「第14回不忍ブックストリート 一箱古本市」レポート(1)
前日、前々日と併せ3時間睡眠で開催日の朝を迎える。土砂降りの雨。
運転は妻に任せる。今自分たちはどこに向かっているのだろうと、不思議な感覚に囚われる。
いつものような高揚感はない。
開き直りでも諦めでもない、静かな心持ち。
できる限りの準備はしたのだから、後はお客様の来店を待つだけというような。
特別養護老人ホーム谷中は7箱が出店。屋根付きのエントランス(屋外)を使用させてもらうことになったが、風が吹くと細かい雨のしぶきが舞い込んでくるので、すぐにビニールをかぶせられる態勢をとった。
ひどい雨だが、7箱が出店準備に入ると賑やかになり、
ようやく「さあ一箱だ」という気持ちになる。
11時少し前、見知った方々のお顔を拝見し、ほっとする。
その中にdozoさんの姿が。これから雨の中全箱回られるご様子。購入いただいた際、他のお客様と話していたためきちんとご挨拶できず、すみませんでした。何度出てもそうですが、最初の1冊を引き取ってもらえる時の喜びは、格別なものがあります。ありがとうございました。
実行委員Yさんのご友人ではないかと思われる方に、■ホフマン『牡猫ムルの人生観上・下』(岩波文庫)と■久生十蘭『魔都』(現代教養文庫)を。これまで<とみきち屋>には何度も早い時間に来て購入いただいています。
本に造詣が深いと思われる渋い中年男性のお客様には■八木義徳『私のソーニャ 風祭』(講談社文芸文庫)を。■ドゥルーズ『千のプラトー』(全3冊・河出文庫)も手に取られるが、こちらは値段が折り合わなかったご様子。
ところが午後二度目のご来店。とみきちが「またお見えになられたけど、あの本(の値段)は?」と聞くので、「気持ち下げてあるから、失礼のないようにお声をかけてみて」と伝える。
今度は納得いただいたようで購入いただく。
お馴染みの(E)さん、11:05頃ご来店。「『百魔』はもうない?」とお尋ねになったので、「いえ、そこに」とご案内。手に取られた時の笑顔を拝見すると、こちらまで嬉しくなってしまう。
続いてディケンズ。ブックオフ辺りではあまり見かけない文庫だけれど、興味を示される方はごく少数ではないかと思っていたので、びっくり。前日まで出張されていて、しかも今日はひどい雨。お顔を見せていただけるだけでも嬉しいのに9冊も購入いただく。
■杉山茂丸『百魔 上・下』(講談社学術文庫)※3年半前初参加以来2度目の出品。
■ディケンズ『我らが共通の友』(全3冊・ちくま文庫)■橘外男『ある小説家の思い出 上・下』(中公文庫)■東雅夫編『伝奇の函8 ゴシック名訳集成』(学研M文庫)ほか
11:10頃。3年前の春からのお客様、長谷川さんがお見えになる。追悼の意味もあって持っていった十数冊の吉本隆明の著書。ダメかもな…と思っていただけに■『「反核」異論』(深夜叢書)を手にされたのを見て、思わず顔が綻んでしまう。そして、<とみきち屋>が毎回のように出品している(お薦めの)荒川洋治本を2冊。さらに、これまでに購入いただいた本の傾向を考えると、「ひょっとしたら長谷川さんが」と思って出した■杉森久英『浪人の王者 頭山満』(河出文庫)を含め計8冊購入いただく。本も喜んでいると思います。
11:20過ぎ、jindongさんご来店。2年半前の秋の一箱終了後、当ブログにコメントいただいた時からお話させていただくようになる。「かぶってるなあ」「この本持っている気がするんだけどなあ」とおっしゃいながら、毎回購入いただいている。かんかん照りでも大雨でも変わらぬ佇まいで箱を見て回られるところが、私は好きです。
■吉田美和子『単独者のあくび 尾形亀之助』(木犀社)■正宗白鳥『内村鑑三 我が生涯と文学』(講談社文芸文庫)■松下竜一『怒りていう、逃亡には非ず』(河出文庫)の3冊。
12:00過ぎ、古本屋ツアー・イン・ジャパンさん登場。4月28日初日はプレゼンターとして全箱2回ずつ見て回っていらしたので、さすがに今日はお目にかかれないだろうと思っていたので驚きました。■黒岩比佐子『音のない記憶』(角川ソフィア文庫)を購入いただく。黒岩さんの本だったので、因縁めいたものを感じ、思わず「嬉しいです。黒岩さんの本は毎回出しているので」と口にしていました。黒岩さんの単行本は未だかつて古書を入手したことがありません。、手に入れてきたのはこの文庫か新書ばかりで。(それでもなかなか見つけられない) 一人でも多くの方に読んでもらいたいという気持ちから、新古書店、古書店で見つけると値段に関係なく条件反射で買ってしまいます。
同じく12:00過ぎ。2年前の春、当店で■ジュリアン・グラック『シルトの岸辺』(ちくま文庫)■富士川義之『ナボコフ万華鏡』(芳賀書店)ほか7冊購入いただいたN・Yさんがいらした。
本当に久しぶりで、それだけでも嬉しいのに、なんと今回は店主さんにもなられていて、別会場からわざわざ足を運んでいたきました。。
で、今回もまたお客様の一人として購入いただく。
■上林暁セット『禁酒宣言』(ちくま文庫)『白い屋形船 ブロンズの首』(講談社文芸文庫)■ナセニェル・ウェスト『いなごの日』(角川文庫)■モーリス・パンゲ『自死の日本史』(ちくま学芸文庫)■古井由吉『円陣を組む女たち』(中公文庫)ほか7冊。
N・Yさんとは読書の傾向が似ているのを感じます。一昨年ナボコフの『青白い炎』(ちくま文庫)の話で盛りあがったのを覚えていただいていたこと、嬉しかったです。
またどこかでお会いできるのを楽しみにしています。(当日は当店の方針をご理解いただきありがとうございました)
同じ時間帯に、Hさんがお越しになる。3月のみちくさ市でお会いした時、かなり体調が優れないご様子だったので、Hさん好みの本はいつも通り持って行きましたが、正直あの激しい雨の中、来ていただけるとは思っていませんでした。
Hさんは2008年秋、<とみきち屋>が一箱古本市初参加の折、二度ご来店いただき、ハイデガー『ニーチェⅠ・Ⅱ』(平凡社ライブラリー)ほか、5冊ほど購入いただいて以来のお客様。
当時、「古本界で知らない人はいない」という方とは全く知りませんでした。だからその後のみちくさ市含め、冗談を交えながら楽しくお話させていただきました。その後どんな方なのかを知って驚きましたが、こちらはあくまで素人ですから、変わらぬ態度でお話させていただこうと決めました。それを今も受け容れていただいていることが嬉しくてなりません。
Hさん「足を向けて寝られません」
「そんな、とんでもない。寝られないのは…」とこちらが言いかけたところで
Hさん「どっちの方角かわかりませんが(笑)」
今回はこんな感じの楽しい会話を。
■バレンボイム・サイード『音楽と社会』(みすず書房)■松浦寿輝『平面論 一八八〇年代西欧』(岩波書店)■ユイスマンス『大伽藍』(平凡社ライブラリー)■カルペンティエール『バロック協奏曲』(サンリオSF文庫)■前田英樹『沈黙するソシュール』(講談社学術文庫)■ゲオルギアーデス『音楽と言語』(講談社学術文庫)■ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 アンドレアス』(講談社文芸文庫)■ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)■エドマンド・ウィルソン『アクセルの城』(ちくま学芸文庫)■フィッシャー=ディースカウ『ワーグナーとニーチェ』(ちくま学芸文庫)■西川長夫『パリ五月革命私論』(平凡社新書)ほか計16冊購入いただく。ありがとうございました。
ここまでで、開店から1時間15分ほど経過。<とみきち屋>から旅立って行った本は50冊を超えていました。9割強がお馴染みのお客様のもとへ。
この時間帯はまだ雨足も強く、谷根千散歩の流れで寄っていただいた方はほとんどありませんでしたし、他会場から回って来られたお客様もそれほどいませんでした。
あたりまえのことですが、常連の方々は<とみきち屋>だけのお客様ではありません。
この後、他会場に足を運ばれたはずですし、Hさんは他から回って来てくださいました。
つまり、不忍の一箱を楽しみにいらした方々なのです。
あの雨の中ですから、本が好きだけという気持ちだけだったとは思えないのです。
雨だからこそ、出店者への応援の気持ちも込めてご来場いただいたのではないかと、私には思えてなりません。(この後も多くの方々がいらしてくださいました)
こういった人たちに支えられているのが「不忍ブックストリート一箱古本市」なのだと、今回ほど強く感じたことはありません。
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