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中公新書の魅力  『中公新書の森 2000点のヴィリジアン』

新書には随分とお世話になった。お金のない学生時代には、古本屋に行けば新刊専門書1冊分の値段で何冊購入できたことか。金銭面だけではない。英文科に所属していたが興味の対象は哲学、思想、宗教、心理。もっと知りたい、自分なりに考えたいと思ったのが戦争や歴史的事件を通じての「日本」であったために、新書は大いに役立った。
とにかく概要をつかみたい。が、教科書的記述では物足りない。あまりに専門的ではついていけない。そういう要求に応えてくれるのも新書であった。

量的には岩波新書を一番多く手にしたが、深く心に刻まれ、もっと知りたい、拡げたいと思えたのは中公新書の方が多かった気がする。岩波新書、講談社現代新書が装いを新たにした前後から(昔に比べ)中身が薄くなった現在、充実度、水準の高さ、駄本の少なさでは他を大きく引き離しているのではないだろうか。
加えて著者の情熱、息吹が感じられ、参考文献(史料)の多さには目を見張る。思想的偏向、教条的言述も少ないように思われる。

通巻2000冊突破記念として無料配布された『中公新書の森 2000点のヴィリジアン』を読む。各界の識者を中心とした179名に、最も印象に残っている中公新書、人に推薦したい中公新書などを、1から3点挙げてもらい、その理由を答えてもらうアンケートの結果と、選ばれた3冊に関するコメントはとても興味深いものだった。
解答をもとに(私が)集計してみると人気ベスト20は以下となった。

アンケートによる上位20冊 ※書名の頭の数字は得票人数

15 ■会田雄次『アーロン収容所』   
11 ■石光真人編著『ある明治人の記録』 
10 ■宮崎市定『科挙』  
9  ■竹内洋『教養主義の没落』  
8  ■井上幸治『秩父事件』  
8  ■高橋正衛『二・二六事件 増補改版』 
6  ■山室信一『キメラ-満州国の肖像』 
6  ■北岡伸一『清沢洌 増補版』 
5  ■入江昭『日本の外交』 
5  ■佐藤卓己『言論統制』
5  ■高坂正尭『国際政治』
4  『アダム・スミス』 『時間と自己』 『照葉樹林文化』 『大君の使節』
   『胎児の世界』 『肉食の思想』 『発想法』 『町衆』 『理科系の作文技術』

好みの差があるにしても、この結果に大きく異存を唱える者はいないと思われる。『清沢洌 増補版』 『照葉樹林文化』 『大君の使節』 『肉食の思想』 『町衆』の5冊は未読であるが、きっと良質な本であろう。
コメントをいくつか拾ってみる。

石光真人編著『ある明治人の記録』 
明治政府に「朝敵」の汚名を着せられた会津藩の「流刑地」における辛苦、および初期士官学校の姿をつたえるものは、この本をおいてない。恐るべき明治人の、恐るべき回想。
関川夏央(作家)

井上幸治『秩父事件』
「戦後歴史学」の手法を存分に用いたこの著作は、社会経済史的な分析をベースにしながら人びとの内面にどこまで接近し、それを解明できるかに挑戦した著作のように思う。ここに描き出される農民たちの姿は、じつに感動的である。
成田龍一 (日本女子大学教授 日本近現代史)

佐藤卓己『言論統制』
大戦直前、国防国家実現へ策を弄した情報官・鈴木庫三。彼が増長した陰には言論出版人らの時局迎合本能が多分に働いていたー。メディアの論調が一斉に片方の極に傾く時、必ず思い出す、重たい、歴史の真実。
尾崎真理子(読売新聞記者)

上位20位には入っていないが、コメントの中で特に印象に残ったもののひとつ。

西丸四方『病める心の記録』
落着かない精神神経の状態の記録が生々しくて、とても切なかった。異常への憧れがある一方で、その不安からも逃れたいところに自分もあったから、読んでいて心に染みた。
赤瀬川原平(作家、画家)

最後に私のベスト10 (順不同)

■木村敏『時間と自己』
■石光真人編著『ある明治人の記録』
■高橋正衛『二・二六事件 増補改版』 
■児島襄『東京裁判(上)(下)』
■山室信一『キメラ-満州国の肖像』
■霜山徳爾『人間の詩と真実』 
■生松敬三・木田元『理性の運命』
■長田弘『私の二十世紀書店』
■目崎徳衛『出家遁世』
■三木成夫『胎児の世界』

初版4万部がすぐに品切れとなり、2万部冊増刷したとのことですが、まだ書店に残っているかはわかりません。できる限り早く入手されることをお勧めします。

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