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こんな本を(1)

今の住処は、周りに田んぼが多く、大きな道路も通っていないので夜は静まりかえる。今夜はいつにもまして静かに感じられ、雪のしんしんと降る音が聞こえてきそうだ。

この2ヶ月強、ブログの更新はほとんどできなかったが、新刊はめっきり減ったものの、古書だけは少しずつではあるが購入し続けてきた。古書店もブックオフも、廻ったのはこの間地元ほか数店舗に過ぎないが、思っていたよりはいい本が買えたような。その一部を紹介します。

<新刊>

■荒川洋治『文学の門』(みすず書房)

既に一読。現在ブログで取り上げるべく再読に入ったところ。この一年間に読んだ本の中では文句なしのベスト1。

■シモーヌ・ヴェーユ『根をもつこと』(春秋社)

近々岩波から文庫が出るようだ。5年ほど前『自由と社会的抑圧』が岩波文庫で出たときには驚きを禁じ得なかったが、こうなると『神を待ち望む』『工場日記』などの文庫化も期待したい。

■重松清・鶴見俊輔『ぼくはこう生きている 君はどうか』(潮出版社)

昨年末に出版された『言い残しておくこと』(作品社)も欲しいのだが、予算の都合もあってまずはこちらから。対談相手が重松清とあって、子ども、教育、家庭、友情など身近な題材が多いが、語っている内容はいかにも鶴見俊輔らしい。今半分ほど読んだところ。

■堀江敏幸『書かれる手』(平凡社ライブラリー)

本文は未読だが、新たに書き下ろされた平凡社ライブラリー版あとがき「表面が深さになるとき」には驚いた。レコード芸術に掲載されていた今井裕康のコラムを愛読していた著者が大学入学後、三浦雅士の『私という現象』から『メランコリーの水脈』まで数冊を一息に読み、「表面と深さの一致を過激と紙一重の真摯さで求める独特の身のかがめ方」に既読感を覚える。そしてその後、『自分が死ぬということ 読書ノート1978~1984』の目次とあとがきを読み、今井裕康は三浦雅士の筆名と知るや、深いため息とともに、「そうか、そうだったか、いや、そうでなくてはならない」ともらしているところだ。

私も学生時代、『私という現象』が冬樹社から出た時には一読して、それまでにはない新鮮な批評スタイルに惹かれ、その後も三浦雅士の著書は読みまくったからだ。(『幻のもうひとり―現代芸術ノート』はもうひとつだった。『自分が死ぬということ 読書ノート1978~1984』を最後に、遠のいてしまったものの、初期の作品はたまにだが読み返すこともある)

あとがきの後には三浦雅士による「不幸を慈しむこと─個人的体験としての堀江敏幸」が続く。ここにも、三浦雅士と堀江敏幸の不思議なつながりが描かれている。

■黒岩比佐子『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』(角川ソフィア文庫)

黒岩比佐子さんのことをほとんど知らない(といえる)頃に単行本で読んだ。ろうあ者(聴覚障害者)をとりまく世界を真摯に受けとめ、深く考えながら、井上孝治という写真家の生涯を丹念に追っていく情熱に胸をつかれた。

孝治が撮った三十数年前のネガフィルムは「腐っていなかった」。言葉を喋れない孝治は心で撮った。だからこそ、彼にとって写真は単なる「記録」ではなく、純粋に彼の生き方と結びついた「記憶」となり得た。そして、三十年以上の時を超えて甦った孝治の生きた証としての「記憶」は、多くの人々の「記憶」と交差し、その心を揺さぶったのである。

著者のこの言葉が、この本の本質を語っていると思う。

また、文庫版あとがきには次のように書かれている。

PR業界で十年余り仕事をしていたときに、出版できるあてもなく取材を始めたのがこの『音のない記憶』だった。アメリカ取材も九州・沖縄取材もすべて自費で行ったが、書き上げた原稿は数社から出版を断られ、そのまま一年間日の目を見なかった。
それでも、いつかこの原稿を本にしたい、という夢は持ち続けていた。それがかなった一九九九年の秋、長く入院していた父の病室に駆けつけて、完成したばかりの本を両手に握らせた。すでに父は意識がほとんどない状態だったが、わかってくれたと信じている。この二ヶ月後に父は世を去った。私は棺の中に花と一緒に本を入れた。
この本を書いたことで、私はいろいろな人と知り合い、多くのことを学ぶことができた。壁にぶつかっても、あきらめずに取材と調査を続ければ、必ず道は開けるということも教えられた。逆に、手を抜けばそれだけのものしか書けないことも痛感した。どこまでも謙虚に、丁寧に─。十年後のいま、改めて自分にそう言い聞かせている。

ここに滲み出ているノンフィクションライターとしての揺るぎない姿勢、矜持を貫いているからこそ、サントリー学芸賞、角川財団学芸賞受賞作品ほか、多くの人を魅了する作品の数々が生まれたのだと思えてならない。
今春には工作舎から『古書の森逍遥』が出版される予定と聞いているし、現在執筆中という堺利彦に関する本の刊行も待ち遠しい。

<古書店で購入>

■三浦つとむ『弁証法・いかに学ぶべきか』(季節社)

講談社現代新書『弁証法はどういう科学か』は今なお読み継がれている。特異な書ではあるが、古び、時代遅れになったとは思えない。『弁証法・いかに学ぶべきか』はそれよりも5年前の1950年に書かれたもの。ディーツゲンや、エンゲルスの『反デューリング論』『フォイエルバッハ論』について詳述されているほか、西田哲学に触れているので是非とも読みたくなった。

■小熊英二・姜尚中編『在日一世の記憶』(光文社新書)

ようやく古書店で見つけることができた。一気に読み通せる代物ではないが、貴重な資料として手元に置いておきたかった。

■和田稔『わだつみのこえ消えることなく-回天特攻員の手記-』(角川文庫)
この手の手記は条件反射的に購入してしまう。

■渡辺哲夫『二十世紀精神病理学史』(ちくま学芸文庫)

同じ著者の『知覚の呪縛』は、それまでの分裂病へのアプローチとは全く違う、衝撃的なものだった。『二十世紀精神病理学史』、『死と狂気』も含め3冊とも新刊(ちくま学芸文庫)で入手できなくなっているのは、残念でならない。

■『現代思想 ブックガイド60』2004年9月臨時増刊(青土社)
■ユリイカ『特集 ベートーヴェン ロマン主義の復興』1974年1月号(青土社)
■ユリイカ『特集 小林秀雄』2001年6月号(青土社)

以下は、古本市出品を考えて購入

■ブランショ『マラルメ論』(筑摩叢書)
■坪内祐三『『別れる理由』が気になって』(講談社)
■武藤康史『文学鶴亀』(国書刊行会)
■佐野洋子『問題があります』(筑摩書房)
■荒川洋治『詩とことば』(岩波書店)
■宇野功芳『フルトヴェングラーの全名演名盤』(講談社+α文庫)
■中上健次『破壊せよ、とアイラーは言った』(集英社文庫)
■中上健次『鳩どもの家』(集英社文庫)
■『考える人 クラシック音楽と本さえあれば』2005年春号(新潮社)
■『考える人 書かれなかった須賀敦子の本』2009年冬号(新潮社)

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コメント

びっくりしました。
武藤康史『文学鶴亀』(国書刊行会)

中学の先輩で、生徒会の会長と書記(私)の仲でした。
当時から旧仮名をこよなく愛する文学青年。

古本市に買いに行きます!
出品する日時が決まったら、教えて下さい。
できれば、売約済にしておいていただけないでしょうか。

投稿: mayumi | 2010年2月13日 (土曜日) 01:16

風太郎さんの読書の深さ、広さにはいつも驚嘆するばかりです。お忙しいようですね、寒さの折、体調にはお気をつけ下さい。時間が許せば「羽鳥書店まつり」に是非お出かけ下さい、
記憶に残る古本まつりになります。個人の蔵書1万冊の良書がこれほど安く(ほとんど100円)状態が良く出品されるのは、これからはないと思われます。明日が最終日です。
詳しくは下記サイトを
http://d.hatena.ne.jp/koshohoro/
あ、黒岩さんの文章の引用で
>彼にとって写真は単なる「記憶」ではなく
の「記憶」は「記録」ですね。
『文学の門』読みます。

投稿: どすこいフェスティバル(K) | 2010年2月13日 (土曜日) 23:14

>mayumiさま

武藤康司さんと中学時代、生徒会で一緒だったなんて、すごいですね!
中学生の頃からこよなく旧かなを愛していた武藤さんの後輩でいらっしゃるなら、当時、随分と刺激も受けられたのでしょうね。

ブログにも書いたように、『文学鶴亀』は(すでに1冊持っているので)古本市出品を前提に購入しました。
コメント頂戴し、たいへん嬉しく思っております。
それだけに、申し上げにくいのですが、予約につきましては賜っていないのです。ごめんなさい。

どうしてかは、これまでにもブログ、コメントの中で伝えさせていただいております。
私ども<とみきち屋>は、出品本として紹介させていただいた本につきましては、今後も取り置きはしませんので、どうかご諒承ください。

どの古本市で出品するかは未定ですが、ブログでとりあげますので、お越しいただいた際には、是非お声をかけてください。

投稿: 風太郎 | 2010年2月14日 (日曜日) 01:24

>どすこいフェスティバル Kさま

「羽鳥書店まつり」のご案内ありがとうございます。妻からKさんのご様子を聞いていましたので、行きたくてうずうずしておりました。最終日の今日、何としても足を運びたいと思います。

しかし、どちらかというと本はじっくり選ぶのが好きな性格なので、圧倒され、幾重にもできた輪の外から眺めるということになりそうです(笑)

Kさんのおっしゃるように、本好きなら見逃すわけにはいきませんね。雰囲気だけでも味わってきたいと思います。

誤字のご指摘ありがとうございました。早速訂正いたしました。

『文学の門』ほんとうに素晴らしい作品です。是非是非読んでみてください。
またお会いできるのを楽しみにしております。

Kさんも、どうかご自愛ください。

投稿: 風太郎 | 2010年2月14日 (日曜日) 01:39

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