ブラームス、ブラームス!
先日何を見るともなくたまたまつけたテレビ。N響(NHK交響楽団)をバックに従えた女性ヴァイオリニスト、ジャヤニーヌ・ヤンセンの演奏を聴く。曲はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。既に第1楽章の終わり近くであったが、ぐいぐい引きこまれ、最後まで釘付にされてしまった。音楽が彼女のからだからほとばしり出て来る。技巧面の不安を全く感じさせず、曲と一体となり、弦を数本切りながら最後まで弾き切った。
<素晴らしい>と、思わず声が漏れてしまうような演奏を堪能。
この演奏が強く印象に残っていたからだろう。後日、久方ぶりにゆっくり音楽を聴く時間がとれた際、ジニット・ヌブー(女性ヴァオリニスト)を聴きたいという気持ちになっていた。
有能な演奏家が年輪を刻んだ末、深い表現力を得、強い存在感を醸し出すことは少なくない。そのことを考えると、30歳という若さでこの世を去ったヌヴーは夭折以外のなにものでもない。
ヌヴーは飛行機事故で命を落とした。その飛行機には奇しくも、あのエディット・ピアフの恋人も同乗していた。余りにも有名なピアフの『愛の讃歌』。絶唱の底から、恋人を喪ったピアフの慟哭が聞こえてくる。
聴く者の心を激しく揺さぶる点では、ヌブーの演奏も同じだ。
死を予感し、何かに取り憑かれているように感じられてしまうほどの、圧倒的なヌヴーのブラームス。亡くなる一年前の演奏。
■ブラームス『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調』
ジニット・ヌヴー(ヴァイオリン) イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1948年ライヴ 〔写真左〕
一音一音に全身全霊を傾け、まるで自らを切り刻み、流れ出る血を注ぎ込んでいるかのようだ。情熱の炎に包まれながら、王女の如き気品すら感じられる美しさ。稀有の名演と称えられ、長年にわたり多くの人を魅了してきたことは、一聴すればわかる。
古いモノラル録音ゆえ、音がいいとは言えない。それでも、ヌブーの迫力、演奏の素晴らしさは十二分に伝わってくる。
最初はLP、次にCD(EMI盤)と聴いてきたのだが、何かの記事でSTIL盤の音質がいいと知り、中古CDショップを探し回り、ようやく入手したのは5年ほど前だっただろうか。以来そのCDを愛聴している。現在もSTIL盤の入手は難しいようだ。(一度ディスクユニオンが入荷していたのを見た記憶はあるが)
ハイフェッツ、オイストラフ、シェリング、クレーメルほか男性ヴァイオリニストの演奏も定評はあるが、(未聴の方は)是非一度ヌブーの演奏を聴いてみてほしい。
■ブラームス『交響曲第4番 ホ短調』
ザンデルリンク指揮 ベルリン交響楽団 〔写真右〕
ブラームスに華美な演奏は似つかわしくないと思っている。また、個人的には、細部まできちんと仕上げられた演奏、あまりにテンポが早かったり、激しすぎる表現も苦手だ。(例外もあるが) さらに音色。観念的であいまいな言い方ではあるが、どこかに暗さを漂わせていてほしい。
そういうわけで、名演の誉れ高い、ミュンシュ指揮パリ管によるブラームスの交響曲第1番などは音色、クライマックスの部分が肌に合わない。同じく評価の高いヴァントのブラームス演奏もじっくりと味わえない。敬愛するヴァントですら、そう感じてしまう。1番はベーム、ベイヌム指揮を好んで聴く。
話を4番に戻そう。カルロス・クライバー、フルトヴェングラー、ワルターほか名盤は多い。それでも、私にはザンデテルリンク指揮 ベルリン交響楽団の演奏がベストだ。
ドレスデン・シュターツカペレとのブラームス交響曲全集の水準が高かったので(とりわけ「第3番ヘ長調」は今もってベストに近いと思っている)、輸入盤を目にした時迷わず購入した。発売後じわじわと人気が高まり、国内仕様盤も登場(現在品切れ)。地道に売れ続けたようだ。しかし残念ながら、昨年夏に(ジャケットが変わり)再入荷(輸入)されたのを最後に、今は輸入盤も入手できない。
ただひたすら美しい演奏。華やかさは微塵もない。夾雑物をいっさいそぎ落とした後に残る、静謐な美しさと言えばよいだろうか。第3楽章を除き、テンポはかなりゆったりとしている。人によっては遅いと感じるかもしれない。しかし、それがまた絶妙のテンポで、音楽そのものに浸らせてくれる。
仄暗い夕闇の中から、ひとひとつの音がやわらかく立ちあがってくるかのようだ。
ザンデテルリンクの演奏が円熟した大人の演奏なら、発売当時、熱狂し、繰り返し聴いたC.クライバーの演奏が青年の音楽に思えてくるから不思議だ。それが悪いわけではないのだが…。
ヌブーが奏でる音楽もザンデルリンクが奏でる音楽、いずれも「深い」。だがその「深さ」は、同じとは言い難い。それだけ音楽、芸術の表現には多様性があるということである。そして深さをもたらすのは表現者たる人間だ。
人の心を動かす芸術と呼べる表現を獲得できるまで、どれほど困難を極めることか。
同じジャンルの作品に触れれば触れるほど、朧気ながらであれ、素人にもわかってくる。
だから芸術は厳しい。それゆえに、芸術は奥が深い。
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