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2009年3月

古本市 「みちくさ市」「一箱古本市」に向けて

4月25日(土)<わめぞ>「みちくさ市」、5月3日(日)、4日(祝・月)不忍ブックストリート「一箱古本市」開催まで1ヶ月ないではないかと、この土日に気がつき焦る。みちくさ市は申し込みが4月7日なので、決まっているわけではないが。

※「とみきち屋」の店名で、5月4日(祝・月)に「一箱古本市」への参加は決定しています。

本は揃っているので2週連続参加は可能だが、どちらに何を出品するかとなると迷ってしまう。値付け、スリップ、リスト作成もけっこうたいへんな上、レイアウトを決めるのにも時間がかかる。今週末までに選定を終えておかねば。

「一箱古本市」の方は「みちくさ市」とは違って、本を持参しなければならないし、スペースはまさに一箱分。その中でテーマを設けるのは意外と難しい。一箱のほぼ3分の1を占めるので、それがこけると重い本をえっさえっさと持ち帰らなければならないからだ(笑)。

今回は「デカダン・無頼派」、「日記・自伝」を考えている。前者は太宰、安吾、壇一雄に関する本で、彼ら自身の作品というより解説や評伝が中心。今のところ20冊出品のうち12冊、品切れ文庫本を用意できた。後者の主役はドストエフスキー「作家の日記」(岩波文庫・全6冊・1991年重版)。問題は値付け。どれくらいならお手頃なのか悩む。自伝はナボコフ、ホッファー、堺利彦、長谷川如是閑などになりそう。

あとは、洲之内徹『気まぐれ美術館』(新潮社)『絵の中の散歩』(新潮文庫)2冊セットとか、前から考えていたのだが、林語堂の本を出品しようかと。

林語堂は、南陀楼綾繁さん著『山からお宝』(けものみち文庫)の表4を飾っていた写真の右手前に、ど~んとアップで写っている『人生をいかに生きるか』(講談社学術文庫)。どうせなら(品切れ本ではないが)『蘇東坡』も加えよう。写真の部屋の主、退屈男さんにあやかって(笑)

「みちくさ市」は、200円、300円とかの均一箱をいくつか用意しなくてはならないだろうな。こちらは、本を宅急便で送れるし、残ったものも送り返せるので助かる。ただ、プレ開催でも感じたのだが、工夫しないと同じ本がかなりの数、ほかのお店とかぶりそうなので、そこをどうするかが難しいところ。

プレ開催では、野呂邦暢、樋口修吉、「本の本」など、ミニ特集で揃えたものは動きがとてもよかった。やはり、そういう箱もつくっていこう。でないと、お客様と話せる機会も減ってしまいそうだし、出店する側としてもつまらない。素人なのだから、結果云々より、まず楽しまねば。

今思いつくのは、当ブログでも触れた足立巻一の『虹滅記』『やちまた 上・下』(朝日文芸文庫)3冊セット。森田草平『夏目漱石』(講談社学術文庫)全3冊セットくらい。ミニ特集はこれから考えよう。当店「とみきち屋」にしかないものを少しでも多く出品したい。

そうだ、東峰夫『オキナワの少年』(文春文庫)『ママはノースカロライナにいる』(講談社)2冊セットも。 「往来座通信」の中で、よむみちさんが、上原隆『友がみな我よりえらく見える日は』(幻冬舎アウトロー文庫)を取りあげ、東峰夫に触れていた。

上原隆の本は市井の人々のエピソードを淡々と描いていて、押しつけがましさもなく、不思議なペーソスが漂う秀作。東峰夫が登場する「芥川賞作家」は、とくに印象深い。わめぞの「みちくさ市」なのだから、こういう出品もいいだろう。

実際の作業は手がかかるが、あれこれ考えるのは楽しくてならない。

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〔雑記〕 イチローに神が降りたのか? 死闘-WBC決勝 勝負の恐さ

イチローを見ていると「孤高」というよりは「孤独」というイメージが浮かんでしまう。そのせいか、チームリーダーとして引っ張っていこうとする姿にぎこちなさを感じる。

弾けるのは一向に構わないが、試合後のインタビューとプレーとのギャップに苦笑を禁じ得ない。

ミスター(長嶋さん)の域に達したというコメントを耳にしたが、それは違うだろ。イチローがミスターの如く敬愛されているとは思えない。それに、ミスターのプレーや言葉は本能によるもの。イチローのプレーは才能に(余人には計り知れぬ)練習と禁欲的な努力を積み上げたもの。ここぞという時に結果を出してくれる点では似ているが、本質は違う。

試合を決めた2点勝ち越しタイムリーの場面。おおかたの日本人が、打ってくれという願望より、打つだろうという確信に近い予感を抱いていたのではないだろうか。それぐらい、凄い選手だ。
9回表に(同じ投手から)ライトフェンス直撃の2塁打を放った時のスイングが伏線になっていた。だから、追い込まれても内容の伴うファウルで粘れた。根負けした相手投手がみいられるように投げた真ん中寄りの球を、打ち損じずきっちりセンター前にはじき返す。まさにイチローがイチロー足るゆえん。
イチローに神が降りたわけではない。精神力、集中力、忍耐力、技術。どれをとっても世界最高レベルであることを改めて証明したまでのこと。

「神が降りた」というなら、それは内川にだろう。
5回、岩隈がホームランを浴び同点にされた直後。
後ろに逸らしたら(試合の流れから考えても)最悪の状況に追い込まれる場面で、レフト内川がバッターランナーを二塁で刺した、あの瞬間だ。
難しいワンバウンドのボールがグラブに吸い込まれ、岩村のタッチが走者の手にピタッと触れる画をスローモーションで見る度に震えが来る。

内川が内野手(昔ショート、現在ファースト)であれ、恐怖心が先に立ってまず突っ込めない。突っ込むとしたら、身体でボールを後ろに逸さないですむ打球の角度を瞬時にして見極め、リスクも考えるはず。録画を見ればわかるが、グラブにボールが入らなかったら、打球は確実にレフトフェンスまで転がっている。つまり、(捕球できなくても)身体で打球を止められる体勢ではなかった!それだけではない。ここしかないというところへの完璧な送球。野球をある程度かじった者なら感じるであろう、奇跡に近いプレー。
加えて、同点にされた直後の延長10回表。先頭打者でライト前ヒット。あれが嫌な流れを断ち切り、日本の勝利を呼び込むきっかけとなった。あの緊迫した中で、よくも打てたものだ。ああいうのを神業というのではないか。

スポーツにおける試合の流れ、勝負の恐ろしさを改めて感じさせられる死闘でもあった。

3回ワンアウト満塁での栗原のゲッツー。5回のノーアウト1、3塁から城島三振、小笠原ゲッツー。2度好機を逸し、同点ホームランを招いてしまう。

9回先頭打者イチローの目の覚めるような2塁打。中島の痛烈なあたりを韓国セカンドが飛びついて好捕。青木敬遠ワンアウト1、2塁。しかし城島、小笠原が打てず。
すると9回裏同点に追いつかれる。2点差あったなら、ダルビッシュの投球も変わっていただろう。

いろいろ書いたが、日本の連覇は素直に嬉しい。素晴らしい試合だった。韓国共々。

今回のWBCでとりわけ印象に残った場面は二つ。
ひとつは、イチローに決勝タイムリーを打たれた時の韓国監督の呆然とした表情。
敵とはいえ、なぜか痛みを覚えた。
ひょっとしたら、イチローを歩かせるつもりだったのでは?と思えたからだ。(今日監督の真意を知った。やはり歩かせるつもりだったらしい)
前大会のイチロー発言による因縁もあって、イチローとの勝負を避けて勝っても意味がないと、キャッチャーを始め選手達が思ったのだろうか。何とか抑えられると思ったのだろうか。
いずれにしろ、真っ向勝負を挑んできた。あの姿勢、私は好きだな。韓国の敗因になったとはいえ。

もうひとつは試合前、優勝トロフィーをいったん返還するセレモニーにおける王さんの姿。
握手を交わす韓国選手からは王さんへの尊敬の念が感じられた。
(足が悪いらしく)ベンチにいた韓国の監督の方へも王さんは歩いて行って、抱擁を交わした。
韓国の監督は驚いたようだが、選手同様、その表情には世界の王に対する敬意があふれていた。
まだ優勝もしていないのに韓国選手がマウンドに国旗を立てるというひとこまもあったが、スポーツを通じて心が通う光景を目にでき、熱くなった。

韓国とのせめぎ合いがあったからこそ、日本はチームとして短期間で進化し、あれだけの試合ができた。そのことは忘れるべきではないだろう。

王さんと比べるのは酷ではあるが、イチローには野球人としてもっと大きくなってもらいたいと思う。世界も認める最高のプレーヤーの一人なのだから。
不振に苦しみ、迷惑をかけたという思いが強かったにしても、「おいしいところだけいただきました」では軽すぎる。自身がチームに助けられたことを、公の場でもきちんと言葉にしてこそ、真のリーダーではないだろうか。
あのような姿勢が変わらない限り、イチローは孤独なプレーヤーで終わってしまう気がする。
もったいない。あまりにも寂しいではないか。

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〔日記〕 衰えを痛感

今日は2時間弱の睡眠で動き回ったので、けっこうきつかった。体力の衰えを痛感。

先週から新しい仕事にとりかかる。こちらが考案したものではない上に、これまで全く手がけたことない分野ゆえ、骨子をインプットするにも時間がかかる。スキームに綻びがいくつか見えるのだが、うまい改善策がひらめいてこない。頭も硬直化し始めているのだろうか。

ランチをしながら、高校以来の親友に意見を聞く。FCには詳しいので、ヒントになる情報をもらえた。ありがたい。

夕方高田馬場で20分ほど時間が空き、BIG BOX古書感謝市をのぞく。コートなし、寝不足の身には冷たい風が厳しく、集中して本を見れない。それでも、3冊購入。

     中島誠 編 『現代思想家論』 (レグルス文庫) 150円

     高安国世 『リルケと日本人』 (レグルス文庫) 150円

■ 武田泰淳 『わが子キリスト』 (講談社文庫) 150円

夜、ぼうっとしながら、WBC・日本VSアメリカ戦をダイジェストで見る。

日韓の投手のレベルが高くなったことは確かだが、アメリカ、中南米は短期決戦には向かないようだ。集中力が持続せず、雑なプレイが目立ち、細かい野球をしない。日本におけるセパ交流戦のように試合数が20もあれば、勝つのはきっと難しいと思うものの。

明日ライブで見れないのは残念。岩隈がフォークを巧く使い、6回まで韓国打線を1点以内に抑えてくれたら、僅差でも勝てるような気がする。

狙い球を絞らず、右バッターを有効に使えず敗れたら、監督の責任と言われてもしかたないのではないか。加えて、同じ投手に3度続けて手も足もでないようだったら、「日本の野球」とは言えまい。

本の中身や音楽について書く余裕が持てないのは、いかんなあ。

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古本・古本市

3月7日<わめぞ>「外市」に行った後も、古本買いは一段落しない。ブックオフの新規開店、半額、均一セールに一般古書店。毎日のように古本を買う猛者に比べれば、ちょぼちょぼに過ぎないが、何店舗に足を運んだやら。

5月4日(月・祝)、不忍ブックストリート「一箱古本市」参加決定。
4月25日(土)、「みちくさ市」にも参加したいと思っているので、本は欲しい。しかし、買い続けても出品本が増えてくれるわけではない。
以前書いた事と重複するが、月々の予算は限られているため優先順位がある。

1.未読で自分が読みたい本
2.書き込み或いは持ち歩き用に一冊追加
3.知人に薦めたい、贈呈したい本を追加購入
4.古本市用 蔵書から手放したくない。でも人に読んでもらいたいから購入する
5.古本市用 設けたテーマや箱の見栄えを保つための本

このルールに従うとおおかた2で終わってしまう。
家の中を片付けるために、処分を命じられている本はまだまだあるので(笑)、2週続きの古本市となっても恰好はつけられるだろう。
この12日間の購入本は以下のとおり。

〔 ブックオフ 半額セール 〕

■ アントニオ・ネグリ 『ネグリ 生政治的 自伝』(作品社) 600円

■ 西田幾多郎 『西田幾多郎随筆集』(岩波文庫) 200円

随筆も味わいがあると聞いている。書簡抄にも興味あり。

■ 佐木隆三 『小説 大逆事件』(文春文庫) 200円

■ 白石一文 『もしも、私があなただったら』(光文社文庫) 150円

話題になった『一瞬の光』『すぐそばの彼方』とも、若書きの印象が拭えず、インパクトにも欠けた。で、著者の小説は読まなくなってしまった。この作品は自分(私)に近い年齢の男性が主人公のようだし、5年の歳月を経て作品が深まったかもしれないと思い購入。

〔 ブックオフ 文庫 250円均一セール 〕

■ 室生犀星 『かげろうの日記遺文』(講談社文芸文庫)

川端康成をして「言語表現の妖魔」と迄言わしめた犀星の文章をじっくり味わってみたい。

■ 新渡戸稲造 『自警録』(講談社学術文庫)

■ 杉山茂丸 『百魔(上)』(講談社学術文庫)

昨秋の一箱古本市で上・下1セット処分してしまったため、残り1セットしかない。また収集開始。長い道のり。

■ トーマス・マン 『ブッデンブローク家の人びと(上)(中)(下)』(岩波文庫)

ずっと気になっていた未読本。読み通すのはずっと先になりそうだが。

〔 ブックオフ 105円 〕

■ ゴイティソーロ 『サラエヴォ・ノート』(みすず書房)

『パレスチナ日記』を読んだ時には既に品切れになっていた。どうしても読みたかった本。

■ 城山三郎、高山文彦 『日本人への遺言』(新潮社)

■ 辻邦生 『幸福までの長い距離』(文藝春秋)

映画について語っている文章を集めた本の存在は、寡聞にして知らなかった。

■ 近藤史人 『藤田嗣春「異邦人」の生涯』(講談社文庫)

■ 杉森久英 『浪人の王者 頭山満』(河出文庫)

■ 三島由紀夫 『熱帯樹』(新潮文庫)

新潮文庫の三島由紀夫も品切れが出始めている。持っているが買っておく。

■ アップダイク 『アップダイク自選短編集』(新潮文庫)

■ 亀山郁夫、佐藤優 『ロシア 闇と魂の国家』(文春新書)

■ 浅羽通明 『右翼と左翼』(幻冬舎新書)

■ 石川忠司 『現代小説のレッスン』(講談社現代新書)

『衆生の倫理』(ちくま新書)が予想外に面白かったので、同じ著者が現代小説をどう捉えているか気になる。

〔 その他 古書店 〕

■ 畑島喜久生 『霜山徳爾の世界』(学樹書林) 600円

■ 風(百目鬼恭三郎) 『風の書評』(ダイヤモンド社) 400円

書評の姿勢としては、私は狐(山村修)を支持する。百目鬼が匿名でどんな書評を書いていたのか読んで置かねばなるまい。

■ ロレンス・ダレル 『セルビアの白鷲』(晶文社) 100円

『アレキサンドリア四重奏』、『黒い本』は若い頃興奮しながら読んだが、この本は見落としていた。作品としての出来はわからないが、100円なら迷わず買い。

〔 古本市用 古書店 〕

■ 蓮実重彦 『文学批判序説』 『小説から遠く離れて』(河出文庫)

■ 森田草平 『夏目漱石(3)』(講談社学術文庫)

■  鶴ヶ谷真一 『書を読んで羊を失う』(平凡社ライブラリー)

■  加賀乙彦 『日本の10大小説』(ちくま学芸文庫)

■  山崎豊栄 『太宰治との愛と死のノート』(女性文庫)

■  出口裕弘 『太宰治変身譚』 (飛鳥新社)

■  洲之内徹 『気まぐれ美術館』(新潮社)
■  洲之内徹 『絵の中の散歩』(新潮文庫)

2冊とも持っているが出品用に。同じ書店で入手できたのは、同一人物が処分したからだろう。古本屋を巡っているとこういう事が偶にあるものだ。

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〔新書雑感(2)〕 『新書大賞2009』(中央公論新社)

「いま最も読むべき46冊が決定」と銘打った『新書大賞2009』(中央公論新社)で選ばれた2008年発行、新書ベスト10は以下のとおり。

1位(16票) ①『ルポ 貧困大国アメリカ』 堤 未果 (岩波新書)
2位(9票)   ②『強欲資本主義 ウオール街の自爆』 神谷秀樹 (光文社新書)
        ③『できそこないの男たち』 福岡伸一 (講談社現代新書)
         ④『電車の運転』 宇田賢吉 (中公新書)
5位(8票)  ⑤『白川静』 松岡正剛 (平凡社新書)
6位(7票)  ⑥『アダム・スミス』 堂目卓生 (中公新書)
7位(6票)  ⑦『4-2-3-1』 杉山茂樹 (光文社新書)
8位(5票)  ⑧『悩む力』 姜尚中 (集英社新書)
         ⑨『不機嫌な職場』 高橋克徳ほか (講談社現代新書)
         ⑩『閉塞経済』 金子勝 (ちくま新書)

新書に造詣の深い書店員30人、新書編集部30人の合計60人が、おすすめを5冊選び、投票した結果。(編集部は基本的に編集長、自社作品への投票はなし)
上記ベスト10の中で、売上げがベスト20に入っているのは⑧が3位、①が4位、⑨が11位、②が18位である。ちなみに、1位『女性の品格』(※2007年発売)、2位『親の品格』。③が20位内に入っていないのは、2008年10月発売のためだろう。

アンケート対象60名では少なすぎるものの、各書の内容説明と寄せられたコメントを読むと、まあ妥当なところか。①②⑥⑨⑩と半数が現在の経済不況を反映した題材だ。
(ちなみに私の既読書は①②⑥)

①『ルポ 貧困大国アメリカ』は、湯浅誠『反貧困』(岩波新書)と一緒に読んだが、問題への真摯な取り組み方、詳細なデータ、多くの生々しいインタビューも載っており、質の高いルポである。サブプライムローンのあまりにも安易で、恐ろしいシステム。ジャンクフード、ファストフードに頼らざるを得ない貧困層に見られる肥満。学費免除、学費ローン利用の躓きが入隊(兵役)への道となっている現状。高額医療費による中間層の破産。(急性虫垂炎による一日の入院費が100万円を超える!) 年間750万円保証と甘い言葉で勧誘する派遣会社、実はイラクでの過酷な状況下の仕事。民間の請負会社による傭兵派遣もまた、貧困層をターゲットにしている。

新自由主義による市場原理に歯止めをかけられなかった結果招いた貧困、格差は、形態が違おうとも、流れは日本と変わらない。

著者は『新書大賞2009』の中でインタビューに答え、次のように語っている。
「民営化や規制緩和を否定する気はありませんが、それを教育や医療、国民の最低限の暮らしを守る部分にまで持ち込んだ時、国としての土台は崩壊する」「アメリカの現状を合わせ鏡にすることで、日本にはまだ選択肢があることに気づいてほしい」。

③『できそこないの男たち』は、2008年に大賞(1位)となった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者による作品なので、その勢いやまずといったところか。確かにこの人の文章は読ませる。

④『電車の運転』は、コアな層狙い打ち戦略がはまったのだろう。40年運転士として勤務した著者による作品は、マニアには堪らないものらしい。

⑤『白川静』は、大著『松岡正剛 千夜千冊』(求龍堂)で世間の度肝をぬいた著者による本ゆえ、売れないわけがない。しかも、全体像を把握しにくく、入門書がこれまでになかった没後2年の白川静が対象。 

⑦『4-2-3-1』は、サッカーのフォーメーションを表した数字がタイトルになっている、高名なスポーツライターの著書。W杯予選中ということも後押しとなったのか。

個人的にサッカーは大好きだが、このところの日本代表の試合は、良くも悪しくもドキドキさせてくれないので、以前ほど熱心に観戦できない。(海外の一流チーム同士の対戦は次元が違う) 加えて、日本サッカーに少なくとも今後10年、世界レベルのフォワード、サイドバックが現れるとはとうてい思えないので、読んでみようという気持ちになれなかった。

⑧『悩む力』もある意味、世相にマッチしたのだろう。解説によると、人間の実存的問題にからめ、「他者との相互承認の必要性」を説いているらしい。著者のテレビでのソフトで知的な語り口からして、女性層を取り込んだに違いない。私自身本書に興味はないが。
姜尚中なら、小熊英二との共編『在日一世の記憶』(集英社新書)を読んでみたい。

新書の特性を生かしながら頑張っていると思えるが、「再読に耐える重厚な本は極めて少ない」という印象は拭えない。

本誌には、永江朗と宮崎哲弥による対談記事「新書でしか出せない本がある!」も載っている。
永江は以前のとんがったところが影を潜め面白みに欠ける。宮崎は新書の評に限って言えば、偏りがあることを差し引いても、かなり鋭い。宮崎の著書『新書365冊』(朝日新書)は、坪内祐三『新書百冊』(新潮新書)と共に新書解説本としては大きな収穫だった。
その宮崎がベスト5に挙げている中の、野中尚人『自民党政治の終わり』(ちくま新書)と下條信輔『サブリミナル・インパクト-情動と潜在認知の現代』(中公新書)には興味をそそられた。

前者は目利きが選ぶジャンル別3冊「日本政治」の記事で、片山善博も推している。

後者は、以前読んだ『サブリミナル・マインド-潜在的人間観のゆくえ』(中公新書)と『「意識」とは何だろうか-脳の来歴、知覚の錯誤』(講談社現代新書)の2冊が示唆に富む本だったので、気にはなっていた。

後は、人々がリスクを管理する側の人間と自分の価値観が同じであると認識することが信頼へとつながるという仮説「主要価値類似性モデル」について書かれた、中谷内一也『安全。でも、安心できない・・・』(ちくま新書)が気になる。斎藤環推薦の新書。

年間通じては、けっこうな数の新書を読むのだが、新刊ですぐさま飛びつくことは少ない。半年、あるいは一年近いタイムラグがあっても気にならないからだ。評価が固まるのを待っていることもある。読んでみたいと思っても、「すぐに読まねばならぬ」という必要性をも感じない新書が多い。だから、時流に関係なく自分の興味とその時の気分に合った本のみ発売時に(定価で)買う。
そのため、ここ5年はブックオフで(半額セール)175円~250円(均一セール)、場合によっては105円になってから買うことが多い。

今年新刊で購入した新書は、小説『ア・ルース・ボーイ』(新潮社)の頃から読んでいる佐伯一麦の『芥川賞を取らなかった名作たち』(新潮新書)と、雑誌『流動』に記事を書いていた頃から注目していて、その著書の8割方読んでいる竹田青嗣の『人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義』(ちくま新書)の2冊のみ。もちろん、店頭で自分の気になる箇所をいくつか立ち読みしてからだが、こういう買い方をしたものにはハズレがほとんどない。

なにやら、まとまりのない記事になってしまったが、新書に関してはこれからも触れていきたい。

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〔新書雑感(1)〕 新書ブームと出版不況

今日の朝日新聞朝刊、「新書ブーム 市場沸騰」と題する記事で、新書の「百花繚乱」状態を取りあげていた。新書御三家と呼ばれる、岩波が1938年、中公が1962年、講談社が1964年にそれぞれ新書を刊行している。70年の歴史を持つ新書だが、ここ10年ほどでその様相を一変させた。

1994年岩波新書、永六輔『大往生』が230万部を超える驚異的なヒット作品となり、その後2003年新潮選書創刊時に出された、養老孟司『バカの壁』は400万部を超えた。各出版社が色めきたったのも無理はない。さらに、2006年9月発行、板東眞理子『女性の品格』(PHP新書)が300万部を超える。出版社側とて、厳しい出版不況の中、最初からミリオンセラーになるなどと思っていたはずがない。要するに何が爆発的にヒットするかわからないのが現状だろう。

2008年一年間だけで40以上のレーベルから1,500点以上発行されたというのだから、異常とも言える。実際書店は新書であふれかえっていて、何を読もうかとじっくり手にとって考える余裕さえ持てない。しまいには頭がくらくらしてきて気分が悪くなる。
新書の棚が増殖し、他の本のコーナーをどんどん侵食している。出版や書店業界に身をおいているわけでもないのに、「こんなことでいいのか」と思ってしまう。

「中央公論」編集長は「今の新書には一発ギャグのような本と保存版にしたい本が混在する猥雑さがある。雑誌よりアバンギャルドです」と語っているが、楽観的過ぎやしないか?
そこそこ売れた著者を各社が追いかける。中には同工異曲、内容の薄いやっつけ本も目につく。あるテーマが注目を浴びると、質の悪い二番煎じ三番煎じが直ぐさま出現する。かような状況がこの先続いていくとしたら、出版の未来は暗いと思わざるを得ない。

有隣堂社長の「新書や文庫が売れる時代はその分ハードカバーの単行本が売れない。商品単価が安くなるので、出版社も書店もトータルでは売上げが下がる懸念がある」という話。
出版ニュース社代表の「新書市場に新規参入が続いて話題になる時は出版業界が苦しい時。この構造は昔も今も変わりません」という話の方が切実に感じられる。

有名雑誌の相次ぐ休刊、廃刊。書籍が売れない。勢い、新書(や文庫)に頼らざるを得ないのだろう。とはいえ、2008年は姜尚中『悩む力』(集英社新書)の60万部超えが最大のヒットで、30~40万部が壁となっているようだし、各社平均して最低1万部売れればいいというのが現状ではないだろうか。

タイムリーな出版、柔軟性が必要なこともわかるが、こういう状況だからこそ、柳の下のドジョウを追いかけるのではなく、各社の色を明確に出し、耐用年数の長い良質な新書を生みだしていく努力が求められると思うのだが。

専属の校閲部隊が厳しいチェックをしているから、中公新書は他社に比べ質の高い本を出して来られたと聞いたこともある。企画から発行まで、やっつけではなくある程度の時間をかける出版社もあると聞いている。そういう姿勢は失って欲しくないものだ。

次回は、『新書大賞2009 いま最も読むべき46冊が決定』(中央公論新社)に触れながら、新書の中身や傾向について考えてみたい。

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わめぞ「外市」でほっこり、しみじみ

7日(土)、<わめぞ>「外市」に夕方から足を運ぶ。穏やかな天気の中、多くの人で賑わっていた。まずは今回のスペシャルゲスト、古書ソムリエ・山本善行さん「善行堂」の棚をじっくり見る。
ヘンリー・ミラー、今 東光、後藤明生の本にも惹かれたが、結局『野呂邦暢 長谷川修 往復書簡集』(葦書房)を手にとって、一旦レジへ。

レジには5日(木)に、お店の方に伺った「古書現世」の向井さん、そして武藤(良子)さん退屈男さんが。いきなり向井さんと武藤さんに、息の合ったトークを披露してもらう。
武藤さんの悩みをネタにSH大作戦、「ストップ・ザ・○○」と向井さんが攻める。すると私に向かって、「何もわざわざ結婚記念日にコイツ(笑)の店に行くなんてねえ。せめてもっと儲かってる、ちゃんとした店に行けばいいのに」と、武藤さんが応戦。 爆笑。
会計をお願いすると、「釣りはいらねえって?」。 げぇ。 「そんな余裕ないですよ」と答える。協議の結果、次回武藤さんに差し入れすることで勘弁してもらう。そういえば、武藤さん手に酒持ってない。どことなく穏やかに感じられたのはそのせいかと納得(笑)
「しっかり頭に入れましたよ~」と釘をさされる。早速、最重要事項として「武藤さんに缶ビール差し入れ」と携帯にメモ。

今、本や部屋の整理でたいへんな退屈さん。思ったより顔色がよさそうでほっとする。
「そうだ・・・」と言って退屈さんが、鞄の中をごそごそ。(何かもらえるのかな?)と、ちょっとばかり期待。
出てきたのは畳の井草でつくられたブックカバー。試作品だとか。見せてもらっただけ。得意そうな退屈さん。いいなあ、何とも言えない笑顔。でも、やっぱりこの人ヘンだ(笑)
お三方とも様々な苦労を抱え、たいへんなはずなのに、楽しく話してくれるので、その場がぱっと明るくなる。

毒気を抜くために(嘘)、Pippoさんのところへ。手作りゲーム【まいごのおたまじゃくしをさがせ♪】はとってもキュート。かなり手間がかかっただろうなと感心。昼間は子どもたちが大喜びで、ずうっと遊んでいたらしい。バックの絵が気になって尋ねたら、ヘッセの水彩画とのこと。とてもよくマッチしていた。ヘッセから詩の話になる。
Pippoさんは自身も詩を書いているから詩のことにはとても詳しい。詩への愛も半端ではない。偏屈な私だが、言葉を疎かにせず、大切にしている人の話には素直に耳を傾けられる。それに、Pippoさんの詩に関する話はとても深い。
だから、リルケはいい!と意見が一致したのは嬉しかった。葉が落ちる様子を描くことで始まる詩、『秋』が浮かんできた。

木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の園生が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる
そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる
われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ
けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある
(富士川英郎訳 新潮文庫『リルケ詩集』より)

Pippoさんは、「どうなさいます 神様 もしも私が死んだなら」という句を含んだ詩に触れ、「実存」の問題へと話を展開していく。

詩だけではなく、文学、随筆の話も。 最近私はブログで中河与一『天の夕顔』について書いたのだが、Pippoさんも同じ頃『天の夕顔』を読んでいたので、驚いた。さらに、私が太宰についてもそろそろ書いてみたいと思い、短篇を何作か読んでいたら、Pippoさんがブログで『愛と苦悩の手紙』に触れ太宰をとりあげたものだから、(何かが共鳴したのだろうか?と)不思議な気持ちになったことを伝える。2作品をもとに、若者の恋愛観や太宰についても語り合う。

福田恆存『私の幸福論』のこと、太宰の後を追うように自死を遂げた『オリンポスの果実』の作者・田中英光にも話が及び、心にしみるひと時を戴いた。

その後、じっくり本を探す。古書現世さんの棚には、それほどマニアックではなくとも、本好きなら思わず何冊も買いたくなる本が、手頃な値段でぎっしり。さすが向井さん。
帰り際に、往来座の瀬戸さんにご挨拶しようと思っていたのだが、姿が見えず失礼してしまった。
旅猫雑貨店の金子さん、ふぉっくす舎NEGIさん、晩鮭亭さんには会えず残念。

そうそう。外市終了時間を少し過ぎた時、往来座店内のカウンター奧に武藤さんを発見。
しっかり缶ビールを飲んでいらっしゃった。にこやかに。

〔購入本〕

■『野呂邦暢 長谷川修 往復書簡集』(葦書房) 善行堂
■角谷建蔵『岩波文庫の黄帯と緑帯を読む』(青弓社) ※「赤帯を読む」が結構面白かったので。
■吉本隆明『源氏物語論』(ちくま学芸文庫) ※2冊目購入
■アンリ・トロワイヤ『ドストエフスキー伝』(中公文庫) ※2冊目購入 以上3冊 古書現世
■吉田知子『無明長夜』(新潮文庫) ※2冊目購入 古書往来座
■中村光夫『憂しと見し世』(中公文庫) 退屈文庫
■田村隆一『鳥と人間と動物たち』(徳間文庫) 嫌気箱
■宇野千代『私の文学的回想』(中央公論社) チンチロリン商店

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マルクス再生?

新聞の整理をしていたら、マルクス経済学者・的場昭弘の記事に目が留まった。2月16日付朝日新聞朝刊〈資本主義はどこへ〉。的場は今回の経済危機を、「みんなが怖がって口に出さないけど、恐慌です」と言い切っている。「資本主義にとって恐慌は本来、過剰生産を解消する内在的メカニズム。そのつど企業の整理や非生産的部門の排除によって資本主義は洗練されてきた。しかしながら、市場の独占化により、そのメカニズムが働きにくくなり、過剰生産を生む内部矛盾は解消されないまま、恐慌の長期化がもたらされる」と語っている。

サブプライムローンの破綻に端を発する世界同時不況を「金融不況」とだけで捉えていたら、未曾有の経済危機の出口は見えて来ないだろう。計画経済による社会主義(経済)への移行が解決策と考えるのも単純過ぎる。しかし、「新自由主義」なる資本主義の市場原理にそのまま従っていたら、事態がますます深刻化するのは、経済の素人でもわかる。

小林多喜二『蟹工船』がここに来て若者を中心に多くの読者を獲得し、マルクスに関する本が注目を浴び、識者によるマルクスへの言及が増えているらしい。

格差、貧困、派遣切り、自己責任等の問題があらゆる場面で論じられ、閉塞感の強まる現代を象徴する現象なのだろうか。「疎外」「搾取」などのタームを軸に資本主義経済の問題点を見極め、新たな可能性を探ってゆく。人間性の回復を目指す。このような観点からマルクスに関心が持たれたとしても不思議ではない。

内田樹はブログで次のように述べていた。(「甦るマルクス」)

マルクスのいちばんよいところは、「話がでかい」ところである。貨幣とは何か、市場とは何か、交換とは何か、欲望とは何か、言語とは何か・・・そういう「ラディカルな話」をどんと振って、私たちに「ここより他の場所」「今とは違う時間」「私たちのものとは違う社会」について考察させる。マルクスのこの「風呂敷のでかさ」に私は満腔の賞賛を惜しまない。(略)マルクスは私たちの思考に「キックを入れる」。多くの読者たちはおそらくそのような効果を期待してこれまでマルクスを読んできたはずである。私はそれでよいと思う。マルクスを読んで「マルクスは何が言いたいのか?」というふうに訓詁学的な問いを立てるのは、あまり効率のよい頭の使い方ではない。(略)マルクスを読んでいるうちに、私たちはいろいろな話を思い出す。それを読んだことがきっかけになって、私たちが「生まれてはじめて思い出した話」を思い出すような書物は繰り返し読まれるに値する。マルクスはそのような稀有のテクストの書き手である。

「話がでかい」、「キック力」という表現には若干抵抗を感じるものの、マルクスの多面性、そのテクストに潜む可能性、思考を喚起する圧倒的な力を認識し、繰り返し読まれるに値すると言っていることには十分肯ける。

マルクスの限界を言挙げし、マルクス主義を批判するためにのみマルクスを読むことに意味はない。生活者としての実感を重んじ、現実と対峙していく姿勢を失わないことの重要さは言うまでもない。だが同時に、マルクスのテクストを読み込み、現代社会、資本主義が内包する危うさを見据え、思考をめぐらせることが無駄な営為とは思えない。

実存主義以降現在に至るまでの思想の変遷を見ても、脱マルクス主義、マルクス主義批判の潮流が絶えないとはいえ、マルクスがその席を明け渡したとは思えない。加えて、資本主義が私たちの予想を超える、或いは予想もしない形で変容していこうと、マルクスの普遍性は、あっさり消失するようなものではないだろう。この世界にユートピアが出現しない限り、マルクスは生き続ける。

高3以来現在に至るまで、私が読んできたマルクスに関する書物の中から、役立った本、刺激を受けた本の一部を参考までに挙げておきます。

〔マルクスの著書〕

■『経済学・哲学草稿』(岩波文庫)

■『資本論(1)~(3)』(岩波文庫)※(1)~(3)は第一巻に相当する。

■『共産党宣言・共産主義の諸原理』(講談社学術文庫

〔マルクス論、解説書ほか〕

■ 梅本克己 『唯物史観と現代』(岩波新書)

■ 宇野弘蔵 『経済原論』(岩波書店)

■ 吉本隆明 『吉本隆明全著作集12 思想家論 丸山真男論 カール・マルクス』(勁草書房) ※『カール・マルクス』は現在、光文社文庫で読める。

■ 廣松渉 『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書)

■ 廣松渉 『物象化論の構図』(岩波書店) ※現在は岩波現代文庫

■ 三浦つとむ 『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)

■ 城塚登 『新人間主義の哲学 疎外の克服は可能か』(NHKブックス)

■ 柄谷行人 『マルクスその可能性の中心』(講談社) ※現在は講談社学術文庫

■ 今村仁司 『マルクス入門』(ちくま新書)

■ 都留重人 『マルクス』〔人類の知的遺産50〕(講談社)

■ サルトル 『方法の問題』 (人文書院)

■ メルロ=ポンティ 『弁証法の冒険』(みすず書房)

■ アルチュセール 『マルクスのために』(平凡社ライブラリー)

■ デリダ 『マルクスの亡霊たち』(藤原書店)

■ フランシス・ウィーン 『 マルクスの『資本論』 』(ポプラ社)

〔その他〕

■ マルクス 『ドイツ・イデオロギー』『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』 (岩波文庫)

■ 的場昭弘 『 超訳『資本論』 』 (祥伝社新書) 『ネオ共産主義論』 (光文社新書)

■ 仲正昌樹 『ポスト・モダンの左旋回』 (世界書院) 『思想の死相』 (双風舎)

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