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『新書大賞2010』(中央公論新社) 〔2〕

〔1〕(http://ramble-in-books.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/10-a47d.html)を書いてからかなりの日数が経ってしまったが、『新書大賞2010』における8位以下を見ていきたい。

8位(49点)   ⑧『世界は分けてもわからない』 福岡伸一(講談社現代新書)
9位(37点)   ⑨『通勤電車でよむ詩集』 小池昌代編著(生活人新書)
           ⑩『日本の難点』 宮台真司(幻冬舎新書)
11位(34点)  ⑪『書くー言葉・文字・書』 石川九楊(中公新書)
           ⑫『多読術』 松岡正剛(ちくま新書プリマー新書)
           ⑬『ベーシック・インカム入門』 山森亮(光文社新書)
14位(32点)   ⑭『関係する女 所有する男』 斎藤環(講談社現代新書)
           ⑮『コミュニティを問いなおす』 広井良典(ちくま新書)
16位(31点)  ⑯『学問の春』 山口昌男(平凡社新書)
           ⑰『ニッポンの思想』 佐々木敦(講談社現代新書)
           ⑱『落語論』 堀井憲一郎山森亮(講談社現代新書)
19位(30点)  ⑲『2011年 新聞・テレビ消滅』 佐々木俊尚(文春新書)
20位(28点)  ⑳『闘うレヴィ=ストロース』 渡辺公三(平凡社新書)
           (21)『ヤンキー進化論』 難波功士(光文社新書)

8位⑧『世界は分けてもわからない』
2008年『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)で大賞受賞、2009年『できそこないの男たち』(光文社新書)は2位と、著者の新書は必ず上位に入ってくる。科学者としての透徹した目と、事象の奥行きを感じとる深い眼差しを併せ持っているところがなんと言えない。淀みなく流れる文章が未知なる世界へと誘ってくれる一方で、時折、上質のエッセイの佇まいを感じさせてもくれる。
この新書については機会を改めてもう少し詳しく触れてみたいと思っています。

9位⑨『通勤電車でよむ詩集』
書店ではあまり目立たない生活人新書ということもあって、見落としていました。北原白秋、谷川俊太郎とともにパウル・ツェラン、エミリー・ディキンソンなどの詩が収められているというのだから、魅かれる。読んでみたい一冊。

『日本の難点』
宮台真司には奥平康弘との対談『憲法対論』(平凡社新書)があるが、初の書き下ろし新書とのこと。現在の閉塞した状況下で著者がどのような提言をするかに興味が集まったのだろうか。それにしても、売上げでは8位には驚き。決して読みやすい本ではないのに。
例えば、早期教育に関してシュタイナーをとりあげ、次のように述べています。ちょっと長いけれど引用します。

社会システム理論の立場で言えば、<世界>を世界体験に変換する関数として、パーソナルシステム(自我)や社会システム(社会)があるのだと考えられます。関数ですから、別の関数(別様の変換可能性)を考えることができます。シュタイナーは関数を決まりきったお約束から解放しようとしました。
解放と言いましたが、関数自体から逃れられるわけではありません。<世界体験>の法則の記述性も-<世界>の法則性の記述さえ-<世界体験>の一つでしかありません。なぜなら我々には、<世界>を知ることが論理的にはできないからです。
我々が<世界体験>ではなく、<世界>の法則性を記述すると「見做す」のも、せいぜい「特定の手順に従えば万人が同じ観察を再現できる」という基準がクリアされた(と「見做す」)からに過ぎません。むろんこうした基準もまた、社会システム(社会)という関数すなわち変換装置のひとつなのです。
(中略)
本項の冒頭で僕が「目から鱗」こそがキーワードだと述べたことも、それに関係します。ただし、単に知的な「目から鱗」よりも、それを手段とする感情的・感覚的な「目から鱗」こそが大切だと思います。知的な幅とは違い、感情的・感覚的な幅は、成人後は簡単に変えられないからです。
感情や感覚の幅が広い人間であるほど、他人が置かれている状況や、それが彼や彼女に与える影響を理解できます。それが理解できる人は、他人を幸せにできるし、他人を幸せにすることを通じて自分も幸せになることができます。(中略)
他人を幸せにするということは、経済的な機会や政治的な機会をもたらすことに還元できない何事かです。たとえば、ミメーシス(感染的模倣)の機会がそうです。豊かになるとか集団を操縦するとかは別に、「スゴイ奴」に感染する喜びは、感情や感覚の幅を不可欠とし、またそれらの幅を拡げます。

社会システム理論に精通していない私には、ここでいう「関数」とは何のことなのか、もうひとつピンと来ない。「感情的・感覚的な幅は、成人後は簡単に変えられない」には肯けるところもあります。しかし、感情や感覚の幅が広い人間は、他人の置かれている状況を理解でき、人を幸せにできるには躓いてしまう。人間ってそんな単純なものではないでしょうと言いたくなってしまうのです。
「他人を幸せにすることを通じて自分も幸せになることができます」に至っては驚いてしまいました。

11位の中から⑫『多読術』
著者は何といっても「千夜千冊」の松岡正剛。その読書遍歴と、いかなる読書(方法)論を持っているのか気になって購入。
難しいことは書かれていません。
過去に読んだ本について書こうとする際、内容説明・案内・批評に陥りやすいため、平均的なガイドブックになるか、それを避けんがため過度に思想的になりがち。そこで、
<その本について「今日のこの日」に書いているのだから、初読当時の感想を今日のこの時点からあらためて眺める視線が必要です。この時間と空間をまたぐ視線が、意外に読書力に必要な視線でして、それには、その本を「今日の時点で」感じる必要があるわけです。>と述べている。

二度読むことで新たな発見があり、実は読めていなかったことが判るのは、誰にでもあること。要は再読しようという動機を、いかに見つけられるかではないでしょうか。

・速読そのものがよくないのではなくて、速く読もうと拘ることがよくない。同じ系統の本は読む量が増えてくれば、自然に速度もあがる。
・本はいろいろな読み方をするべきで、平均的な読書を求めてもダメ。「感読」「食読」「筋読」「精読」「耽読」「系読」……etc.
・読書は自分で気づかない「好み」の背景も秘めている。
・本はわかったつもりで読まない方がゼッタイにいい。ぼくもほとんどわからないからこそ、その本を読みたいのです。
・「役に立つ読書」について聞かれるのがつまらない。それって、「役に立つ人生って何か」と聞くようなもの。

千夜千冊を続けてきた著者の姿がくっきりと浮かび上がって来ます。
自分の読書に応用できそうなヒントもたくさん散りばめられていますが、頭の中に精巧な地図を描き、さまざまな観点から多様なものを結びつけていく「編集力」を身につけられるか否かは、また別の問題ですね。

14位⑭『関係する女 所有する男』
斎藤環の本の大半は読んでいるのですが、タイトルで敬遠。このところ文学、カルチャーを中心とした評論が多いが、個人的には『生き延びるためのラカン』をさらに深めた「ラカン論」を読んでみたい。

斎藤環といえば、双風舎HP上での茂木健一郎との往復書簡「脳は心を記述できるのか」が面白い。ラカンの鏡像段階の解釈からヴィトゲンシュタインの言語論に至り、偶有性の問題にからめてルーマンを持ってくるあたり、斎藤の論旨の展開は巧みで、一貫している。(提示した脳の写真の解釈、脳の定義は「???」)。一方、茂木はワーグナーの音楽・『指輪』を引き合いに出し、「この世に絶対的な価値などあるわけがない。永続的に存在するものなどありません。」と述べたかと思うと、アインシュタインの相対性理論、コンピュータ理論、量子力学、ダーウィン『種の起源』、認知神経科学、スピノザ『エチカ』などに言及。そのさまは頭の中に浮かんだイメージを次々と追いかけていくようでもある。ある解釈の可能性を受け容れつつも、結論めいたことは口にせず、何が重要な問題なのかをそのつど提示する。おそらく、茂木健一郎は一瞬たりとも留まっていられない人なのだろう。
相手側の問題提起に触発され、互いが持論を展開していく。着地点はなさそうだ。論争にもならない。それでも、私は十分楽しませてもらっています。

16位⑰『ニッポンの思想』
1980年代、浅田彰、中沢新一、柄谷行人らが注目を浴びることに始まったニュー・アカ(デミズム)ブームが、90年代の福田和也、大塚英志、宮台真司を経て東浩紀へと、どのような変遷を辿ってきたかをまとめた、いわばチャートのようなもの。
同い年である宮台真司は、わかりにくさもある程度見当はつくのですが、東浩紀以降ゼロ年代になってくるとお手上げに近い。共有できる言語が極端に少ないからなのか。私の頭が弱いのか、固いのか。或いは、私自身吉本隆明、鶴見俊輔らの思想に普遍的価値を見出しているからなのか。著者は東浩紀ひとり勝ちと言っていますが、論旨は理解できても、「それが?」と思ってしまいます。

20位⑳『闘うレヴィ=ストロース』
「入門としてオススメ」「本物は難解だけれど新書なら平易に読める」という感想が寄せられていますが、どうでしょうか。
1935年にブラジルへと旅立つまで、とりわけ学生活動家としてのレヴィ=ストロースを描いた部分はこれまで知らなかったことも多く、とても興味深く読めましたが、『親族の基本構造』以降、根幹的な思想に関する著述になると、決して平易と言えず苦労しました。なにせ、遠い昔に『野生の思考』と『悲しき熱帯』くらいしか読んでいないので。どう考えても、まったくの初心者が読み通すのは厳しいと思います。
この新書のすごいところは巻末にあります。参照・引用文献が該当ページまで細かく記載されている(8ページ分)ほか、レヴィ=ストロースの著作・論文リストがフランス語のまま(翻訳のあるものは邦題も記載)22ページにわたって掲載されていることです。これには驚きました。

「30人の目利きが激賞!2009年私のイチオシ」という特集が設けられています。
その中で岡崎武志さんが、南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)を挙げ、次のように評しています。

プロアマ問わず、本の売り買いを通じてコミュニケーションが生まれる。じつは出版社も取次も、新刊書店も古本屋も図書館も、出版不況と本離れの閉塞感によるため息のなかで忘れていた、本と人をめぐる根本精神のようなものを、「一箱古本市」が発掘したのだ。
本は読まれたがっている。その発信力の強さを教える一冊だ。

竹内洋、大澤真幸、鷲尾賢也の3名が、鹿島茂『吉本隆明1968』(平凡社新書)を推薦。私も発売後すぐに読みました。

鹿島茂は『リテレール3 わが読書』(メタローグ・1992年12月発行)に掲載された<貧弱きわまりない、平凡な文学青年的ベスト>の中で、『擬性の終焉』、『異端と正系』、『抒情の論理』、『芸術的抵抗と挫折』は、元気を回復するスタミナドリンクであったと吉本への心酔を吐露していた。さらに、こう書いている。
「私は、こうしたファイティング吉本を知らず『言語美』(『言語にとって美とは何か』)とか『共同幻想論』だけを読んでうんぬんする人の言葉は一切信用していない。私はいまでも強固な吉本教徒であり、自分の書いているものを含め、現在出回っている本はすべて、吉本隆明の著作に比べるとゴミだと思っている」
※現在この文章は、<わが読書「体系的」読書>というタイトルで、わが生涯の愛読書100冊のリストとともに『歴史の風 書物の帆』(小学館文庫)に収められています。

書名には疑問。全体の約4分の1は吉本の著書『高村光太郎』の考察で占められており、1968年における吉本隆明に関してはごくわずかしか述べられていないからです。
しかし、初期吉本の著作の丹念な読解には首肯できるところが多いのみならず、吉本思想の根幹を自分なりに整理するのに役立ちました。吉本の著書を今なお読み継いでいる者ならば、目を通しておいても決して無駄ではないでしょう。
著者が吉本に対して「倫理的信頼感」を抱いているところに共感を覚えます。
この「倫理的信頼感」あったから、オウム問題における発言で吉本が大きなバッシングにあったにも関わらず、私自身吉本から離れなかったと言えるからです。

最後に、2009年に発行された新書から私の10冊を挙げておきます。

■福岡伸一『世界は分けてもわからない』 (講談社現代新書)
■南陀楼綾繁『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)
■佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち』(朝日新書)
■竹田青嗣『人間の未来』(ちくま新書)
■徳永恂『現代思想の断層』(岩波新書)
■岡田暁生『音楽の聴き方』(中公新書)
■宇野功芳・中野雄・福島章恭『新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇』(文春新書)
■岡田尊司『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎新書)
■清水康博『京都の空間意匠』(光文社新書)
■仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書)

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コメント

そう言えば、須賀敦子特集の一箱をいつか作るんですねぇ
福岡伸一の新書は文章の巧みさに惹かれて読み進んでしまいます。
川上未映子との対談で、福岡伸一は「理想の文体」として、
須賀敦子の文体を取り上げていたが、福岡の須賀敦子のハマリようが手放しだったので、川上から茶々を入れられていました。
「須賀敦子特集」に「福岡伸一」をコラボしたら、
面白いかもしれないですねぇ。

投稿: 葉っぱ64 | 2010年4月12日 (月曜日) 11:14

>葉っぱさん

理系の方が、豊富な語彙をもって、かつ情感あふれる文を織り交ぜながら書かれると、読ませますよね。
『世界は分けてもわからない』の中でも、福岡伸一は須賀敦子に触れていますね。
川上未映子との対談は知りませんでした。

>「須賀敦子特集」に「福岡伸一」をコラボしたら、
面白いかもしれないですねぇ。

その線でいくと、堀江敏幸、池澤夏樹、関川夏央…etc.
どんどん膨らんでしまいそうです(笑)

何の脈絡もありませんが、須賀敦子、神谷美恵子、武田百合子特集なんてどうかなと、漠然と考えています。
<とみきち屋>路線からは外れそうですが(笑)

投稿: 風太郎 | 2010年4月14日 (水曜日) 01:50

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