カテゴリー「読書感想」の投稿

南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書) 一人一人の古本物語

ナンダロウ(南陀楼綾繁)さんの新刊『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)を2回続けて読んだ。どういうかたちで感想を書こうかと迷った末、bk1に書評を投稿。初めてのことである。

もう何年も前になるが、妻のとみきちがよく投稿しており、いつのまにか「書評の鉄人」とかになっていた。書評の鉄人たちによる本も出た。私の知っている方では、葉っぱさんソネアキラさんの書評も掲載されている。
そんなこともあったので、bk1にした。字数3000字まで可という条件も助かった。

少し悩んだ。とみきち屋のことを知っている方からすれば、著者との距離が近いと感じるはず。
でも書いた。一箱古本市の存在を知らない方にも是非読んでもらいたいと思ったから。
そのため、8割方第三者的な目で感想を寄せた。

本好きにはたまらない、素敵な本だと思う。
自分の知らない多くのイベントのことが手にとるように伝わってきた。

何より、ナンダロウさんの半端じゃない情熱と底力を感じた。
私が今さら言うまでもないが、その編集力たるや、プロ中のプロのものと感服。
また、各イベントの問題点にもきっちり触れているところが、偏っておらず、共感を覚えてならなかった。

無償で全国を駆け回り、多くの本好きが思いっきり楽しめるイベントを広めてくださったことには、一箱古本市参加者の一人として御礼の言葉あるのみ。
もちろん、一箱古本市を含め、多くのイベントを支えてくださっている皆様にも。
ありがとうございます。

『積んでは崩し』(けものみち文庫1)のなかの「本をナメルナ!」を読んだとき、この人はホンモノだなと思えた。
ある雑誌に触れ、<なんだか知的おしゃれなアイテムとしての抽象的な「本」しかでてこないのだ。くそっ、本をナメルナ!読者をナメルナ!>と憤慨。自分なら<そこにある「本」の物語を読者に感じてもらえる紹介を試みるつもりです。>と結んでいる。

「本」の物語をさらに「人」「イベント」に広げたのが『一箱古本市の歩きかた』であり、これまでナンダロウさんが信念をもってやってこられたことが結実していると思えてならない。

拙いものですが、私が書いたbk1の書評の一部をそのまま紹介します。

鳥取県米子市での「一箱古本市」を扱った章で紹介されているエピソードがとりわけ心に残った。
演劇、映画関連の本、戦前のグラフ雑誌の合本などイイ本を出していた母娘。実は四年前に亡くなった息子さんの本であった。参加する数日前からそれらの本をめくっては、息子さんを思いだしていたという。「演劇をやっていたこともあり、本が好きな子でした。処分するのがしのびなくて取って置いたんですが、こういう機会に本好きの人の手に渡ればいいと思って」。
その母親の言葉を受けとめ、著者はこう語っている。「本と人をつなぐ場所があれば、一箱古本市はドコでもできる」。
ここに、著者のみならず、本を愛する多くの人々の思いが集約されていると言ったら大げさだろうか。
本を愛する人「一人一人の古本物語」であふれている素敵な書。

書評そのものはこちらです→ http://www.bk1.jp/review/479740

ナンダロウさんは、記事を書かれた方のふだんの仕事はきちんと評価し、「この記事だけはいただけなかった」と書いている。こういうところが、いいなあ。

巻末の■全国ブックイベント年表作成に協力された「空想書店 書肆紅屋」さん、「退屈男と本と街」の退屈男さん、お疲れさまでした。この8年間の動きが一望でき、とても参考になりました。

さっそく『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)に関するリンク集をつくっていただいた「モンガ堂」さん、ありがとうございます。楽しく読ませていただいています。

リンク集 こちら→ http://d.hatena.ne.jp/mongabook/20091120

ナンダロウさん年内のイベントが光文社のHPに掲載されています。
「南陀楼綾繁トークツアー2009」 こちら→ http://www.kobunsha.com/special/hitohako/

我が家では3冊目を購入。86歳になったばかりの母に渡す。目の前でパラパラと読み始め、「楽しそうだねえ」と笑っていた。高齢で足が悪く、通院以外にはほとんど外出できないが、10年前だったらきっと行きたい!と言ったことだろう。

23日(月・祝)は「みちくさ市」ですね。
午前中の仕事を終えたら、行きたいと思っています。

『第4回 鬼子母神通り みちくさ市』

■開催日
2009年11月23日(月・祝日) 10:00頃~16:00
雨天の場合、28日(土)に順延(この日が雨の場合は中止)

■会場
雑司が谷・鬼子母神通り
東京都豊島区雑司が谷2丁目・鬼子母神通り周辺
Google地図 >> http://tinyurl.com/6xmc4y
主催/鬼子母神通り商店睦会  協賛/わめぞ http://d.hatena.ne.jp/wamezo/
● 当日朝の7:00に天候による開催の有無を決定します。
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以下の方法で開催の有無を確認できます。
  
・みちくさ市ブログ http://kmstreet.exblog.jp/
・みちくさ市携帯サイト http://mblog.excite.co.jp/user/kmstreet/
・わめぞブログ http://d.hatena.ne.jp/wamezo/

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殉愛 中河与一『天の夕顔』 〔新潮文庫〕 (2)

地上では決して叶うことのない恋が描かれていることを見れば、中河与一『天の夕顔』(新潮文庫)は悲恋の物語だが、二人の魂が永遠に深く結びつく、殉愛の物語でもある。
人の心は脆く、絶えず揺れ、何らかのくさびを打ち込まないと自身を滅ぼしかねないほどの矛盾さえ抱えている。抑えがたい狂想に囚われた時、何を守り、何を貫くか- 人は試される。

京都の大学に通う「わたくし」(龍口・たつのくち)は、7つ歳上で、子どものいる既婚者あき子に心惹かれてゆく。彼女に借りたトルストイ『アンナ・カレーニナ』には、「いつも逢いたいと思うばかりに」と書かれた小さな紙切れが挟まれていた。次に借りたフローベール『ボヴァリー夫人』には栞が入っていて、百人一首にも収められている高内侍(儀同三司母)の歌が書かれている。
「わすれじの行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな」

「わたくし」は、誰に宛てられたものでもないと考え、故あって暫く手紙も出さずにいる。するとあき子から、二人のあいだにわだかまりがあるのではないか、そうだとしたら耐えられないのでうちあけてほしいという手紙が届く。二人は会うのだが、あき子は唐突に別れを告げる。自分があなたを愛しだしたのではないかと思うと、危険を感じるからと。
友情と考えているので危険はないと言っても、「わたくし」は彼女から突き離されてしまう。翌日彼女からの手紙が。
本当はいつの間にか愛し始めていた。許してほしいという偽りのない心情を吐露しながらも、「わたくしの内心の声は、電撃のように否と強く否定しております」と、固い決意が伝えられていた。ここから二人のあてどない旅路が始まる。無間地獄のような。

あき子は自身の母親を亡くし、夫は他の女性を愛し、その苦しみから逃れるために洋行している。愛し始めてしまったがゆえに彼も失なってしまう。「妻として母として」生きることを選んだものの、彼への想いを断ち切れない。
彼の方は、あき子を苦しめてはならないと思いながらも、彼女への想いをますます募らせる。どこかで相手を求めてやまない二人は、結局幾度となく会ってしまう。しかし、その都度別離を余儀なくされる。幸福はつかの間で終わり、さらなる苦しみを負う。

いかなる苦しみを味わおうとも、彼は儚い一縷の望みを頼りに、彼女を待ち続ける。
別れを「拒絶」と表現する様(さま)に、何度読んでも肺腑を抉られるような思いにかられてしまう。

会ってしまったがために、決意をうち砕かれ、心揺れ、苦しみ、二度目の別れの決意を伝えるあき子の手紙の余白には、建礼門院右京大夫の歌が付け加えられていた。
「今はただしひて忘るるいにしへを思ひ出でよと澄める月かな」
忘れようとしても忘れられぬ過去を思い出せと言わんばかりに月が澄んでいる。千々に心乱れるあき子の悲しみが重なって見える。

「わたくし」は大学卒業後入隊し、やがて他の女性と結婚するがそれにも破れる。あき子を忘れるための結婚なぞ、破綻するに決まっているのに。

4度目の拒絶の時、あき子は「たとえ、わたくしは、この首が飛んでも、もうこの決心を動かそうとは存じません」と言い放つ。彼の殺意に近い激情を感じとって。
その言葉に、「一人きりではないのだ」と思えた彼は、あき子の心が自由になるまで待とうと決意を新たにし、冬山にこもる。
自身が壊れてしまわぬよう、悲愴な思いを抱いて。

どんなに不自由をしても、どんなに孤独に陥っても、この世の冷徹無惨の中にいるよりは、いっそ天に近いところに行って、自分のかなしい生命を終わったほうがいい。(略)何もなく冷たく、氷りはててしまった世界。そここそ自分にふさわしい住みかにちがいない。(略)天に近い清浄の雪の中に身と心を置いて、自分は自分の思いを高めよう。

二人が出逢ってから19年。「わたくし」40歳、あき子47歳の春、ようやく時は訪れた。
あと「五年たったら」。あき子の口から出た言葉に、彼は狂喜する。
『アンナ・カレーニナ』のアンナが夫や子どもを残して自殺したことを、自分などよりどんなに幸福であったかもしれないと語るあき子。そんなことなど決して出来はしないから、彼らの19年があり、それぞれが身を切られる苦しみに堪え、生きてこられたのだ。
そして、ついに約束の5年を迎える・・・・・。

14歳で初めてこの小説を繙いた時、多くの読者同様ストイック、克己心という言葉が思い浮かんだ。自分には持ち得ぬ純粋で気高い精神への憧れ。
齢を重ね、幾度となく読み返すうちに、自分がここまでこの作品に惹かれるのは、何故だろうと思うようになった。
道を踏み外した恋。それだけの理由で、人の世の倫理に従ったわけではない。互いのいずれかが、もう一歩踏み出してしまったら「すべてを失ってしまう。完全に繋がりも絶たれてしまう」。そのことを二人は何よりも怖れたから、身を投げ出し、相手に飛び込める機会が何度もあったのに、踏みとどまったのではないだろうか。
最初の別れから、相手だけを見て、思いの全てをぶつけることは叶わないのだという、悲しいまでの覚悟が底流にある。
その姿勢をストイック、己に打ち克つ精神と感じる一方で、お互いが究極の理想のために自らを貫いた、自分を偽れなかったのだ。二人を踏みとどまらせたのは、単なる理性や道徳心だけではなかったのだと思えてならない。
だからこそ、彼らの歩んだ人生がいっそう哀切で、同時に、美しくも感じられる。

主人公は多くのものを捨て、傍からは愚かと思える人生を敢えて選んだ。あき子も、一見何も失っていないかのようで、最も手に入れたいものを諦めたところから24年の月日を送ってきた。しかし、二人は何かを犠牲にしたわけではない。後悔はない。
この世では叶わぬ恋を捨て、愛に殉ずることで、得難いものを得たのだ。

一人の女性を崇め神格化してしまう在り方を、現実離れしていてあり得ないと思うなら、或いは自己憐憫としかとれぬなら、何の感慨ももたらしてはくれないだろう。

「わたくし」によって語られる物語だが、決して私小説ではない。感情移入できるか否かでこの小説を裁こうとするなら、時間の無駄かもしれない。
「ただ逢いたいという願い、傍らにいたいという願い」- そんな堪えがたい思慕で生きた主人公を、私は嗤えない。むしろ、打ち震えてしまう。

物語の最後、天に夕顔が咲く。
夕顔をどんな思いで見るか。
その花を摘み取る人の姿が見えるか見えないか。
そこに読んだ者の心が映し出される。それだけは確信をもって言える。

蛇足ながら、夕顔の花言葉は「儚い恋」である。

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殉愛 中河与一『天の夕顔』 〔新潮文庫〕 (1)

中河与一『天の夕顔』(新潮文庫)。こんなにも心を抉られ、慟哭した小説は他にない。

中学2年の時に初めて読んで以来、30回近く読んだろうか。100頁少しの短い小説ゆえ、ストーリーも会話もほとんど頭に入っているのに、読むたびに心打たれ、揺さぶられる。自分の人生に重ねて読むわけではないのに、第三者の目で冷静には読めず、物語の中を生きてしまうからだと思う。この小説の主人公のようには決して生きられないからといって、荒唐無稽の物語とも思えない。然し、単なる憧憬でもない。
ある種歪んだ自己愛の投影ではないのかと笑う者がいても一向に構わない。それぐらい私にとって絶対的な小説なのだ。

不思議に思うことがある。今手元にある新潮文庫、平成15年3月改版の奥付を見ると、昭和29年5月発行以来81刷となっている。一刷ごとの部数が少ない(はず)とはいえ、驚くべきことだ。少なくともこの30年、この本が大々的に取りあげられた記憶はない。ということは、口伝てに読み継がれて来たのであろう。
巻末の保田與重郎による解説を引用しながら、まずこの作品がどのように受けとめられたか、紹介したい。

昭和13年に発表されて以来、大東亜戦争(※保田による表記)中から戦後にわたり45万部も売れた。なのに、ある事情から文壇では黙殺された。この事情を明らかにすることは不要と言う保田の考えには同感である。作品の本質とは全く関係ない。
しかし、永井荷風が絶賛、徳富蘇峰が推賞、与謝野晶子などが称えている。また、カミュや柳田国男の推賞により、英、米、仏、独、中国、スペインなど6ヵ国に翻訳された。カミュは「毅然としてかしかもつつしみ深い」と評している。
保田與重郎は、この小説の中の人々の愛に対する節度と宗教的な態度に共感する若い人々が多いことに安堵感を抱いた。そして、人間の文化が最もけだかく美しいものを念願していた時代の人々のおもいを伝え、愛の情緒と思想を教えていると称えた。

数年前だったか、純愛ものが若い世代を中心に流行ったようだが、関心が向かなかった。どうせたいしたことはないだろうと高を括ったわけでも、傍から眺めて苦笑していたわけでもない。強いて言えば、いわゆる純愛というものが私にはピンと来ないのだ。
しかし、「殉愛」となると違う。どんなに齢を重ねても、惹きつけられる。本の題名や文中にこの言葉が使われているか否かは関係ない。おのが人生や命のすべてを賭けることが、私にとっては愛に殉ずることを意味する。これこそがというように、決してひとつの形があるわけではない。無償の愛とも違う。
今までに「殉愛」が描かれていると感じた小説といえば、『天の夕顔』以外には、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』と、アベ・プレヴォー『マノン・レスコー』がすぐに浮かんでくる。この2作品も、若い時に読んで激しく心を動かされたが、今なお読める。ゆえに、私には青春の書ではない。

『天の夕顔』は主人公(男性)の次の言葉で始まる。

信じがたいと思われるでしょう。信じるということが現代人にとっていかに困難なことかということは、わたくしもよく知っています。それでいて最も信じがたいようなことを、最も熱烈に信じているという、この狂熱に近い話を、どうぞ判断していただきたいのです。
わたくしはひとつの夢に生涯を賭けました。わたくしの生まれて来たことの意味は、だから言ってみれば、その儚げな、しかし切なる願いを、どこまで貫き、どこまで持ちつづけたかということになるのです。ばかばかしいといって、人は、おそらく身体をふるわしてわたくしの徒労を笑うかもしれません。それが現代です。しかしわたくしにとって、それは何事でもあり得ないのです。わたくしは現代に生きて、最も堪えがたい孤独の道を歩いているように思われます。

これが、70年以上前に書かれた小説の書き出しである。
(続く)

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佇む喜び 荒川洋治『読むので思う』(幻戯書房)

昨年11月末、<わめぞ>「みちくさ市」プレ開催参加直前に、荒川洋治『読むので思う』(幻戯書房)を購入。40頁ほど読んで簡単な感想を書いたが、それから2ヶ月少し経った。3回通読、文章によっては4、5回読んだものもある。そのつど深くしみ、飽きることがない。

本を読むと何かを思う。本など読まなくても、思えることはいくつかある。だが本を読まなかったら思わないことはたくさんある。人が書いた作品のことがらやできごとはこちらには知らない色やかたち、空気、波長を持つ。いつもの自分にはない思いをさそう。読まないと、思いはない。思いの種類の少ない人になり、そのままに。そのままはこまるので、ぼくも読むことにした。

本書のタイトルにもなっている「読むので思う」からの言葉。荒川洋治という詩人の素晴らしさがいかんなく発揮されている。ひっそりと、何度でも味わいたい文章だ。
「色やかたち、空気、波長」は知識とは別のもの。本を書いた人の思いを受けとめ、自分(読者)も様々な思いを巡らせることで見えてくる世界。そこからまた、世界は拡がり、深まってゆく。
同時に著者は、詩人北村太郎の『光が射してくる 未刊行詩とエッセイ 1946-1992』(港の人)に触れ、漠然と或いは好きなものだけを読むのはほんとうの意味での「読書」とは言えないことを示唆している。(以下「  」内は北村太郎の言葉)
「読書によって心が広くなるより、狭くなる人の方が多い」「ひとつの小説の型、考え方の型、生き方の型、美の型だけにしがみついて、それ以外のもの認めようとしない」人になる危険があると。

こういう文章に出会うたび、立ち止まっていろいろ「思う」。自分の読書嗜好は偏っていないだろうか?あれもこれも気になって多くを読む。でも、ほんとうに読んだといえるのか?読んだということで満足していないか?咀嚼できているか?などと。
また、一冊の書物に感銘を受けた時に自分をしっかり見つめ、何を得たのか自分の言葉で表現できるかどうかも、大切な事だ。
知識としてのみ吸収するだけでは、心が狭くなり、かたくなになってしまいかねない。読書の難しさがそこにある。

荒川洋治はさらに、今の自費出版の問題点を昔のそれと比べて、こう語る。

すぐれた作品を書く人の作品を編集、出版することを通して「表現の世界」全体の展開を楽しむ。そこに読者としてのよろこびと、出版の意義を見た。複数の人間がつながる新しい空気が生まれた。それから時は流れ、他者への興味や関心は希薄になった。いまは、自分のお金で、自分の本をつくるだけ。そこから先は、ない。その先を考えるヴィジョンははじめからもたない。本が出ることで、人と人は出会うもの。いまは逆に分断され、孤立感を深める。本をめぐる意識は貧しいものになってしまった。

厳しい言葉で書かれてはいるが、本とは出会いの場であり、そこから人がつながってほしいという著者の願いが行間から滲み出ている。
著者の本への愛情があふれている文章を紹介したい。『結城信一 評論・随筆集成』(未知谷)に触れた「青年の方角」の中から。

本らしい本を読まない人がふえた。目の前のものだけを見るようになった。文学は、現実の奥底を照らすものだ。見えにくい現実を知らせてしまうものを人々はうっとうしくかんじるようになった。そういう人たちが新しい時代をつくりはじめた。(略)人のいのちと同様に、文学にも寿命があることに気づく人はいなかったのだ。どこに、何があったのか。どこに何がなかったのか。それを確かめるためにも文学を振り返らなくてはならない。見つめなくてはならない。この一冊におさめられた文章の形式、内容、配置、それらすべてが、いまはなき時代のものである。そのことが胸に迫る。本書は、ことばや文章を大事にした人たちの姿をうつしだしている。結城さんのことばは、文学を表すものだ。忘れることはできない。

著者は、単に昔はよかったと嘆いているわけではない。文学の力を信じている。文学を通して深まっていくものをこよなく大切にしている。この変わらぬ姿勢に、いつも胸が熱くなってしまう。
もちろん、本書には詩人特有の目で捉え、詩人らしい言葉で表現している文章も多い。一例をあげる。三好達治の詩「砂の砦」に触れた「手本のうた」から。

「砂の砦」のことばを見つめていると、光を知り、影を知る。反復という機能の美しさ、きびしさがわかる。わかったところで、自分には書けない。手本にできることが、こちらでできたら、手本ではない。こちらも、うれしくない。はるかなもの、この身に果たし得ないものを置く。そばに置く。それが手本をもつ、よろこびだ。

手本の本質を「はるかなもの、この身に果たし得ないもの」などと表現するなぞ、私のような凡人にはとうてい思いもつかない。美しい言葉だと思う。

目を凝らし、ありふれた光景の中に埋もれてまったものを見つけ出す。耳を澄ませ、さりげない日常の言葉、囁きに近いものから心の声を聞く。そして言葉をかみしめる。さまざまに思いを巡らすことで、新たな思いが芽生えてくる。佇む喜び。
荒川洋治のエッセイはそういうきっかけを与えてくれる、かけがえのないものだ。

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宮下誠 『カラヤンがクラシックを殺した』(光文社新書)と『20世紀絵画 モダニズム美術史を問い直す』(光文社新書)の落差

宮下誠 『カラヤンがクラシックを殺した』(光文社新書)には落胆した。近年稀に見る好著と思えた『20世紀絵画 モダニズム美術史を問い直す』(光文社新書)の著者が、何故このような本を世に問うたのか、疑問が残るからだ。

宮下誠の名は、7年ほど前、高校以来の親友が所有していた本で知った。当時彼は絵画にはまり、盛んに美術館巡りをしていた。山荘に招かれた時、彼の読んでいた本が『逸脱する絵画』(法律文化社)だった。興味半分でパラパラと読んでみたら、極めて難しいが、何とはなしに惹かれる不思議な著述。しかし、高価だったため購入せず、いつの間にか時は流れてしまった。3年前、気になってある新書を購入。読み出したら止まらない。ネットで著者のことを調べ、「ああ!」と納得。あの『逸脱する絵画』の著者だった。
私が読んだ『20世紀絵画』(光文社新書)は、抽象的で難しい専門用語も用いられてはいるが、著者の意図が明確に伝わるものであった。
絵画は抽象、具象に関わらず、作家あるいは民族のアイデンティティと深く結びついていて、造形上の相違とは裏腹に、時代や我々自身を映す鏡となっている。20世紀後半の具象表現は、時代の複雑化に伴い、たやすく理解できないものがある一方で、抽象絵画が理解しにくいとはいえないことも、著者の解説によって腑に落ちた。
遠近法の問題、ダダ運動、コサージュ、アサンブラージュなどについても的確にかつ、わかりやすく記述されている。パウル・クレーとピカソの話はとりわけ興味深く読んだ。この本で初めて知った旧東独美術の圧倒的な存在感には目を奪われた。藤田嗣治「アッツ島玉粋」に触れた章の中で、敢えて絵画を載せない(ブランクのままにしておく)、一見トリッキーと思われる編集にも、違和感を覚えなかった。
絵画を読み解く著者の、真摯で斬新な目に共感を覚えたものだ。
それだけに・・・。

「故意にカラヤンを貶めようとして書かれたものではない。」「本書はひとつのメルヒェン(大人の童話)として書かれている。主人公たちは実名で登場するが、議論の俎上に載せられているのは彼ら自身ではなく、彼らが代表する価値観であり、世界観である」「記述の大部分はごく個人的な感慨に占められている」。こういった留保が多すぎて、象徴としてのカラヤンの音楽を、自省無く受容してきた罪は、著者も含め、聴く側とカラヤンの双方にあると述べてはいるものの、残念ながら、(疑問を抱き、何かが違うと思っていた)著者自身は罪を軽減されているかのように聞こえてしまう。(私は「罪」という表現に納得はしていないが)
『カラヤンがクラシックを殺した』というタイトルそのものも、商業主義にからめとられ、安易ではなかろうか。筆者の真意から乖離しているように思えてならない。
また、「単純な誹謗中傷は何も産み出さない」と言うのであれば、カラヤンによる演奏の本質を説くのに、人工的美、欺瞞、嫌味な臭さ、気持ちの悪さ、救いのなさ等々、あまりにもステレオタイプな表現が多い。筆者はいったい、誰に向かって説いているのか、その対象がぼやけて見えてこない。

人が数値化、匿名化され、その個性が平板なものへと馴化される20世紀の危機的状況下、その対抗的意味合いで、素晴らしい芸術が産み出されてきた。ささくれだった感受性によって、いわば心の叫びとして、或いは憎悪をとして、或いは怨嗟として真正の芸術が世に産み出されてきたという筆者の主張に真っ向から異を唱えるつもりはない。賛同できる部分もある。しかし、「心の叫び」「憎悪」「怨嗟」あるいは筆者が何度も持ち出す「世界苦」が感じられない音楽を、真正な芸術と見なさないとしたら、却ってクラシック音楽を浅く狭い芸術に貶めることにならないだろうか。指揮者ケーゲル、クレンペラーらの音楽に触れるところでも、「世界苦」「絶望の深さ」「矛盾」「自己破壊的デーモン」などの言葉で、真正な芸術の何たるかを強調し過ぎている印象を受ける。

クラシックの受容のあり方、というごく狭い観点から私は近現代社会の病理を掠め見ようとしてきた。(略)カラヤンの罪はクラシック音楽受容の陳腐化にとどまることなく、あらゆる社会現象の弱体化に寄与するほどの影響力を発揮したのだ。改めて書く。カラヤンは断罪されなければならない。さもなければ私たちの住む社会はいよいよ痴呆化し、危機的な状況は更に深刻になり、文化崩壊のスピードは更に速度を増してゆくだろう。
私たちは覚醒しなければならない。立ち上がらなければならない。象徴としてのカラヤンに代表される非-文化的文化の巧妙な罠を注意深く避けながら、真正な芸術とは何か、人間の幸せとは何かを問い続けなければならない。クレンペラーやケーゲルの音楽はそのように気づいた私たちを必ずや勇気づけてくれるに違いない。
小市民たちよ、目覚めよ。
さもなくば、私たちはこれまで同様、悪魔に魘(うな)されることになるだろう。

悲しいかな、「小市民たちよ、目覚めよ。」といった、安っぽい言い回しを用いることに意義を感じない。逆に(筆者が)伝えたいことを、自ら歪めてしまっているように思える。

音楽全般が生み出す「美」や「慰め」や「癒し」はもはや悪い冗談としか言いようがない。(略)社会的勝者であり、強者である「文明社会」に生きる音楽的聴衆の、日和見的で、そして快楽主義的な音楽鑑賞のあり方は、社会的弱者(彼らにも多くの問題があり、間違いがあり、狡知があることは言うまでもない)の不条理や不合理な死を冷淡に放置し、格差社会の根本原因を追及しようとせず、無自覚的に自己のひたすらに個人的な不安や不満やルサンチマンにのみ「不幸」を見出す、まことにおめでたい「文明人」の世界把握と完全に同期している。

音楽に「美」や「慰め」や「癒し」を求めるのが悪い冗談?長い歴史の中で愛され、生き残ってきた作品の多くが、カラヤンという特異な指揮者に再現され、演奏されることで、その本質が損なわれるなどとは思えない。全世界で500万枚売れたらしい「アダージョカラヤン」購入者の多くを、日和見的、快楽主義的と決められるものであろうか。このアルバムが「悲しくも切実な上昇志向と自己神話化による負け犬的な羨望の醸成」、すなわちカラヤン的本質の現れと言うのは、牽強付会ではないか?

どんな信念のもとに書かれていようと、いや信念があるのならば、音楽に関わる人々の心に届き、響く表現方法をもう少し考え、工夫してもよかったのではなかろうか。決して心地よい言葉である必要はないにせよ。
かく言う私も、カラヤンのモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー演奏などには感動した記憶がない。カラヤンの演奏に比し、より作品の本質に迫っていると感じられるものの方が圧倒的に多いのも事実だ。音楽において、たとえカラヤンといえども、一人の指揮者を象徴的に扱い、敷衍させ、時代の病理にまで言及するには無理があると、私は思う。むしろ、危険ではないかとさえ思える。

筆者が音楽を愛し、いいと思える音楽を一人でも多くの者に聴いてもらいたいのであれば、理想とする指揮者、音楽を徹底して描く方がよかったのではないだろうか。あくまで現代社会の病理を訴えたいというのであれば、別の手法もあるはず。「必要のない、無意味な」抵抗感を生じさせず伝えることも、筆者ならば可能ではないかと思う。『20世紀絵画』(光文社新書)に多大な示唆を受けただけに、残念に思う。

私はこの著書に賛否両論あるだろうことを前提として言っている。よく言ったと溜飲を下げている読者も、著者の真意を誤ることなく受け取った読者も多いと思う。だが一方で、不快感を抱いた読者も、少なからずいるはず。両者とも「音楽への愛」ゆえにだと思う。ならば、どうして相反する感情が芽生えてしまうのか。どんな本(作品)も賛否両論あって当然という月並みな解釈には収まらない問題を、この本は孕んでいる。

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佐野洋子のエッセイ (2) 『神も仏もありませぬ』

昨年11月にようやく文庫化された『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)は、『ふつうがえらい』から12年後のエッセイになる。(間に『あれも嫌いこれも好き』が出版されているが)

いきなり呆けてしまった八十八歳の母親の話から始まる。著者を「奥様」「そちらさま」と呼ぶ母に年齢を聞くと「四歳」と答える。それでも、「この人の中では私はどこかで動かぬ子として存在していると感じる。」
「私は年老いることをずっと確認しながら生きてきた」と、自らの人生を振り返りながら、次のように語る。

今思うと、十代の私は自分の事以外考えていなかったのだ。共に生きている同時代の人達以外に、理解や想像力を本気で働かせようとしていなかった。しかし自分が四十になり五十になると、自分の若さの単純さやおろかさ、浅はかを非常に恥じ入る様になり、その年になって小母さん達の喜びや哀しさに共感し、そして人生四十からかも知れないと年を取るのは喜びでさえあった。(略)そして、六十三歳になった。半端な老人である。呆けた八十八歳はまぎれもなく立派な老人である。立派な老人になった時、もう年齢など超越して、「四歳ぐらいかしら」とのたまうのだ。私はそれが正しいと思う。私の中の四歳は死んでいない。雪が降ると嬉しい時、私は自分が四歳だか九歳だか六十三だかに関知していない。
呆けたら本人は楽などと云う人が居るが、嘘だ。呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。年がわからなくても子がわからなくても、季節がわからなくても、わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。

肉親が呆けてしまった者には、「よるべない孤児」という言葉が痛く突き刺さるに違いない。佐野洋子は、母のその姿に不安と恐怖を覚える。やがて自分もそうなるであろうと。それでも、母を立派で正しいと言い切っている。そこに救いがある。

このエッセイで佐野洋子は、象徴的とも言える「死」に触れている。一つが、ガンで一週間少ししかもたないと言われた愛猫フネの「死」。
一番高いかんづめを買って、スプーンで食べさせる場面。

フネは私の目を見ながら舌を出して白身を一回だけなめた。私の声に一生懸命こたえようとしている。お前こんないい子だったのか、知らんかった。気が付くとフネは部屋の隅に行っていた。(略)ガンだガンだと大さわぎしないで、ただじっと静かにしている。畜生とは何と偉いものだろう。時々そっと目を開くと、遠く孤独な目をして、またそっと目を閉じる。静かな諦念がその目にあった。人間とは何とみっともないものなのだろう。じっと動かないフネを見ていると、厳粛な気持ちになり、九キロのタヌキ猫を私は尊敬せずにはいられなかった。

ほとんど食べることもできなくなったが、二週間が過ぎる。フネはもう砂箱まで行けない。それでも健気に、人間用のトイレのところまで必死に行って、便器の前で用を足す。一ヶ月後、クエッという声を上げ、息をひきとるが、著者はもう驚かない。

私はフネのように死にたいと思った。人間は月まで出かける事が出来ても、フネの用には死ねない。月まで出かけるからフネの様には死ねない。フネはフツーに死んだ。太古の昔、人はもしかしたらフネの様に、フネの様な目をして、フツーに死んだのかもしれない。「うちの猫死んだ」とアライさんに報告したら、「そうかね」とアライさんはフツーの声で云った。

アライさんというのは、親しくしてもらっている農家の旦那さんで、自然とともに生きている人である。命あるものがいつか死を迎えるのはあたりまえのことなのだと、「そうかね」のひと言によって、著者に静かに伝えている。決して温かさを欠く人ではない。あたりまえのことをフツーに受け入れられない、受けとめられない脆さを、著者は自身にも感じている。

もうひとつは、二歳年下の幼なじみ、孔ちゃん(六十二歳)の突然の「死」。妹からの電話で知らされた時、受話器を持ったままペタンと座りこんでしまい、「外に見えるものが世界中から消えてしまった様な気」がしてしまう。
鍋ごと豪快にカレーを食べ、演劇に打ち込み、やがて商社に勤め、億単位のお金を動かすようになる孔ちゃんだが、ふらっと著者の仕事場に来ては、仕事しているところを何時間も珍しそうに見ていたり、アメリカに渡ってからも時々用もないのに電話をかけてきたりしていた。孔ちゃんとの思い出が走馬燈の如く頭の中を駆けめぐる。

赤ん坊の時から友達は孔ちゃん唯一人だった。何の根拠もなく私が先に死ぬと思っていた。いやそんな事も考えなかった。どこかに孔ちゃんは居るにきまっていたのだ。「もう一回だけ会いたいよう」。私は声を出して床をたたいた。たたきながら、「一人暮らしってこういう時便利だなあと思っているのだ。そうだ、泣いても平気なんだと思うと、私は大声を出して泣いた。

四十九日の朝、オレンジやピンク、うす紫の雲が幾重にも染まって、浅間山の左の方が透きとおったピンクになり、孔ちゃんが極楽を見せてくれたのだ、と著者は思う。

私たちが老いて、誰にも死が近づいている。これから生き続けるということは、自分の周りの人達がこんな風にはがれ続けることなのだ。老いとはそういうさびしさなのだ。
一ヶ月前床をたたいて泣いたのに、今、私はテレビの馬鹿番組を見て大声で笑っている。生きているってことは残酷だなあ、と思いながら笑い続けている。

日常に還ることが生きていくこと、そして強さ、と取れないこともない。しかし、私には笑顔の底に、大事なものをひとつまたひとつと剥ぎ取られていく悲しみが見えてならない。

もちろん、佐野洋子らしさも随所に見られる。エベレストをあおぎ見たときに、その神聖さに畏敬の念を抱き、登ろうとする人間たちを、感受性を失った馬鹿と吠える。自分は女性として、現役を下りたので「今から男をたぶらかしたりする戦場に出てゆくわけでもない」から幸せで心安らかとも語っている。
農家のアライさん夫妻との心温まる交流、何でもそろっている不思議なドラッグストア「ホソカワ」とその店の奥さんの話。夏になると東京からやって来る古道具屋「ニコニコ堂」の親子との微笑ましいエピソードもある。ご主人はつげ義春『無能の人』のモデルになった人らしい。息子さんは芥川賞を受賞した長嶋有。
だがやはり、この本は「老い」と「死」を見つめる著者の視線が深くまとわりついている分、以前の作品とは趣を異にしている。
この『神も仏もありませぬ』が単行本で出版されてから5年後の2008年。『役に立たない日々』(朝日新聞出版)が世に出る。その本のおよそ3分の1弱あたりに「二〇〇五年冬」という章がある。こう始まる。
「ガンになったので、髪の毛がメリメリと抜ける。」

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佐野洋子のエッセイ (1)

『100万回生きたねこ』で遍く知られている佐野洋子のエッセイを読んだのは、『ふつうがえらい』(1995年発行・新潮文庫)が初めてだった。奔放なもの言い、すかっとするような切り口、「だって私は私でしかないんだ」という姿勢を貫いているのに、読後しんみりとしてしまう、不思議な魅力を湛えた本だった。

死んでしまった金魚を埋葬する際の、6歳の姉と5歳の妹の話。姉は猫に食べられないようにと深く土を掘る。妹は穴の中では苦しいし、暗くて寂しいからと、葉っぱを敷きつめ金魚を載せて、上から葉っぱをかける。姉妹の父親は、それぞれの個性を大事にしたいと著者に語りかける。ほのぼのとしたエピソードで終わるのかと思うと、そうはならない。佐野洋子は、前者をくそまじめ、後者を人から見るといいかげんなヤツと捉え、自分は後者だと。この世は、この二つのタイプがいいかげんに分布していて、変にピッタリくっついておぎない合っている。「いいかげんなヤツばっかでも、くそまじめだけでも世界は完璧にならない。神様はえらい。」と結ぶ。こういう視点のずらし方は著者特有のものだ。

40年前にご主人を亡くした、八十三歳のおばあさん。ある時、踏切の向こう側に竜宮城を見たと話しながら、(ご主人のことを)「世界一の男よ、わたくし、本当に幸せです」と言って、著者にボロボロになった写真を見せる。また別の時には、餌をあげたすずめが、「ありがとう」と人間のことばで喋り、お礼として子すずめをくれたと話す。そして、また亡き夫の写真を見せる。著者はその度、うらやましくて、ぽーっとしてしまう。そして次のように語る。
「人は生と死の間をこんなふうにおぼろに渡ってゆくのだろうか。どうしてこのひとだけにこんな美しい嘘と真の世界が用意されているのだろう。たった一人の男を命をかけて、たったひとつの自分のたましいと肉体をかけて愛したからだろうか。」と。私は「美しい嘘と真の世界」という表現に鷲づかみにされ、佐野洋子が好きになった。

「ことばを覚えると覚えるほどことばが通じるようになって、ことばが通じることだけで満足したりして、そしてことばでないものを感じたりわかったりすることを投げすててしまうのだ。」
著者は、内実を伴わないことばのやりとりに疑問を投げかけ、ことばの背後にある「ことばにならないことば」を重んじる。そして絵本における絵にも同じ視線を注いでいる。

ひとりの男性をめぐり三角関係に陥った友人(みよちゃん)の話を引き合いに出して、自らの恋愛のこころざしを語るところ。
敵対する女性が、出刃包丁を持ち出して彼を脅し寝かせない、どこにでもべったりくっついて行って、彼を追い込んでいるのが許せないとこぼす。著者が「あなた、しっとはないの?」と尋ねると、自分の知性、美学が許さない。人(男性)を自分のものだという権利なんかないと語る。それに対して、佐野洋子はこう思う。

私理由はわからない。でもみよちゃん、あなたの負けよ、出刃包丁が正しい、あのひとは私のものだって追いつめるのが正しい、たとえそれで男を失ったとしてもその女が正しい、この正しいというのは正義というのではない。恋愛に「権利」などという言葉を持ち出すみよちゃんの負けだ、と何かが私に教える。恋愛は本来無法地帯なのだ。誰も取り締まれない、全ての人に権利があり全ての人に権利などない。全ての秩序が崩壊する場だからこそ恋愛なのだ。その混沌から美しいものだけをとり出すことはできない。(略)人と人が生きるってもっと抜きさしならないところに追いつめられて追いつめて、追いつめる自分の醜さに耐えて、あたふた楽な方に逃げる相手のずるさを出刃包丁でさし殺すことではないのか。何の為の知性かと反論されれば、私は野生の中にある知性こそが、本当の知性だ、そして、それは人間が生き物であれば、誰でも持っているものだと思う。

恋愛に「正義」なぞを持ち込むことの愚かさは、納得できる。清濁ない交ぜになったところからしか、始まらないものもある。それがわかった時点で終わりを迎えようとも。

難しい言葉はひとつも使われていない。なのに、拡がりをもって読む者に迫ってくる。一見断言していると思えるころでも、「ほんとはひとりひとりが考えればいいことなんだ」「思いはそれぞれのもの」という声が聞こえてくる。彼女は、私たちがふだんうまく言葉にできないこと、言いにくいことを単に代弁しているわけではないのだ。

『ふつうがえらい』はマガジンハウスから発行されたのが1991年なので、今から18年前の文章になる。『がんばりません』(新潮文庫)は、『佐野洋子の単行本』(1985年発行・本の雑誌社)を文庫化したものなので、『ふつうがえらい』より6年前の文章にあたる。2000年にはエッセイ集『あれも嫌いこれも好き』が朝日新聞社から出ている。(現在朝日文庫)

佐野洋子のエッセイの本質を知るなら、『ふつうがえらい』(新潮文庫)、2003年に筑摩書房より出版され、昨年(2008年)11月にようやく文庫になった『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)『役に立たない日々』(2008年5月発行・朝日新聞出版)『シズコさん』(2008年4月発行・新潮社)の4冊を薦める。できれば、この順番に読むのを。最後の『シズコさん』はエッセイとは呼べないかもしれない。母親との愛憎を描いた特異な本だからだ。でも、読んで欲しい。
母親を病院に入れ、亡くし、自身が癌におかされ余命2年と宣告される彼女の人生の流れに添って読めば、ことばの響き方も違ってくるように思えるからである。

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『鶴見俊輔 いつも新しい思想家』 (河出書房新社)

特集本は隅々まで読む必要はないし、記事内容によっては、必ずしもタイムリーに読まなければならないこともないと思っている。実際私も、この『鶴見俊輔 いつも新しい思想家』 (河出書房新社)は全体の6割強しか読んでいない。高名な精神科医で、魅力ある著書を数多く出している中井久夫との対談、吉本隆明の記事、鶴見と編集グループSUREなどで活動を共にしている、黒川創による鶴見俊輔入門記事、そして自選アンソロジーの中の「退行計画」に惹かれ購入。

中井との対談はやや物足りない。鶴見が主役とはいえ、中井がほとんど聞き手、しかも話を自ら展開するきっかけもないまま、「そうですね」が多く、受けにまわってしまっている。友人の自殺をきっかけに、医局制の問題を衝く医学部批判を書いた28歳の頃に、自分の文体を獲得できたと語っているところがまあまあ長めの発言。(実際はもう少し話していたかもしれないが、流れの中でまとめられてしまった可能性がないとは言えない。しかし)もっと、中井自身の言葉を聞きたかった。
驚いたのは、先日ETV特集「吉本隆明語る」の中で、吉本が桑原武夫の第二芸術論を批判的に取りあげていたが、鶴見も同じことに言及していることだ。

桑原武夫が戦後間もない頃、俳句を否定するような「第二芸術」論を書きました。あれは政治文書としては今も当たっているとは思う。しかし文学論として扱えば、あれはだめ。曖昧さを見ることができていない。「第二芸術」論では和歌・俳句について間違っている。

自分を京大に招き、更に人文科学研究所の助教授にさせた桑原をそのように語るところが、いかにも鶴見俊輔らしい。
ヘレン・ケラーと実際に会って、「私はそのとなりのラドクリフという大学でとてもたくさんのことを学んだ。だが、そのたくさんのことをunlearnしなくてはならなかった」という言葉を聞く。その「unlearn」を「学びほぐす」と訳し、その姿勢を良寛の漢詩や和歌に見る。

中島岳志との対談では、葦津珍彦の影響を受けていることを認め、幕府が倒れたのも「腐っているものが倒れるのは当然」と言う。今の日本政府も腐っているが、潰すだけの力が日本社会の中にないとも語っている。
また、日露戦争時の児玉源太郎や小村寿太郎を、スピノザの『エチカ』からの言葉を用いて、「つくる自然」の人、すなわち、「我々が日本国家をつくるんだという意識をもっていた人たち」と捉え、続いて世界史及びアジア史における明治維新の重要性を説いているところは、とても興味深かった。

吉本隆明は、鶴見の「明治の歌謡-わたしのアンソロジー」(1959年)という文章を読んだ時に、「ナショナリズムの側面をはっきりさせないで、民主、平和といいことばかり言っても意味がないと思いました。それを読んで、この人は本格的な人だなと感じた」と語っている。そして、「戦後リベラルの中でも、あの人は最良ですね。僕なんかが大きな影響を受けた丸山真男でも鶴見さんのような幅のある見識はなかった。ですから、学問があったり知識があったりということと違う何か持っている人ですね」と高く評価している。転向論やべ平連問題では対立点はあっても、認めるべき所は認める。これは両者に共通している。
そして、次のようにも語っている。「戦争自体が悪だと考えるべきですね。その両義性を鶴見さんはよく理解しているのではないでしょうか」。

フランス文学者海老坂武は、鶴見と吉本による対談「どこに思想の根拠をおくか」に触れ、「戦後二十年の日本の思想史が凝縮されている、とすら言える」と述べている。
私は、『どこに思想の根拠をおくか 吉本隆明対談集』(筑摩書房・1989年第5刷)で読んでいたが、今回改めて読み直し、相手から投げかけられる疑問、批判的意見から逃げることなく、両者が見事に対峙しているとの感を強めた。

黒川創による、鶴見俊輔の解説はわかりやすくまとめられている。「展望」1968年3月号初出となっている「退行計画」は、鶴見俊輔という人間を知る上で、恰好の材料であろう。
主要著作解題の章も、いくつか読んでみたら、紙幅が限られている割には、充実している。また、巻末の著作案内もコンパクトでありながら、指針として役立つ。

特集本は概して、ある程度その人物の著書を読んでいないと、焦点が散漫になり、人物像をつかみにくくなる嫌いがある。
とはいえ、本書は自選によるアンソロジーが全体の約35%を占めていることも含め、鶴見俊輔に興味があるならば、入門書としてもお薦めできる。

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「荒川(洋治)」に触るな!・・・?

荒川洋治の新刊が出ると、生活のリズム、ペースががらりと変わってしまう。他のことが手につかなくなってしまうのだ。まずは、さっと気になるところを中心に読む。熟読でも速読でもない。本全体の雰囲気を感じたいのだ。それから、じっくり味わう。これは熟読に近い。それが終わると、手元近くに置き、気に入ったところを読み返す。とりあげられている本で、未読のものの中から、これはと思う本をメモる。購入予定リストに加える。こんな感じで、他の本を読みながらも、一ヶ月は荒川洋治漬け。未読本が多いと懐も寂しくなってしまう。

そこで妻の一言。「荒川に触るな!」(笑)。新刊のみならず、荒川洋治の著作すべてを、しばらく禁じられてしまうのである。

本日、みちくさ市出品本の発送を無事終えたので、本番前ではあるが、荒川洋治『読むので思う』(幻戯書房)購入の許可が出た(笑)。いつもなら、日をおかずに購入し、読み始めているのだが、今回は「みちくさ市」が控えているために、珍しく自制。しかし、手元にあれば、本を開く誘惑には勝てない。ちょっとだけ目を通した。目次を見るだけでわくわくする。話題も多岐にわたっている。

独特のリズム、言葉遣い、ものを捉える視点、まちがいなく荒川洋治がいる。

「本を読むと何かを思う。本など読まなくても、思えることはいくつかある。だが本を読まなかったら思わないことはたくさんある。人が書いた作品のことがらやできごとはこちらには知らない色やかたち、空気、波長を持つ。いつもの自分にはない思いをさそう。読まないと、思いはない。思いの種類の少ない人になり、そのままに。」

ただ漫然と読むのではなく、きちんと「読める」人になりたいと思わせる。思いの種類の多い人になりたいと思う。

「日記は実際にあったことに従うものではない。ときに別の岸に流れ着く。現実や、思うところと違う道をとり、ちょっと笑って、どこかへ向かう。そんなことが一日のなかにあるのだ。面白いことだ。人にとって、とてもいいことだ。日記のように生きられたら、どんなに楽しいだろう。」

高見順『敗戦日記』(中公文庫)をとりあげ、小説や詩よりもかえって自在でのびやかな、「日記」の特性を説いている。

著者は、若者たちの読書離れをくいとめるために、どんな本を薦めるべきかを主張する際に、(必ずしもその本に読む価値がないと言っているわけではないが)古今の名作を選から外している。同時に、薦める側の未成熟さを指摘。また、絵本や童話には、しっかりと批評されるべき場がない、と嘆いている。こういう辛口の部分も変わらない。詩的で、人をやわらかく包む表現が多いだけに、その厳しさがいっそう際立っている。

塚本邦雄『百句燦燦』(講談社文芸文庫)の紹介文は、わずか2ページでありながら、奥行きがあって、見事である。『百句燦燦』の中でとりあげられている名句を例に出しているため、荒川自身の言葉は少ないにも関わらず。

まだ40ページほどしか読んでいないが、これから何が出てきて、何を考え、思わせてくれるのか、楽しみでならない。しかし、みちくさ市がある。のめり込んではまずいので、泣く泣く本を閉じた。

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内堀弘『ボン書店の幻』を読む

先日、内堀弘『ボン書店の幻』(ちくま文庫)を読み終える。ボン書店という店舗を持たない出版社を立ち上げ、採算を顧みず、美しい詩集を一人で出版した鳥羽茂。読み進むにつれ、彼の青白く燃え盛る情熱に包まれ、神秘的ともいえる謎多き人生にぐいぐいと引き込まれた。著者の鳥羽茂を追う温かい視線、ひとつひとつ資料を丹念にあたり、関係者の話を聞き、鳥羽の人生を再現していく労力、執念には、ただただ頭が下がる。また、「文学史」というものが、身を削るようにして書物を送り出した刊行者には全くといっていいほど触れないことへの著者の違和感、いや、絶望的な不満にも共感を覚えてならない。今回、文庫化にあたり加えられた「文庫版のための少し長いあとがき」がまた、素晴らしい。これはいわゆる「あとがき」と呼ぶ範疇を超えている。著者の愛情があふれんばかりに注ぎ込まれた小篇と言っても過言ではない。特に最後の一行の余韻は、心の奥深くまで染み込んでくる。

モダニズム(詩人)の知識がなくとも、特別な本好きでなくとも、しっとりとした読後感を得られる素敵な本です。

ちなみに筆者内堀弘さんは、古書店「石神井書林」の店主さんです。

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