)など、どれも読み応えがある。驚くべき幅広い教養、深い洞察力。
■ 結城信一 『結城信一 評論・随筆集成』(未知谷) 1500円
前回当ブログで書いた、荒川洋治『読むので思う』の中で触れられていたので欲しかった。まさかこんな値段で手に入れられるとは!
クルト・リース 『フルトヴェングラー 音楽と政治』(みすず書房) 
以前処分してしまったので買い戻し。やはり手元に置いておきたい。
■ 足立巻一 『やちまた 下』(朝日文芸文庫) 
これでようやく上下揃い2セットになった。1セットはどうしても手放したくない。しかし、いつか誰かの手に渡ってくれればと下巻を探し続けていた。足立巻一といっても、興味のない方には無縁ではあるが。
■ 荒巻義雄 『柔らかい時計』(徳間文庫) 
昔、高校バレー部後輩の兄から薦められて読んだものの、知らないうちに無くなってしまった。一緒に買って読んだ『神聖代』(徳間文庫)は残っているのだから、恐らく間違えて売ってしまったのだろう。もう無理と諦めていたが、ようやく手元に戻ってきた。27年振りだから、奇跡に近い。
■ 渡邊二郎 『芸術の哲学』(ちくま学芸文庫) 400円
■ 長谷川如是閑 『ある心の自叙伝』(講談社学術文庫) 

〔ブックオフ 105円〕

■ 松本健一 『大川周明』(岩波現代文庫)
■ 石原吉郎 『石原吉郎詩文集』(講談社文芸文庫)
■ 弘津正二 『若き哲学徒の手記』(講談社学術文庫)
■ 北杜夫・辻邦生 『対談 若き日と文学と』(中公文庫)
■ 増田彰久・藤森照信 『アール・デコの館』(ちくま文庫)
■ 福永武彦 『塔』(講談社文庫)
■ 日影丈吉 『女の家』(徳間文庫)
■ 森敦 『わが青春 わが放浪』(福武文庫) 
■ 巌谷大四 『懐かしき文士たち 戦後篇』(文春文庫)
■ 吉田さらさ 『京都、仏像をめぐる旅』(集英社be文庫)
■ マラマッド 『アシスタント』(新潮文庫)
■ モーパッサン 『死のごとく強し』(新潮文庫)
■ 清水多吉 『ヴァーグナー家の人々』(中公新書)

クラシックCD(ブックオフ)500円

● ベートーヴェン「運命」、シューベルト「未完成」 クレンペラー指揮 ウィーン・フィル
● シューベルト「グレート 他」 クナッパーツブッシュ指揮 ウィーン・フィル
 いずれもドイ・グラムフォン国内盤(現ユニヴァーサル) ライブ録音

この一週間は怖くなるくらい、恵まれた。

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古本の日 いつもの古書店で

夜、馴染みの古書店へ。店主とは写真集の話に興じる。「中平卓馬の写真集はありませんかね」と尋ねたら、現在は在庫なしとのこと。それを機に、いろいろと昔の面白い話を聞かせてもらう。

●中央公論社から発行された映像の現代シリーズをセットで売ろうとしたものの、半年経っても買い手が見つからず、それぞれ値段を考えてバラ売りしたところ、3ヶ月後には完売。しかも、当初セット価格でつけた値段をはるかに上回った。ちなみに森山大道の『狩人』は20万円で売れたみたいだ。

●ある日、細江英公の『薔薇刑』を探しているという女性から電話。持っていると伝えると、「実物を見たい」と言う。やって来たのは豪華な装いの年輩女性で、少しアルコールが入っていたらしい。それでも、手にとって見る目は真剣そのもので、ひととおり目を通すと、「いただくわ。ほかに、面白いものある?」と訊かれ、これはと思う写真集を何点か見せると、計4冊40万円分購入。「彼氏へのプレゼントよ」と微笑みながら、店を後にしたとのこと。

店の奥から森山大道の写真集を出して来てくれたので、見せてもらう。値段もけっこうするが、彼にはこんな写真集もあったのかと思えるものだった。写真集は、来店時、実物があるならすぐ見たいというお客様ばかりなので、めぼしいものは倉庫にではなく店内に置いておくらしい。その後、牛腸茂雄の話を聞かせてもらう。写真についてほとんど知識がないので、初めて聞く写真家だった。どのような写真かを聞いているうちに、魅力を感じ欲しくなる。ネットで調べたものの、高価なものが多い。「SELF AND ATHERS」なら、手の届く範囲だが、とにかく一度図書館で探して、牛腸の写真を見てみよう。

〔 購入本 〕

■ クルト・シュナイダー 『病態心理学序説』(中央洋書出版部) 1000円

20年前に、『臨床精神病理学』(改訂増補第6版・文光堂)を読んだが、この本の存在は知らなかった。「心の異常、心の病態とは、いかにして了解され得るものか?今日の精神病理学の発展に重大な影響を与えた、ヤスパースとならぶハイデルベルク学派の代表的精神科医が、冷たく美しい結晶のような文体で綴るこのうえなく簡潔で端正な精神病理学総論」と、帯に銘打ってある。

■ 三浦つとむ 『マルクス主義の復原』 (頸草書房) 800円

吉本隆明『言語にとって美とはなにか』で、この著者の存在を知った。官許マルクス主義をどう捌いているか、楽しみだ。何度か読んだ、三浦つとむ『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫)は、実に斬新で刺激的な本だ。今なお色褪せていないと思う。他に『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)、『ものの見方考え方』(頸草書房)を読んでいる。『こころとことば』(明石書店)も是非読んでみたい。

■ 井上日召 『一人一殺』 (新人物往来社) 200円

あの血盟団事件を起こした背景に何があったのかを知る、ひとつの縁(よすが)にはならないかと思い購入。井上本人は「一殺多生」をスローガンにしていたと聞いている。それにしても200円は安すぎる。まだ店頭に出していないものを、ちらっと見かけ、この値段で譲ってもらった。

■ 鶴見俊輔 ほか 『まげもの のぞき眼鏡』 (旺文社文庫) 200円

鶴見俊輔、多田道太郎ほか6名が大衆文学の魅力を伝える本。『虹滅記』『やちまた』の著者、足立巻一が執筆者に名を連ねているのだから、買うしかない!

帰宅後、昼間読み始めていた、篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』(朝日文庫)を一気に読了。13年以上前に購入した本だが、これで通読は5回目になるだろうか。部分的には何度も読んでいる。いつかブログで取りあげてみたい。

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わめぞ「外市」を堪能 (2)

先日書いたように、「古書往来座 外市」までに、古書現世向井さんのところへ伺うことができなかった。さて、どうご挨拶したものかと思案中、向井さんの影が。その存在感は圧倒的だ。それでいながら、すうっと引き込まれてしまう柔らかさ、温かさ。(からだに触れてみてということではありませんよ)
風太郎 「すみません、お店の方に伺えず、外市になってしまって」
向井さん 「いついらっしゃるかとお待ちしていたんですよ」
風太郎 「外市前なので向井さんはいないかもしれないけれど、実は8日に伺うつもりでいたんですよ。仕事が延びて行けなくなってしまったんですが」
向井さん 「夜はいたかな。いや~、でも、来なくてよかったかも。私がいない時だと×××××ですから」
<いきなり向井さん節。残念ながら具体的には書けません>
とみきち(妻) 「うちでは勝手に"むかちゃん"って呼んでるんですよ~。ブログ楽しく読んでます。"むとちゃん"(武藤良子さん)の話になると最高!」
<風太郎冷や汗。すみません。勝手にちゃん付けで呼んでしまって>
向井さん 「何とでもお呼びください」
<ステキだ>
風太郎 「今度こそ伺います。狼おじさんになりたくないので」
向井さん (ニコっと笑いながら)「12月31日までに来ていただければ」
風太郎 「???」  <もう過ぎているぞ・・・>
とみきち(妻) 「さ~すが、よくご存じで。いっつも予定は未定。いつになるかわからないですからねえ」
<えっ? 今年の大晦日までにってことか?>
風太郎 「そんな~!」と言いながら、なれなれしく向井さんに体当たり。みごとにはじき返される。
日も沈み寒さがしみてくるはずなのに、ぽっかぽっかに心が和む。
向井さんからは、仕入れや値付けのことなど興味深い話を伺う。退屈男さんのことも話す。しっかり人を見て、愛情深い方だなあと思うことしきり。荻原魚雷さんを紹介していただいたのも向井さんでした。

向井さんから「わめぞ人MVP2008」を贈られたPippoさん。みちくさ市後にその存在を知ったので、彼女の「~pippoの思索劇場~」を読ませてもらいました。ハイデガーやキルケゴールと比して、ニーチェを詩人と捉える感性。車谷長吉『金輪際』に触れ、車谷の人間洞察力を「地獄の門で鬼が全身をねめまわすような」と表現。絲山秋子の文学を、シモーヌ・ヴェイユに言及しつつ、相手を傷つけずに人を見捨てない「恩寵」の文学と呼んでいる。大好きだという萩原朔太郎と、同郷の詩人高橋元吉との交流に思いを馳せる場面。ゲーテ、ヘッセ、横光利一が自身にとってどういう存在かを表現しているところ。強く印象に残った作品として、ポール・オースター『ムーン・パレス』、福田恆存『私の幸福論』などを挙げ。そして自らの想いを伝えることが困難な言葉の本質を意識しながら、言葉を求めてしまうところなど、共感を覚えました。それで、今回是非お話ししてみたかった。

他のお客様と話している後ろ姿、その装い。<Pippoさんに違いない> 声をかけるとビンゴ!
自己紹介すると「ああ、吉本隆明の本をたくさん持っている」と言っていただき、全く知らないわけではなかったんだとほっとする。Pippoさんの書棚にも吉本の本が収められていた。「番頭さん(という呼び方)っていいですよねえ」と褒められ、恐縮。とみきち(妻)が、本の担当は風太郎と説明すると、「それじゃ、こちらは看板娘?」 「むすめ? いやいや、とんでもない、ウワッハッハ」。Pippoさん、おもしろ過ぎです。私は古本市に参加するまで、どうやって本を処分してきたかを話す。とみきちが「いいですよね~、本のことだけやっていればいいんですから」と言いつつ、我が家の惨状を訴える。それを聞いたPippoさん、とみきちに「それじゃ本以外にも何かなさっているんですか?」 とみきちが「本のこと以外の日常全般です」と事実をありのままに伝えたら、「そのほうがたいへんですよね~」と素敵な笑顔。
私が荒川洋治『言葉のラジオ』を手にとるやいなや、「荒川さんのエッセイ、どれもいいですよね。あの幅の広さはスゴイです」とPippoさん。嬉しくなる。「思索劇場」の話になると、「あまり熱く語るのも・・・」と口にされるので、「日常のブログとは別に、楽しみにしていますし、私たち二人とも好きなので、これからも書いてください」とお願い。初対面なのに厚かましいことこの上ない。わずかな時間でしたが、自然体でいながら、常に言葉を探求し、ことばと格闘しながら、大切にしている「現代の吟遊詩人」という印象を受けました。

わめぞ>の方々の中には、まだお話しさせていただいことのない方もたくさんいらっしゃいます。つまり、まだまだ多くの楽しみが残っているわけです。

〔購入本〕 敬称略
● 中原昌也 『KKKベストセラー』(朝日新聞社) 古書現世
● 武藤良子 『オ風呂ノ話。』 m.r.factory(武藤良子)
● 平出隆 『猫の客』(河出書房新社) ふぉっくす舎
● 荒川洋治 『言葉のラジオ』(竹村出版) 小高根二郎『詩人 伊藤靜夫』(新潮選書) チンチロリン商店(Pippo)
● 海野弘 『アール・ヌーボーの世界』(中公文庫) 文壇高円寺(荻原魚雷)
● 古井由吉 『行隠れ』(集英社文庫) 蟲文庫
○ 遊び箋セット・棕櫚ほうき 旅猫雑貨店
南陀楼綾繁 『山からお宝 本を積まずにはいられない人のために』(けものみち計画)
内澤旬子 『おやじがき-絶滅危惧種中年男性図鑑』(にんげん出版)

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わめぞ「外市」を堪能 (1)

夕方4時半頃から1時間強、とみきち(妻)と共に、「古書往来座外市」へ足を運ぶ。多くの人で賑わっていた。昨日は強風に加え、底冷えするような寒さだったから、夜8時までの開催、さぞかしたいへんだったのではないかと思っていた。案の定、<わめぞ>のみなさんの口からは「きつかった」「死にそうだった」と。

外市終了1時間半前に訪れたので、自分の欲しい本は残っていないだろうから、<わめぞ>の方々に会うのがメインかなと思っていたが、何の何の。まだまだ魅力ある本が並んでいた。メンバーの方それぞれが選んで持ち寄っただけのことがあるなあとびっくり。さすが<わめぞ>。見たこともないような本、良質の本だけではなく、話題になった本、近刊本も、他に行ってもこんな良心的な値段では決して入手できない!本好きの人には自信をもってお薦め。

みちくさ市でお世話になった「旅猫雑貨店」の金子さんにご挨拶。その横に、お酒ではないかと思われるコップを片手に持った女性が。「武藤さんに違いない!」 で、金子さんにさり気なく、「あの~、武藤さんはどちらに?」と尋ねたら、ピンポン!ついについにあの武藤さんに会えた!初対面なのに自然に話は進む。みちくさ市で話題にした高校生らしき男の子が昨日現れたらしい。たぶん彼だろう。横で話を聞いていた金子さんは、武藤さんと私の繋がりが気になったご様子。

武藤さん「風太郎さんのブログ、ラブレターかと思った」

風太郎「わかりました?気持ちが通じたんですね」

ラブレターとは、いきなり武藤良子様の書き出しで始まる、私が書いた「みちくさ市」レポート(ブログ)のこと。<わめぞ>の方々のブログではいろいろと面白く話題にされている武藤さんですが、突き抜けたところがあったとしても、根は繊細な方だなと実感。年末から年始にかけて、ブログがちょっとパワーダウンしているように感じられ、心配していたのですが、お元気そうでよかった。その後レジの辺りから「『オ風呂ノ話。』完売!」の声が。人気ありますねえ。

「みちくさ市」で同じ会場だった晩鮭亭さんにもご挨拶。もちろん、我が家のヒーロー、退屈男さんにも!とみきちは、私が本を見ている間に、『山からお宝』裏表紙に載っている退屈男さんの部屋について、いろいろ質問していたらしい。本が積み上げられているので、カーテンは閉められない、窓も開けられない。ということは結露によって本が濡れてしまわないかと。そこで退屈男さんのひと言。「窓が二重になってますから」。誇らし気な表情がとてもキュートだったとか。

「みちくさ市」でお世話になり、長田弘『二十世紀書店』を購入していただいた、ふぉっくす舎さんの出品本を購入後、寒さを凌ぐため店内に入っていくと、「ありがとうございます」と声をかけていただいた。細かい気配りをされる方だなと思った。

古書往来座の瀬戸さんは店内カウンターで忙しそうにされていたので、残念ながら、ご挨拶のみ。

<わめぞ>の存在を知る以前に『古本暮らし』(晶文社)を読んでいた。その著者、文壇高円寺の荻原魚雷さんとも初めてお会いできた。どこか別世界から現れた人ではないかと思われる、不思議な方だった。でも、本やブログで書かれている文章との違和感は全く無かった。「新しい本が出るのを待っています」といきなりお願い。変なおっさんと思われたに違いない。口には出さなかったが、魚雷さんが小説を書いたら、どんな世界が描かれるのだろうかと勝手にわくわく想像してしまう。

話題になっていた蟲文庫さんには声をかける機会がなかった。というより、これまで接点がないので、気後れもあったというのが正直なところ。蟲文庫さんからは古井由吉の文庫を1冊購入。深沢七郎の単行本『楢山節考』と『極楽まくらおとし図』、所有していなかったら、躊躇わずに買っていたのだが。

次回はその(2)として、古書現世の向井さんとPippoさんについて触れます。

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〔 雑記 〕舌の根も渇かぬうちに古本買い

昨日8日(木)、「今日こそは古書現世さんに行くよ。外市前だからお店にいなくて、向井さんに会えないかもしれないけれど」と妻に言って家を出る。夕方、依頼された書類をアポなしで高田馬場の得意先に届けることになっていた。黙って受付に預けていくのも失礼なので、声をかけると担当者が出てきてくれた。それから話すこと1時間。失礼してから時計を見ると、18:45。ああ、間に合わない。泣く泣く古書現世さんに足を運ぶのを諦める。みちくさ市でお会いした際、お店の方に伺いますと言っていたのに,外市前に伺えなかった・・・。

雪にはならなかったものの、今日は一段と寒かった。神保町の得意先へ向かう途中、ある古書店の前を通りかかると、以前とはなんだか趣が違う。確か時代小説専門の古書店だったはずだが・・・。気になって看板を見ると、「りぶる・りべろ」となっている。「あれ?どこかで聞いたような。そうか、退屈男さんが以前ブログに書いていた古書店か!」
仕事の打ち合わせを終わらせた後、さっそく訪問。

小さめの店舗だが落ち着いた雰囲気。外の喧噪が嘘のようにそこだけが静まりかえっている。店内中央にはガラスのショーケースが置かれ、澁澤龍彦などの高価本が陳列されていた。文庫はそれほど重視していない感じを受けた。一般読者向けの本が100円均一で置かれたりしている。驚いたのは、思想系。左右問わず、美味しそうな本がずらっと並んでいた。トロツキーの亡命日記、影山正治の本など、懐に余裕があったら買っていたのに。懐かしい雑誌『流動』もあった。彷書月刊もバックナンバーを含め置いてある。週末の外市のことが頭にあったので、2冊だけ購入。
● 山村政明 『新編 いのち燃えつきるとも ある青春の遺稿集』(大和出版 1970発行)
● 中村真一郎 『夜半楽』(新潮文庫)
 今手元にあるものが日焼けで真茶色になり、文字も薄くなっているので買い直し。

次の仕事を終え、最後の仕事まで(移動時間を入れても)30分ほど空きができたので、得意先近くのブックオフへ。珈琲でも飲みながら本を読むのもいいのだが、自然と足が向いてしまう。時間がないので、哲学・思想、心理、音楽のコーナーのみ。100円コーナー、目を引くもの皆無。仕方なく半額の方へ。
ショーペンハウアー『存在と苦悩』〔金森誠也 編・訳〕が目に止まる。値札が貼っていない。中をパラパラめくる。10頁ほど鉛筆で線が引かれている。
そのことを指摘した上で、「これはおいくらですか?」と尋ねたら、「ああ、この状態ですから105円でいかがでしょうか」と言われ、即購入。
以前別のブックオフで、半額ではちょっとなあと思える線引き本があって、店員に交渉したら、「すみませんでした。これは売れません」と奧にしまい込まれてしまった。線引き、書き込み有りなどと表示されていて、それに見合った値段で売っている店舗もある。もっともそこは、一般の古書店に近いコーナーも設けてあり、ブックオフグループでも特殊ではあるが。
試してみるものだと実感。ただ、ブックオフは、中身を丁寧にチエックしていない場合の方が多いので、美本だと思って買うと痛い目に会うこともあるのでご注意を。
手袋忘れ、傘をさす手もかじかんでいたが、3冊も安く手に入れられ、いつのまにか暖かくなっていた(笑)。
年初に、今年は古本をあまり買わないようにしようなどと宣言したが、早くも崩れてしまった。

10日(土)、11日(日)は「古書往来座 外市」。どちらか一日、行くつもりでいる。楽しみだ。

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2009年 古本買い初め

古本、新刊を問わず本屋には、できるものならわずかな時間でも構わないから、毎日でも訪れたい。この性癖は生涯直らないように思える。正月2日から早速行動開始。

2日 ブックオフ
● 大原富枝『息にわがする』(朝日文芸文庫) 『地上を旅する者』(福武文庫) 各105円
 私にとって、好きな作家と言うよりは、読まねばならぬ作家という位置づけである。事実、『婉という女』『アブラハムの幕舎』には圧倒された。『建礼門院右京大夫』には唸った。『息にわがする』はまだ読んだことのないエッセイ集。 『地上を旅する者』は今から読むなぞ、遅すぎるくらい。これに続く『地籟』(文藝春秋)も年内には何とか見つけて、読みたいと思っている。
● 『現代短編名作選2 1948-1950』(講談社文庫) 105円
 田中英光 「さようなら」、林房雄 「四つの文字」を読みたくて。
● 車谷長吉 『贋世捨人』(文春文庫) 105円
 この人の作品を読むにはある種の覚悟が要る。精神状態が向かないと思える時には、遠ざけた方が賢明だ。と言いながら、読まずにはいられない。
● 河盛好蔵 『回想の本棚』(中公文庫) 105円
● 井筒俊彦 『イスラーム生誕』(中公文庫) 105円
● 渡辺慧 『生命と自由』(岩波新書) 105円
●  桑野隆 『バフチン 〈対話〉そして〈解放の笑い〉』(岩波書店) 500円

3日 ブックオフ
● クライスト 『チリの地震』〈種村季弘訳〉(河出文庫) 105円
 ドイツ文学にある程度の造詣があれば知らない者はいない、34歳で自殺した19世紀初頭の孤高の作家。岩波文庫で『ペンテジレーア』『ミヒャエル・コールハースの運命』『O侯爵夫人 他六篇』『こわれがめ』は既読。河出文庫版には、「チリの地震」ほか6篇は岩波の『O侯爵夫人』の中にも入っている。しかし、「チリの地震」を一読して、同じ作品とは思えぬ趣に、読後言葉を失う。
狐のペンネームで有名な書評家、山村修が『もっと、狐の書評』(ちくま文庫)の中で、「マニエリスト種村季弘のこうした姿勢が、訳文にも影響しているとみていい。チリの大地震という十七世紀の史実を背景に、男と女の恋の異常な結末を書く表題作など、訳文の日本語が、さながらうねるがごとく波立つ」と書いている。全く同感である。
お薦めしたい本だが、残念ながら品切れで入手困難。

● 山村修 『気晴らしの発見』(新潮文庫) 105円
 後は、『遅読のすすめ』(新潮社)を入手できれば、狐=山村修に関しては、満足できる。

3日 古書店
● 保田與重郎 『後鳥羽院』(保田與重郎文庫4 新学舎) 400円
 言わずと知れた日本浪曼派の泰斗。戦時下の言動を批判され、終戦後、言論界から黙殺された。著者の本を読むことはタブーともされていたようだ。橋川文三『日本浪曼派批判序説』を先に読んでいれば、抵抗を覚えることがあっても不思議ではない。1960年後半以降の復権がなければ、こうして保田の多くの著作を文庫で読める環境にあったかどうかわからない。

『日本浪曼派の時代』『英雄と詩人』『ヱルテルは何故死んだか』ほか何冊かは、新学舎の文庫を購入して読んだものの、『後鳥羽院』には手が伸びなかった。そろそろ購入しようと思った時には、書店から姿を消していた。通常とは違う棚にひっそりと埋まっていた『後鳥羽院』が、私に微笑みかけてくれた。
『後鳥羽院』の中の、「近世の唯美主義」「近世文芸の誕生」は、『保田與重郎文芸論集』(講談社文芸文庫)に収められている。同書には、必読とも言える「日本の橋」も入っている。

● 奧浩平 『青春の墓標』(文春文庫) 300円
 単行本(ソフトカバー)と、同じ文庫を2冊所有しているのだが、つい購入してしまった。人に贈呈したものも含めれば、5冊は買っているだろうか。この他にも、樺美智子『人しれず微笑まん』、大宅歩『詩と反逆と死』、原口統三『二十歳のエチュード』、岸上大作『意志表示』などは、見つけるたびに値段に関係なく買ってしまうので、これまでに何冊購入し、何冊人の手に渡ったか正確には覚えていない。

● 臼井吉見 『大正文学史』(筑摩叢書) 200円
 友人が、臼井吉見の孫なので、気になった本は買うようにしている。
● 紀田順一郎 『日本の書物』(新潮社) 300円

まだまだ家じゅう、本の詰まった段ボール箱が積み上げられたままなので、今年は古本買いも、昨年より少な目にしようと思う。たぶん、無理。

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行商

我が家では本やCDをまとめて売りに行くことを「行商」と呼んでいる。もちろん処分するのは私だが、馴染みの古本屋に持ち込む時は、妻に車を出してもらう。
この前、文庫が不足していると聞いていたので、今回は文庫本を120冊、単行本20冊ほど処分した。
ブックオフなどにあふれているような本は基本的に出さない。これは決め事にしている。すると、文庫の場合、だいたいこんな感じになる。
〔講談社文芸文庫〕
『青葉の翳り』『一期一会 さくらの花』『妖という女・正妻』『巴里芸術家放浪記』『再婚者 弓浦市』『深い河 辻火』『才市 蓑笠の人』『朝霧 青電車』『ガラスの靴 悪い仲間』『放浪時代 アパートの女たちと僕と』など
〔講談社学術文庫〕
『銀河と地獄』(川村二郎)『与謝蕪村』(安東次男)『共産主義批判の常識』『和漢朗詠集』
〔中公文庫〕
『芥川龍之介』(宇野浩二)『文藝復興』『思想の運命』『黒い文学館』『歴史・祝祭・神話』『本の神話学』『或る青春の日記』『青き麦燃ゆ』『赤い霧』など。
〔ちくま文庫・ちくま学芸文庫〕
『定家明月記抄』『深沢七郎の滅亡対談』『桃仙人』『インドへの道』など。
〔岩波文庫〕
『哲学書簡』『神々は渇く』『ペンテジレーア』『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』『新編 学問の曲り角』など。
〔新潮文庫〕
『アポロの杯』『熱帯樹』『憂鬱なる党派』『人間にとって』『廃市 飛ぶ男』『この世 この生』『人間滅亡の唄』『芸術と実生活』『島崎藤村』『重き流れの中に』『丸山蘭水楼の遊女たち』『南回帰線』『悪魔と神』『鹿の園』『ルーマニヤ日記』など。
〔角川文庫〕
『女について』(ショーペンハウエル)『ゴッホの手紙』(小林秀雄)『人工楽園』など。

色川武大『明日泣く』『花のさかりは地下道で』、文春文庫の福田 恒存、船山馨『見知らぬ橋』(角川文庫)、舟橋聖一『好きな女の胸飾り』(講談社文庫)、『ボマルツォの怪物―澁澤龍彦コレクション』(河出文庫)ほか。

「古本市」に出せるような本も多いが、それはまた別のこと。これまでの、そしてこれからの長いお付き合いを考えて、このようになった。

処分後、以下の本を購入。

●内海健『「分裂病」の消滅 精神病理学を超えて』(青土社)
●『吉本隆明を<読む>』(現代企画室)
●桶谷秀昭『ドストエフスキー』(河出書房新社)
吉本隆明と桶谷秀昭は、かつて売ってしまったのだが、また読みたくなった。このように買い戻す形になることが多い。

帰りは散歩を兼ねてブックオフに寄る。単行本500円均一セールをやっていたので2冊ほど。
●ロラン・バルト『明るい部屋』(みすず書房)
●黒岩比佐子『音のない記憶 ろうあの天才写真家 井上孝治の生涯』(文藝春秋)
ついでに100円コーナーから。
●森茉莉『父の帽子』(講談社文芸文庫)
●岡本かの子『生々流転』(講談社文芸文庫)
●小林信彦・荒木経惟『私説東京繁昌記』(ちくま文庫)
●D.H.ロレンス『現代人は愛しうるか 黙示録論』(中公文庫)
●浅羽通明『アナーキズム』(ちくま新書)
●貝谷久宣『気まぐれ「うつ」病』(ちくま新書)
●春日武彦『問題は、躁なんです』(光文社新書)
●市村弘正・杉田敦『社会の喪失』(中公新書)
●『ワーキングプア 日本を蝕む病』(ポプラ社)

これだけ買って2000円でお釣りがくるなんて、本当にいいのだろうかと思ってしまう。本好きにはありがたいことではあるが、本の「価値」を考えない市場が膨らんでいったら、出版界への影響は甚大なはず。複雑な思いだ。

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入ってきた本、引き取られていった本(2)

前回はみちくさ市でのことしか触れられなかったので、今回は日常における、この2週間の古本購入記録です。

仕事の関係で、神保町にはよく行きます。また、古書店が近くにある仕事先へ行くと、例え10分しか見られなくても、足を運んでしまいます。もちろん、帰宅途中、休日にも徘徊。

〔地元馴染みの古書店から〕

■ E .M.シオラン『生誕の厄災』(紀伊國屋書店)1000円

崩壊概論』『歴史とユートピア』は読んだものの、これは未読のため。

■ 上林暁『随筆集 幸徳秋水の甥』(新潮社)

  随筆は読んだことがないので購入。

■ 堺利彦『堺利彦伝』(中公文庫)

〔いろいろな古書店から・・8店舗くらい〕

 中河与一『探美の夜』(講談社)300円

 中河与一の名前が目にとまると、条件反射で手が伸びてしまう。

野村秋介『獄中日記 ―千葉編―』(二十一世紀書院)1500円

 当ブログで書いた(これからも頻繁に登場する)地元馴じみの古書店に十数年前売ってしまった。やはり手元に置いておきたくて、買い戻したようなもの。

     高橋たか子『高橋和巳の思い出』(構想社)100円

  作家でもある妻が、高橋和巳をどう見ていたのか知りたくて。

     岩川隆『神を信ぜず BC級戦犯の墓碑銘』(中公文庫)300円

  山頭火を描いた『どうしやうもない私』の著者ゆえ。

     北森嘉蔵『神の痛みの神学』(講談社学術文庫)

   北森神学には、これまで触れたことがなかったので。

     小島政二郎『芥川龍之介』(講談社文芸文庫)500円

  『眼中の人』の著者ならば、読みたくなるのも当然。きっと芥川への愛情がいっぱい詰まっているはず。

     福永武彦『ゴーギャンの世界』(講談社文芸文庫)100円

   ゴーギャンの絵はどちらかというと苦手なほう。しかし、福永が書いたとなれば、読まないわけにはいかない。

● 山上たつひこ『光る風 上・下』(ちくま文庫)400円

 『がきデカ』のショックは未だに残っている。 彼がこんな作品を描いていたとは知らなかった。山村修が自著『もっと、狐の書評』(ちくま文庫)で触れていた『喜劇新思想体系①』も読んでみたくなる。「笑いの文法がまったく違う」という、山村修(狐)の捉え方は鋭い。

     村井則夫『ニーチェ ―ツァラトゥストラの謎』(中公新書)300円

  共著、共編としてハイデッガー、西田関連本があり、かつ、リーゼンフーバー『中世思想史』の訳者であると知り。さらに、まえがきを読んで、300円ならお得だろうと。

     荒岱介『新左翼とは何だったのか』(幻冬舎新書)200円

   廣松渉と交流を持ち、三年有余下獄した著者の視点から、どう語られるのか興味を抱き購入。

     目崎徳衛『出家遁世』(中公新書)

  やっと手に入れた!!

● 巌谷國士編集『ユリイカ臨時増刊 総特集シュルレアリスム』(青土社)400円

統一性を欠いた気ままな買い方です。引き取られていった本はありません。年末恒例の大量処分に向け目下作業中。持ち込み先は、もちろん馴染みの古書店新刊本の購入はゼロでした。

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入ってきた本、引き取られていった本(1)

みちくさ市から早2週間。年の瀬が迫り、公私ともに一段と慌ただしくなってきましたが、この間も本は出たり入ったり。その記録です。

〔みちくさ市で購入した本〕

● 辻まこと 『虫の図譜〔全〕』(ちくま文庫)

どこのお店だったか忘れてしまいましたが、600円前後の安価。見つけた!という感じ。嬉しい。

● 富岡多恵子 『厭芸術浮世草子』(中央公論社)

岡崎武志さんのお店で。赤瀬川原平装幀、帯の推薦文は澁澤龍彦。

● 大木健 『シモーヌ・ヴェイユの生涯』(勁草書房・昭和43年改訂版) ● 中村真一郎 『読書三昧』(新潮社)

以上2冊は古書現世さんより。直接向井さんからではありませんでしたが、挟まれているスリップの残りから間違いないと思います。ヴェイユは新品だと2,730円もするので手が出ませんでした。400円と知って迷わず購入。ありがたいな。

● 日影丈吉 『かむなぎうた』(現代教養文庫) ● 阿佐田哲也 『阿佐田哲也の怪しい交遊録』(集英社文庫) ● 小山清 『日日の麺麭 風貌』(講談社文芸文庫) ● 辻まこと 『あてのない絵はがき』(小学館ライブラリー)ほか、全部で20冊購入。

「秋も一箱古本市」では、他のお店を回る余裕がほとんど無く、数冊しか 購入できなかったため、今回はその反動が出てしまいました。

〔みちくさ市で引き取り手が決まった本の中から〕

● ロートレアモン 『ロートレアモン伯爵』豊崎光一訳(白水社)
● 佐野眞一 『宮本常一のまなざし』(みずのわ出版)
● 佐佐木幸綱編  『現代短歌 鑑賞日本現代文学32』(角川書店)
● 矢部智子、今井京助ほか『ブックカフェ物語』(幻戯書房)
● 山下武  『人の読まない本を読む』(本の友社)
● 田中眞澄  『ふるほん行脚』(みすず書房)

● バルザック 『暗黒事件』 (新潮文庫) ● ヴォネガット 『ヴォネガット、大いに語る』(サンリオ文庫)

「アリ小屋」さんが購入してくださいました。「一箱古本市」で互いの店で本を購入。お店の名前を覚えていなかったものの、お顔は憶えていました。それが、今回「みちくさ市」では隣同士に! 何という巡り合わせ。アリ小屋さんの感想。「外国文学は人気無いなあ」。

● 鴨下信一 『忘れられた名文たち』(文春文庫)

不忍ブックストリート春秋部、石井さんに。中村さんもご一緒に来ていただいたのにお会いできず、寂しい限り。ほんとうに素敵なお二人です。

● 寺山修司 『ひとりぼっちのあなたに』(新書館) ●栃折久美子 『モロッコ革の本』(筑摩書房)

あいうの本棚さんのお二人のもとへ。本もきっと喜んでいるはず。

● 小池昌代 『屋上への誘惑』(光文社文庫)

一箱古本市でお隣だったもす文庫さんがお見えになって、購入してくださいました。売り場から離れていてお会いできず、残念。

< 感想 >

丸山健二、人気無し。『争いの樹の下で』以降、自身読まなくなってしまったので、仕方ないか。それ以前のものは、エッセイ含め、けっこういい作品もあると思うのだけれど。福永武彦もダメでした。これは残念。『死の島』(新潮文庫)を出せば、ひょっとして、引きとり手がいたのかも…。
荒川洋治さん、完敗。『文学が好き』『忘れられる過去』『読書の階段』どれも1000円以上では、値段が高すぎたかなあ。親しい人で、喜んでくれそうな人のために、取っておこう。

「本の本、本屋さんの本、読書の本、ベスト本」というテーマを設けた本は、9割方引き取られていきました。やはりうち(とみきち屋)は、何かしらテーマを設けて出店するのが、個性も出せるし、似合っているのかもかもしれません。

会場を見て回って。ちくま文庫、講談社学芸文庫、中公文庫の多いこと多いこと。ちょっとした品切れ本も含め、かぶっている本が多いので、うちのような値付けでは残ってしまうのも当然か(笑)。金子光晴、寺山修司、澁澤龍彦、竹中労(芸能関連本)も多かった。『ねむれ巴里』、『美空ひばり』何冊も見ました。

みちくさ市後の、日常のことも書こうと思っていましたが、長くなりそうなので、続きは次回に。

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点が線になっていく 「みちくさ市」特別編 「わめぞ」の方々

武藤良子様。武藤さんが書かれているブログ『m.r.factory』の中の記事、「思い出アルバム」におきまして、貴重な情報をいただき、ありがとうございました。

みちくさ市終了後も、気になってしかたがなかった男子高校生の、他店での様子を知ることができました。庄野潤三の本を買った瞬間には、所持金170円になっていたなんて!(この経緯はパラフィンさんが書かれています)。なんだか、せつなくなると同時に、そこまでして中野重治、野間宏、庄野潤三などの本を古書市で買う彼に感動しました。

武藤さんの「点が線に繋がる瞬間」という言葉に触発され、思うところを綴ってみたくなりました。お目にかっかたこともないのに、失礼かと存じますが、武藤さんにも触れさせていただきます。

一度も会ったことのない方なのに、ブログを読んでいて、すでにお会いしているような気持ちになる。或いは、初めてお会いしたのに「懐かしい」とさえ思ってしまうことがある。自身がブログを始め、古本市に参加するようになって、感じることです。

わめぞ」の方々のブログには、武藤さんの話題が多く、しかも楽しいので、思わず微笑んでしまいます。時折、お腹がよじれそうにもなりますが。古書現世の向井さん、古書往来座の瀬戸さんなども登場し、みなさまのことを勝手に想像させていただいておりました。退屈男さんだけは、妻が5年前にブログを始めた頃から、知っていました。

豊島区商店街フォーラムでの、向井さんのスーツ姿に触れている武藤さんの文章など、最高です。向井さんが怖そうな方には思えず、むしろ、お会いしたい!と思ったくらいです。みちくさ市で、念願かないお会いできた向井さん、〈ステキ〉でした。この方の周りに多くの方が集まってくる理由(わけ)を実感しました。

みちくさ市会場下見にいった際、旅猫雑貨店さんにうかがい、思っていたとおり素敵なお店だなあと思いました。さりげなく飾られていた、河井寛二郎『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』。それと、私ども「とみきち屋」のシンボルが猫ということもあって、小さな猫の置物を手に入れました。
お会いした金子さんからは、静かな雰囲気の中に、独特の感性と、こだわりをお持ちの方ではないかなという印象を受けました。
参加前のこちらの質問には、丁寧なお答えをいただいたばかりか、当日も細やかなお心づかいいただき、ほんとうにありがとうございました。金子さんにつくっていただいた「みちくさ市アルバム」の写真も、楽しく見させていただいています。

下見の時は、往来座さんへも。店内カウンターには、ばりばり働くNさんが。ほしかった本を5冊ほど購入。会計の際、宇佐美承『池袋モンパルナス』(旧版)がカウンターに置かれているのを発見。「これ売っていただけますか?」とお願いしたら、「今ネットで確認したところですが、近くのジュンク堂に行かれたら、新版がお求めになれますよ」と。この丁寧な応対に驚きました。もちろん、その場で購入。それから、「実は、みちくさ市でお世話になる者です」とご挨拶。「瀬戸さんはいらっしゃいますか?」とお尋ねし、店外にいた瀬戸さんのもとへ。黙々と作業されていました。声をかけさせていただいたところ、こちらが恐縮してしまうほど、丁寧にお話しくださいました。

そして、再び武藤さん。(すべて武藤さんのブログに書かれていることですが)

ゾンビはたどたどしく歩くほうがいいというコメントには、ゾンビ映画けっこう好きなので、妙に納得してしまいました。それと、狼男の悲哀を書かれた武藤さんの文章も好きです。

最近では、「みちくさ市でした!」で書かれている、けやきの葉が舞い落ちてくる様子に誘われ、空をみつめていらっしゃるところ。
特に、最後の「気づくといつも空を見ていた」が、とても素敵ですね。

みちくさ市ではお会いできませんでしたが、いつかどこかで武藤さんにお会いできるのを楽しみにしています。

このように、私の中でも、いろいろな点が、少しずつではありますが、線となって繋がり始めています。

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「鬼子母神通り みちくさ市」 カウントダウン

目録、POP作成など、準備が終わっていないためか、もうすでにカウントダウンに入った気分です。わくわくと、ドキドキとは違い、おろおろ(笑)

10月の不忍ブックストリート「秋も一箱古本市」でお世話になった「四谷書房」さんが、昨日私どものことをブログで紹介してくれました。心強く、嬉しいことです。四谷書房さんは「みちくさ市」には参加できないとのこと。とても残念です。次回お会いできるまでは、ブログの記事を日々読まさせていただきます。面白い情報満載、本への愛情、あたたかいお人柄が伝わってくる素敵な「四谷書房日録」、お薦めです。

「秋も一箱古本市」でお隣だった「あいうの本棚」さんは、みちくさ市に、名取ふとん店横の駐車場において出店されるので、またお会いできるのが楽しみです。私ども「とみきち屋」とは斜向かい。必ず伺います。「みちくさ市」関連のブログをちょこちょこ見ていると、錚々たるメンバーが集結する模様で、古本市参加2回目の私ども素人は、緊張の限り。会場は、ザ・ふるほ~んという感じが漂うのでしょうか。だとしたら、「あいうの本棚」さんは、センスあふれる独特の世界をお持ちなので、多くの方の目を惹きつけると思います。

古本市をきっかけに、さまざまな本好きの方たちと出逢い、刺激を受け、学べる。そして、新たに知り合えた方との交流が深まっていく。そのことが楽しくてなりません。次の記事では、出品本のご紹介をさせていただきます。何とか夕方までに。

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わが憩いの場 地元の古書店

夜、25年以上の付き合いがある地元の古書店に、本を1箱半処分。みちくさ市を控えているのに何をやっているんだろうと思われかねないが、売ったり買ったり、定期的な物々交換。付き合い上、いろいろあるのです(笑)

店主によると、文庫は動くものの、単行本が厳しいとのこと。特に筋の良い本の買い取り量が減ったため、在庫を出し続けても限界があり、書棚が寂しくなるのを嘆いていた。一時期は、書評ライター、編集者、大学の先生などが定期的に処分してくれていたので、「ははあ。まとめて入荷があったんだな」と一目でわかることが多かった。私の行きつけの、憩いの場でもあるのだから、がんばってほしい。

・ 今東光『毒舌文壇史』(徳間書店)
・ 池内紀『出ふるさと記』(新潮社)
・ 福永武彦『書物の心』(新潮社)
・ 黒田三郎『やさしい現代詩』(明治書院)
・ ブランショ『文学空間』(現代思潮社)カバーなし
・ 宅島徳光 『くちなしの花 ―ある戦没学生の手記―』(旺文社文庫)

などを購入。今東光については、改めて書いてみたい。ブランショの本は、若い頃、お金がなくなった時に処分してしまったので、手元に買い戻したようなもの。カバーなしで、日焼けも目立つが、読み直せる。800円なのだから文句なし。

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「古書ほうろう」さんとの出逢い、そして縁

仕事帰りに千駄木へ足を運ぶ。「古書ほうろう」を訪ねた。噂に違わぬ、いや噂以上に魅力ある古書店だった。

想像していたよりも広いスペースの中、ジャンル別に仕分けされた本が、ぴっちり整然とではなく、一冊ずつ時間をかけて見たくなるような、心地よい案配で並べられていた。昔風の古色蒼然たるイメージはなく、清潔感があって、店内のあちらこちらに目移りしてしまう工夫も凝らされている。様々なイベントのチラシ、小物、こだわりの商品や本も、訪れた者を飽きさせない。私のような素人には、お初にお目にかかる本ばかりだ。なのに、その多くの本からは(実際は稀少で高価な本であっても)「さあどうだ」と、こちらを圧倒せんばかりの表情は感じられず、購入しなくとも、出逢えたことに喜びすら感じられるのが不思議でならなかった。経営する4人の方のこだわりが随所に見えながら、繊細かつ控えめに、店そのものを表現しているようにも感じられた。

漏れ聞こえてくるお客様との会話からも、店のポリシーが感じられた。買値を付けられる本とそうでない本を丁寧に説明している様子に、こちらまでやさしい気持ちになってしまう。

私の周りには、「古本屋さんに一度本を売りに言ったら、ひどく横柄な態度で、怒られているように思えた。以後、二度と行く気にならない。」と言う者も少なくない。
「古書ほうろう」さんのような古書店に最初に巡り逢えていたら、抱くイメージも違っていただろう。

「秋も一箱古本市」で、私どもが並べた箱を見て「いいですねえ。テーマがあって。こういうの好きですよ」と声をかけていただいたのが、今日お店に出られていた宮地さんとの初めての出逢いだった。単に髪を短くされているからではなく、穏やかでありながら、内面には厳しく鋭い目を持つ、「僧侶」のような印象を私は受けた。その後、茶話会でお会いし、いろいろと話をさせていただいた。「本にも念が宿るんですよ」という宮地さんの言葉が忘れられない。営業のお邪魔をするわけにはいかないので、話せたのは、本を購入した際の、ほんのわずかな時間ではあったが、今もって私の印象は変わらない。店内のBGMは、ピアノ演奏によるクラシック音楽だった。宮地さんの好みと思われた。

帰宅してから、宮地さんが昨年11月に書いた記事を見つけて読み、自分の推測が間違いではなかったと知る。「50年前の音楽会」の魅力的なこと!クラシック音楽ファンにはたまらない内容だ。コルトー、バックハウス、ハイフェッツ、シゲティ、ケンプ・・生で聴けたらどんなに素晴らしかったことだろう。想像するだけでため息が出る。すべて、私が生まれる前の演奏会ゆえ、はかない夢に過ぎないが。

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内堀弘『ボン書店の幻』を読む

先日、内堀弘『ボン書店の幻』(ちくま文庫)を読み終える。ボン書店という店舗を持たない出版社を立ち上げ、採算を顧みず、美しい詩集を一人で出版した鳥羽茂。読み進むにつれ、彼の青白く燃え盛る情熱に包まれ、神秘的ともいえる謎多き人生にぐいぐいと引き込まれた。著者の鳥羽茂を追う温かい視線、ひとつひとつ資料を丹念にあたり、関係者の話を聞き、鳥羽の人生を再現していく労力、執念には、ただただ頭が下がる。また、「文学史」というものが、身を削るようにして書物を送り出した刊行者には全くといっていいほど触れないことへの著者の違和感、いや、絶望的な不満にも共感を覚えてならない。今回、文庫化にあたり加えられた「文庫版のための少し長いあとがき」がまた、素晴らしい。これはいわゆる「あとがき」と呼ぶ範疇を超えている。著者の愛情があふれんばかりに注ぎ込まれた小篇と言っても過言ではない。特に最後の一行の余韻は、心の奥深くまで染み込んでくる。

モダニズム(詩人)の知識がなくとも、特別な本好きでなくとも、しっとりとした読後感を得られる素敵な本です。

ちなみに筆者内堀弘さんは、古書店「石神井書林」の店主さんです。

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