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2010年8月

夏の終わり

ほぼ毎日帰宅は11時を過ぎ、夕食を食べ終わると0時を回っているというような日々が続いていた。再開したつもりのブログを更新できなかったのは、時間的な余裕が無かったからだ。

21日(金)は高校同期が集まっている会に、仕事を終えてから合流。1時間ちょっとであったが、息抜きができた。
紆余曲折を経て、50歳にして教員になったバレー部同期の祝いも兼ねていた。
たいへんな学校みたいだが、眩しいくらい輝いていた。頑張ってほしいな。

翌土曜は母を整形外科に連れて行き、買い物を手伝い、帰って来たら夕方。そこから日曜の晩までひたすら、(昨年11月から始めた)仕事の準備に追われる。

今週は木曜の夜仕事を終え、メールをチェックすると、小学校は同級で、中学ではバレー部同期だった友人から、母上が亡くなられたとの知らせが届いていた。連絡を任されたので、小学校、中学校の仲間にメールを送っているその最中、妻から(私の)母が下血したとのTEL。

帰宅し実家に連絡。下血は収まっていたが、余談は許さない。
その間も、友人の母上の葬儀に関する連絡が入ってくる。
何かあったら真夜中であろうと車で救急病院に連れて行く覚悟はしていたが、何とか持ちこたえ翌朝一番で掛かり付けの病院へ。
私は仕事で動きがとれず、妻に付き添ってもらった。大きな病院で精密検査を受けることとなる。妻も夕方から仕事が入っていたため、88歳の父が同行。入院となったら、後は父に任せることにして、妻は仕事へ。
結局母はそのまま入院。

私は夜まで仕事のため、病院へは行けず。
通夜にも参列できなかったが、斎場が地元だったので、通夜に出た友人と10時半頃待ち合わせ、1時間半ほど飲む。

土曜の朝10時からの告別式に参列。

喪主を務めた友の、言葉を詰まらせながらの挨拶に、5ヶ月間の闘病と介護の日々が想像され、胸を打たれる。

大阪から小学校の同級生、甲府からは中学バレー部同期らが駆けつける。二人とも単身赴任中。
バレー部同期の友人は、奥さんが入院していたらしく、告別式の後退院の手続きに行かねばならないという。
すれ違いの連続で、連絡のとれなかった別の中学バレー部同期の友人は、なんと母上が意識不明の重態で金曜は病院に詰めていたことが夕方になってわかった。意識は回復されたようだが、まだICUからは出られないらしい。
いろいろなことが重なった。

午前中は弟が父を連れ母のところへ行ってくれたので、午後母の様子を見に病院へ。容態は安定していたのでひと安心。しかし、食事をとれるのは日曜の夜以降になりそうだ。点滴のチューブを差されたままの母の腕が痛々しい。

今日(日曜)の夜は、仕事関連のパーティーに出席せねばならない。
月曜、火曜と、ようやく夏休みがとれそうだ。仕事のない日に母が退院できればいいのだが…。

あっという間に夏が終わろうとしている。

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本の整理、気持ちの整理

この3ヶ月、本を売った数は購入した数の10倍近くに及んでいる。
既に限界を超えている自宅を、人間として生活できるくらいに回復させる。
これだけでは単なる物理的処理でしかない。
そうではなくて、本を取り巻く環境を整理する。
生活の基盤を見つめ直し、気持ちの整理を図ろうと思い始めている。

50を過ぎて何を云っているのだと思われかねないが、まだ地に足がついていない。
生活にリズムがない。だから穴に落ち込む。

本を買わない、読まないということではないのです。
古本市に参加しない、足を運ばないということでもありません。

気付かないまま、一昨年秋の一箱古本市以来闇雲に突っ走ってしまったようです。
足下を見つめ直す。
言葉で云うほど容易なことではありませんが、少しずつであれ変えていかねばならない。
二ヶ月に及ぶ冬眠中に、そんなことを考えていました。

本断ちするなど至難の業。というより、そういうやり方で何かが変わるとも思えないので、まずは大量に本を整理することから始めようかと。
そして、実際始めています。

おかげさまで5月の一箱古本市で141冊、みちくさ市で118冊手元から旅立っていきました。
その後、地元馴染みの古書店、新しく見つけた古本屋、ブックオフ数店舗へ今日までに持ち込んだ数800冊強。
合わせれば1000冊以上。しかし新刊含め100冊は購入しているので、家の中の段ボール箱山積みの風景はさして変わらない。

本をコレクションする趣味はなかった。
結婚までの6年間、風呂も冷房もないアパート暮らしの頃の蔵書数はせいぜい700冊くらい。
結婚直後も狭いアパートだったので、増えて1000冊。そんなものだった。
今のマンションに引っ越し、自室をもらってから増殖し始める。
そしてこの2年弱、古本市に参加するようになって一気に拍車がかかってしまった。

どうしても2冊とって置きたいものを除き、複数冊所有しているものは1冊にする。
それだけでも、かなりの数減らせるはず。
さらに、再読しそうにないと現時点で思える本は処分する。
この選定、本好きには極めて厳しいものがあるが、ここはもう思い切るしかないだろう。

まあ、能書きばかりたれていないで、実行あるのみですね。

今後も可能なら、年に2,3回は古本市に出たいと思っていますので、「なんだ<とみきち屋>、魅力なくなったな」と思われないくらいの本は確保して置きます(笑)

で、今夜はこの三ヶ月で6回本を引き取ってもらっている地元馴染みの古書店へ3箱、100冊ほど持ち込んだ。25年以上の付き合いで、6000冊近く買ってもらっただろうか。
それなりの信頼関係があるゆえ、ブックオフあたりで105円棚にある、月並みな本を多数持ち込むわけにはいかない。外の均一ワゴン行きが見えている本が若干混じるにしても。
売りに行く前には顔を出して、店内の在庫とかぶっていないか確認している。

こういうことを長年積み重ねてきたので、不景気なご時世にもかかわらず、均一行きを除き、納得してもらえた本は、平均して定価の15%、良い時は20%くらいで引き取ってもらえる。
ほんとうにありがたいことだ。

どんな本を処分しているのか、初めての試みですが、その一部を紹介します。

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たいしたことないですね(笑)

購入した本は以下6冊。おまけしてもらって、計2000円。

■『小林秀雄全作品 別巻1 感想(上)』(新潮社)
■『小林秀雄全作品 別巻2 感想(下)』(新潮社)
最近小林秀雄に関する本を何冊か読んでいたこともあって手が伸びた。
■檜垣立哉『生と権力の哲学』(ちくま新書)
フーコーの思想を中心に据え、ドゥルーズ、アガンペン、ネグリらの「権力」の捉え方に触れている。
■稲垣直樹『サドから「星の王子さまへ」 フランス小説と日本人』(丸善ライブラリー)
サド、バルザック、ユゴー、モーパッサン、サン=テグジュペリ、サルトル、アゴタ・クリストフが取りあげられている。各作家の日本人の読み手として、澁澤龍彦、三島、谷崎、漱石、黒岩涙香、徳富蘇峰、田山花袋、須賀敦子、池澤夏樹、大江健三郎、池内紀、川本三郎の名が。ちょっと面白そうだ。
■井上紀子『城山三郎が娘に語った戦争』(朝日文庫)
■林芙美子『めし』(新潮文庫)

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