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2011年4月

2011年春「第12回一箱古本市」出品本の紹介(2)

<とみきち屋>は明日4月30日(土)、「第12回不忍ブックストリート 一箱古本市」に出店します。場所は根津教会です。    

不忍ブックストリート 公式HP http://sbs.yanesen.org/
根津教会 http://www15.ocn.ne.jp/~nzc/

今回は昨秋用意しながら、参加できなかったため出せなかった本も加えますので、とうてい一度には展示できません。随時工夫しながら補充及び出し入れいたしますが、350円以上の本が圧倒的に多いため、そう動きがいいとも思えず、200~300円の本をまとめて出せるのは恐らく午後2時以降になるのではないかと思われます。
前半と後半では装いがガラリ一変してしまうことも考えられますので、ご諒承ください。
※いつも通り出品本一覧(店頭回覧用)は用意いたします。

それでは出品本の一部紹介その2です。

〔単行本ほか〕

■野呂邦暢『丘の火』(文藝春秋)
■荒川洋治『文学の門』(みすず書房)
■『尾形亀之助詩集』(思潮社)
■『別冊新評 深沢七郎の世界』(新評社) 
■出口 裕弘『行為と夢』(現代思潮社)
■佐野洋子『対談集 人生の基本』(講談社)
■五味康祐『オーディオ巡礼〔復刻版〕』(ステレオサウンド)
■前田英樹『映画=イマージュの秘蹟』(青土社)
■酒井健『バタイユ』(青土社)
■ジャック・ラカン『テレヴィジオン』(青土社)
■ジャン・グルニエ『人間的なものについて』(青土社) ほか

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〔文庫本ほか〕

■木山捷平『おじいさんの綴方 河骨 立冬』(講談社文芸文庫)
■和田芳恵『暗い流れ』(講談社文芸文庫)
■川端康成『文芸時評』(講談社文芸文庫)
■林語堂『中国=文化と思想』(講談社学術文庫)
■川村二郎『銀河と地獄-幻想文学論』(講談社学術文庫)
■青江 舜二郎『狩野亨吉の生涯』(中公文庫)
■庄野潤三『ガンビア滞在記』(中公文庫)
■今東光『東光金蘭帳』〈復刻版〉(中公文庫)
■デリダ『パピエ・マシン 上・下 』(ちくま学芸文庫)
■四方田犬彦『貴種と転生』(ちくま学芸文庫)
■井上究一郎『ガリマールの家』(ちくま文庫)
■『橘外男集』(ちくま文庫)
■ブロッホ『夢遊の人々 上・下』(ちくま文庫)
■ホフマン『悪魔の霊酒 上・下』(ちくま文庫)
■アミエル『アミエルの日記』 〔全4冊〕(岩波文庫)
■久生十蘭『魔都』(朝日文庫)
■中上健次『破壊せよ、とアイラーは言った』(集英社文庫)
■ドゥルーズ『反復と差異 上・下』(河出文庫)
■パノフスキー『イデア』(平凡社ライブラリー)
■アドルノ『音楽社会学序説』(平凡社ライブラリー)
■シラー『美学藝術論集』(冨山房百科文庫)
■アラゴン『イレーヌ』(白水Uブックス)
■マンディアルグ『城の中のイギリス人』(白水Uブックス) ほか

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皆様のお越しを心よりお待ちしております。

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2011年春「第12回一箱古本市」出品本の紹介(1)

2年前の春の一箱古本市で、「本を1冊1冊考えて選んでいる」と云っていただいたことは、これからも決して忘れないと思います。
思いを汲み取ってくれる方がいるのだなと嬉しくてなりませんでした。
賞をくださったその方には昨春もお越しいただき、短い時間ながらお話もできました。時が止まったような不思議な感覚は今も残っています。
なのに、この春はもうお会いすることも叶いません。
昨年の11月、黒岩(比佐子)さんは他界されてしまいました。

変わらずにいたいと思います。
<とみきち屋>だと、遙か遠くからでも気付いてもらえるように。

<とみきち屋>4月30日(土)「第12回不忍ブックストリート 一箱古本市」に出店します。
場所は根津教会(http://www15.ocn.ne.jp/~nzc/)です。

不忍ブックストリート 公式HP http://sbs.yanesen.org/ 

昨秋は理由あって参加申し込みを断念しましたが、既に一箱用に揃えておいた本の大半は処分せずに残しておきました。そこに新たな本を加えましたので昨春以上の品揃えになったのではないかと思っています。
気分転換に覗くだけでも構いませんので、お時間の許す方はお越し下さい。お待ちしております。

〔 特集 手記・遺稿集 〕

■原口統三『完本 二十歳のエチュード』(ちくま文庫)
■奧浩平『青春の墓標』(文春文庫)
■樺美智子『人しれず微笑まん』(三一新書)
■林尹夫『わが命月明に燃ゆ』(ちくま文庫)
■金子ふみ子『何が私をこうさせたか』(春秋社)
■野村秋介『獄中十八年』(二一世紀書院)

上記ほかに、岸上大作、山崎政明、大宅歩、高野悦子などの本を加え、計15冊ほど出品します。
今この時にこんな重い内容の本をと思われるかも知れませんが、前々からやりたかった特集なので敢行します。どれも思い入れの強い本ばかりです。

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〔 とみきち屋セット 〕

中平卓馬セット

■ADIEU A X 〔アデュウ ア エックス〕新装版 (河出書房新社)
■『決闘写真論』(朝日文庫) 

品切れの写真集と評論をセットにしました。

村山槐多セット

■『村山槐多耽美怪奇全集』(学研M文庫)
■『槐多の歌へる 村山槐多詩文集』(講談社学芸文庫)

耽美怪奇全集の方は、鬼才、多才槐多の面目躍如といったところでしょうか。22歳の夭折が惜しまれます。

佐藤泰志セット

■『佐藤泰志作品集』(クレイン)
  付録として『佐藤泰志追想集 きみの鳥はうたえる』を付けます。

説明は不要かと。

霧山徳爾新書セット

■『人間の限界』(岩波新書)
■『人間の詩と真実』(中公新書)

フランクル『夜と霧』(みすず書房)の訳者としても有名な霧山徳爾。新書でよくこれだけの内容を盛り込めたと思います。とにかくその該博な知識に裏打ちされた縦横無尽の表現に圧倒されます。

荒巻義雄(徳間文庫)セット

■ 『柔らかい時計 ■『神聖代』

荒巻義雄といえば、空前のスケールで描かれた『紺碧の艦隊』『旭日の艦隊』シリーズですが、1970年代のSFは静謐な筆致で、思索に富んだ幻想世界が描かれており、魅力的です。

上記ほかに、エックハルト(講談社学術文庫)セット、島尾敏雄・ミホ夫婦セットを用意します。

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自分の『生きる』を侵そうとするものと戦う

新潮社『考える人』編集長・河野通和さんから届いたメルマガ(4月14日分)の一部を紹介したい。今の日本の状況下で「生きる」ということを考える上で、とても心に響くものだった。

→ http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mailmag_html/438.html

まず、谷川俊太郎の人口に膾炙している詩『生きる』を引いている。

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽びがまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

そして、次のように語る。

誰しも気がつく冒頭2行のリフレインの鮮やかさ。折り返されてドキリとする2行目の「いま」の2文字が、いつにもまして胸に迫るのは、私たちが3・11を経験してしまったからに他なりません。続く5行では、人間の五感(味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚)を通して感得される「生きる」イメージが挙げられていきますが、渇きをいやすことも、太陽の光を感じることも、記憶をふたたび蘇らせることも、くしゃみも、ましてや人のぬくもりに触れることも、亡くなった人たちにはすべて叶わぬことばかりです。つまり、このひと月というもの、私たちは「生きる」という詩のネガの現実を生きてきたようなものです。だから2行目の「いま」の2文字によけいにドキリとさせられるのだと思います。言い換えれば、「死」の合わせ鏡によって「生きる」ということをより深く考えるようになった、とも言えます。

その通りだと思う。東日本大震災の地震と津波は、被災しなかった者の心にもはかりしれない衝撃とともに大きな傷を与えた。そして一向に収まりそうにない原発への限りない不安。
このため、日常と非日常の堺が崩れ、相互に浸透し、世界全体が皮膜に覆われているかの如く見えてしまう。
これまでと同じ事をするにも力を要し、同じように振る舞えたと思っても何かが違うという違和感を少なからず抱いてしまう。そんな気持ちになりはしないだろうか。

それでも、多くの人がこの日本で生きていくため、或いは生き残ろうとしたら何が必要か、何をなすべきかを、今までにないくらい真剣に考え始めている。
生きることの切実さを痛感していると思う。

装幀家・菊地信義の著書『みんなの「生きる」をデザインしよう』(白水社)が河野氏に谷川の詩を想起させた。
こどもたちに自分自身の「生きる」を見つけさせることをテーマにした授業が下敷きになっているらしい。

菊地氏はこどもたちに「詩や小説を読むというのは、実は本に書かれてあることを読んでいるのではなくて、自分自身を読んでいるのだ」と話し、思い思いに自分の「生きる」を表現させる。

・「シュートを打つこと。サッカー」・「澄み切った空気をすうこと」
・「本を読むということ」・「夢をもつこと」
・「未来に向かって歩むこと」・「ものごとを達成しようとしてドキドキしているとき」
・「涙を流すこと」・「星がきれいだと思うこと」
・「友だちと遊ぶこと」・「夜寝て、朝起きられること」等がこどもたちの答え。

それを受け、菊地氏の語る言葉が真摯で誠実で、重い。
(以下はメルマガからの孫引きです)

ぼくはこう思う。
ひとりひとりの五感と言ったけど、五感をまとめた感覚。
ひとりひとりの感覚と、
その人が生きてきた、嬉しかったこと悲しかったことなど過去の記憶と、
これからどうやって生きていこうか、憧れや希望、という未来を、
愛しいもの、大切なものとして
慈しみ、愛し、
これだけはだれにもゆずれないとしっかり思うこと。
それを侵そうとするものと戦うことだ。
ぼくはそう思う。
「生きるってことは、自分の『生きる』を侵そうとするものと戦うこと」
これがぼくの「生きる」だ――〉

自分の『生きる』を侵そうとするものと戦う・・・

この思いを共有する日本人はいま確実に増えているに違いない。
いや、増えているはずだと、私は信じている。

新潮社『考える人』編集長・河野通和さんのメルマガは無料配信。
→ http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/

お勧めします。

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