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黒岩比佐子さんと堺利彦 『パンとペン』刊行記念講演会

10月16日、『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社)の刊行記念として行われた著者・黒岩比佐子さんの講演を聴きに行った。場所は東京堂書店本店。

立ち見を含む100人を越す人々が黒岩さんの一言一句に、耳を傾けた。

大逆事件で絞首刑にされた幸徳秋水、関東大震災後虐殺された大杉栄らの影で埋もれがちだった堺利彦のこれまで知られることなかった魅力を引き出し、社会主義運動史における堺の存在をきちんと位置づける講演はとても充実していた。
また、3年半の年月をかけて書き上げた著書のことを、著者自らの言葉で聴けたことは私にとって貴重であり、望外の喜びでもあった。

1910年から1919年までの社会主義運動冬の時代にあって、「売文社」がどのような役割を担ったのか。そして弾圧の続く中、堺が官憲の目を眩ましながらいかに自らの思想を貫いたのか、明解に伝えられた。

堺はパンのためにペンを使うと明言する一方で、パンを求めるためではないペンもふるうと宣言し、有意なそして世間を楽しませる出版物を送り出していった。
現在の編集プロダクションの先駆的なものであり、外国語翻訳会社でもあった文筆代理業「売文社」のことは序章において次のように語られている。

官憲の弾圧を耐え忍ぶ社会主義者たちの数少ない拠点であり、生計を立てるための組織であり、同志たちの貴重な交流の場であり、若者たちの教育の場でもあった。堺利彦は同志たちを支えるために「売文社」をつくったのだった。

講演では多くの興味深いエピソードも語られたが、その紹介は差し控えたい。
是非本を読んで味わってみてください。

そこで、当日印象に残ったことを三つほど。

自らを棄石埋草と称した堺が、自分たちの社会主義運動は道楽と思われるかもしれないが、「命懸けの道楽」と語ったということ。ここに堺の矜持が見られる。

執筆の過程で、大逆事件において絞首刑にあった者たちが夢に出てきてうなされたという話。
これまでにも大逆事件、大杉栄の虐殺、戦争について様々なところで語ってきた黒岩さんだが、その根底にはいつも、国家権力による理不尽で、惨い弾圧に対する憤り。そしてそういう世を招いてはならないという強い願いが感じられる。

講演の最後、黒岩さんがご自身を堺の代名詞とも云える「楽天囚人」になぞらえ、想いを伝えようとした際言葉を詰まらせた。その瞬間、会場中の人々が固唾を呑んで次の言葉を待った。
涙声で絞り出されたのが次の言葉でした。
「これから頑張って乗り切っていきたいと思います」

昨年暮れからの膵臓癌との過酷な闘病のなかで、精魂込めて産み出された著書への想いが痛いほど伝わってきた。
その時の会場の反応は詳しく書くまでもないでしょう。
あんなに温かい拍手に包まれたのは、ほんとうに久々のことでした。

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