国宝 阿修羅展 (東京国立博物館)
昨日阿修羅に会いに行った。これで4回目になる。奈良・興福寺国宝館で3回、東京では初めて。阿修羅が奈良を離れるのは半世紀ぶりらしい。東京国立博物館は入館まで90分の行列。雨の中黙々と歩みを進める。普段ならとうてい我慢できる待ち時間ではないが、不思議と苦痛ではなかった。それにしても女性の多いこと。連れのいない男一人は浮いていた。
寺ではない場所で観るのはいかがなものかという声もあろうが、通常阿修羅はガラスケースの中に収められており、裏側からはもとより、横から見るにも限界がある。それが360度好きなアングルから見られるのだ。この初めての機会を逃す手はない。
六道輪廻における六界(道)〔地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上〕のひとつ「修羅界(道)」を支配するのが阿修羅。阿修羅は、もとは正義の神で天界に住んでいたのだが、帝釈天に娘を奪われたことを機に帝釈天に戦いを挑み、際限なく敗れ続け天界を追われてしまう。
須弥山(しゆみせん)の頂きにあるといわれる「三十三天の住みか」の中央には「善見」と呼ばれる都城があり、さらにその中央にある殊勝殿に住まうのが帝釈天。いわば天界の統治者に挑むという無謀な戦いだった。鎌倉時代の「六道絵」には忿怒の形相の阿修羅が描かれている。その後、阿修羅は仏法の守護神たる八部衆のひとつになるのだが、興福寺の阿修羅像のように人間の顔に近く、穏やかな表情をしているのは極めて珍しい。
三面六臂の異形の姿が何故かくも人の心を魅了してやまないのか。おそらく、阿修羅が仏に帰依するまでの内面の動きが、見事な造形とともに表現されているからだろう。正面の顔は端正な面立ちの中に愁いを漂わせている。口をぎゅっと結び、やや目が吊り上がり、何かに耐えているようにも見える(正面向かって)左の顔。右の顔は何ものかに対峙している感があるものの、威嚇ではなく、凛々しさを湛えている。三つの顔どの表情も、角度が変わると微妙に変化する。
一般には少年と捉えられているが、この像に少女の姿を重ねて見ることもできる。観る者の心次第で表情を変えるのも阿修羅だ。
慈愛に満ちた像とは違う。苦悶の跡が、戸惑いのようなものさえ感じられる。阿修羅の視線は私たち人間をすり抜け、はるか遠くへと投げかけられている。
阿修羅の周りを人々が三重、四重になって囲み、数秒ごとに半歩ずつずれてゆきながら360度回るのであるが、人と密着していても気にならなかった。輪から抜け、2メートルも離れれば、じっくり拝むことができる。実際多くの人が立ち去りがたく、佇んでいた。
初めて真後ろから観たのだが、左右両方の横顔の違いが際立って見え、その素晴らしさにため息がこぼれた。
1300年の時の流れを超え、阿修羅は目の前にいた。
もちろん、阿修羅以外の八部衆像、十大弟子像、四天王立像、薬王・薬上菩薩立像なども見事なものだった。
とりわけ気に入ったのは、法隆寺所蔵の阿弥陀三尊像。その慈愛に満ちた穏やかな表情に惹かれ、他の人の邪魔にならぬよう少しずつ立ち位置を変えながら、20分近く見入ってしまった。
煩悩まみれの人間ゆえ雑念が消えることはないが、心を無にできる時間はたとえわずかであれ、私には尊い。
すべてを見終え外に出た時にも雨は降りやむことなく、長蛇の列は100分待ちに変わっていた。「100分待つだけの甲斐は十分にありますよ」と心の中で声をかけながら、上野の森を後にした。
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コメント
とみきち屋番頭さま
こんばんは。寝床や でございます。
本日はどうもありがとうございました。
お声がけいただき、また、ご馳走にまでなってしまいまして…本当にありがとうございます!
大変面白いお話をお聞かせいただき、私もさらに本について学ばなければと焦ってまいりました(笑)! またサッカーについても、番頭さまに追いつけるよう頑張ります(笑)!
今後ともご指導のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます!
投稿: 寝床や | 2009年6月 8日 (月曜日) 00:47
>寝床やさん
ワメトーク後、無理矢理お誘いしてしまったのに快諾いただき、恐縮しています。
おかげで、楽しい時間を過ごすことができました。
本、野球、サッカー、仕事の話と尽きることなく、こちらこそたくさん刺激をいただきました。
寝床やさんほど言葉が丁寧で、気配りのある方に今まで会ったことがなく、ご出身のことを少しばかり教えていただいたとはいえ、今もって謎です(笑)
ブックオフで私がぶち切れそうになった話などしてしまい、恥ずかしい(笑)あっ、でも「下品な買い方」については意見が一致して嬉しかったです。
変なおっさんでよければ、また話し相手になってください。
投稿: 風太郎(とみきち屋・番頭) | 2009年6月 9日 (火曜日) 01:42
とみきち屋・番頭 風太郎さま
お返事をありがとうございました!
「言葉が丁寧で、気配りのある方」だなんて、過分のお言葉を頂戴してしまい、恐縮です…! これまで一度もそのような言葉で形容されたことがないゆえ、戸惑ってしまいます(笑)。
いえいえ、番頭さまのお話は全編にわたって面白くうかがわせていただきました! ブックオフのお話は…社の最寄りの店舗に対する印象を変えさせられました(笑)!
こちらこそ、ぜひ改めてお話をお伺いできればと思います。このたびは本当にありがとうございました、またごちそうさまでした!
投稿: 寝床や | 2009年6月 9日 (火曜日) 04:24