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佐野洋子のエッセイ (2) 『神も仏もありませぬ』

昨年11月にようやく文庫化された『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)は、『ふつうがえらい』から12年後のエッセイになる。(間に『あれも嫌いこれも好き』が出版されているが)

いきなり呆けてしまった八十八歳の母親の話から始まる。著者を「奥様」「そちらさま」と呼ぶ母に年齢を聞くと「四歳」と答える。それでも、「この人の中では私はどこかで動かぬ子として存在していると感じる。」
「私は年老いることをずっと確認しながら生きてきた」と、自らの人生を振り返りながら、次のように語る。

今思うと、十代の私は自分の事以外考えていなかったのだ。共に生きている同時代の人達以外に、理解や想像力を本気で働かせようとしていなかった。しかし自分が四十になり五十になると、自分の若さの単純さやおろかさ、浅はかを非常に恥じ入る様になり、その年になって小母さん達の喜びや哀しさに共感し、そして人生四十からかも知れないと年を取るのは喜びでさえあった。(略)そして、六十三歳になった。半端な老人である。呆けた八十八歳はまぎれもなく立派な老人である。立派な老人になった時、もう年齢など超越して、「四歳ぐらいかしら」とのたまうのだ。私はそれが正しいと思う。私の中の四歳は死んでいない。雪が降ると嬉しい時、私は自分が四歳だか九歳だか六十三だかに関知していない。
呆けたら本人は楽などと云う人が居るが、嘘だ。呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。年がわからなくても子がわからなくても、季節がわからなくても、わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。

肉親が呆けてしまった者には、「よるべない孤児」という言葉が痛く突き刺さるに違いない。佐野洋子は、母のその姿に不安と恐怖を覚える。やがて自分もそうなるであろうと。それでも、母を立派で正しいと言い切っている。そこに救いがある。

このエッセイで佐野洋子は、象徴的とも言える「死」に触れている。一つが、ガンで一週間少ししかもたないと言われた愛猫フネの「死」。
一番高いかんづめを買って、スプーンで食べさせる場面。

フネは私の目を見ながら舌を出して白身を一回だけなめた。私の声に一生懸命こたえようとしている。お前こんないい子だったのか、知らんかった。気が付くとフネは部屋の隅に行っていた。(略)ガンだガンだと大さわぎしないで、ただじっと静かにしている。畜生とは何と偉いものだろう。時々そっと目を開くと、遠く孤独な目をして、またそっと目を閉じる。静かな諦念がその目にあった。人間とは何とみっともないものなのだろう。じっと動かないフネを見ていると、厳粛な気持ちになり、九キロのタヌキ猫を私は尊敬せずにはいられなかった。

ほとんど食べることもできなくなったが、二週間が過ぎる。フネはもう砂箱まで行けない。それでも健気に、人間用のトイレのところまで必死に行って、便器の前で用を足す。一ヶ月後、クエッという声を上げ、息をひきとるが、著者はもう驚かない。

私はフネのように死にたいと思った。人間は月まで出かける事が出来ても、フネの用には死ねない。月まで出かけるからフネの様には死ねない。フネはフツーに死んだ。太古の昔、人はもしかしたらフネの様に、フネの様な目をして、フツーに死んだのかもしれない。「うちの猫死んだ」とアライさんに報告したら、「そうかね」とアライさんはフツーの声で云った。

アライさんというのは、親しくしてもらっている農家の旦那さんで、自然とともに生きている人である。命あるものがいつか死を迎えるのはあたりまえのことなのだと、「そうかね」のひと言によって、著者に静かに伝えている。決して温かさを欠く人ではない。あたりまえのことをフツーに受け入れられない、受けとめられない脆さを、著者は自身にも感じている。

もうひとつは、二歳年下の幼なじみ、孔ちゃん(六十二歳)の突然の「死」。妹からの電話で知らされた時、受話器を持ったままペタンと座りこんでしまい、「外に見えるものが世界中から消えてしまった様な気」がしてしまう。
鍋ごと豪快にカレーを食べ、演劇に打ち込み、やがて商社に勤め、億単位のお金を動かすようになる孔ちゃんだが、ふらっと著者の仕事場に来ては、仕事しているところを何時間も珍しそうに見ていたり、アメリカに渡ってからも時々用もないのに電話をかけてきたりしていた。孔ちゃんとの思い出が走馬燈の如く頭の中を駆けめぐる。

赤ん坊の時から友達は孔ちゃん唯一人だった。何の根拠もなく私が先に死ぬと思っていた。いやそんな事も考えなかった。どこかに孔ちゃんは居るにきまっていたのだ。「もう一回だけ会いたいよう」。私は声を出して床をたたいた。たたきながら、「一人暮らしってこういう時便利だなあと思っているのだ。そうだ、泣いても平気なんだと思うと、私は大声を出して泣いた。

四十九日の朝、オレンジやピンク、うす紫の雲が幾重にも染まって、浅間山の左の方が透きとおったピンクになり、孔ちゃんが極楽を見せてくれたのだ、と著者は思う。

私たちが老いて、誰にも死が近づいている。これから生き続けるということは、自分の周りの人達がこんな風にはがれ続けることなのだ。老いとはそういうさびしさなのだ。
一ヶ月前床をたたいて泣いたのに、今、私はテレビの馬鹿番組を見て大声で笑っている。生きているってことは残酷だなあ、と思いながら笑い続けている。

日常に還ることが生きていくこと、そして強さ、と取れないこともない。しかし、私には笑顔の底に、大事なものをひとつまたひとつと剥ぎ取られていく悲しみが見えてならない。

もちろん、佐野洋子らしさも随所に見られる。エベレストをあおぎ見たときに、その神聖さに畏敬の念を抱き、登ろうとする人間たちを、感受性を失った馬鹿と吠える。自分は女性として、現役を下りたので「今から男をたぶらかしたりする戦場に出てゆくわけでもない」から幸せで心安らかとも語っている。
農家のアライさん夫妻との心温まる交流、何でもそろっている不思議なドラッグストア「ホソカワ」とその店の奥さんの話。夏になると東京からやって来る古道具屋「ニコニコ堂」の親子との微笑ましいエピソードもある。ご主人はつげ義春『無能の人』のモデルになった人らしい。息子さんは芥川賞を受賞した長嶋有。
だがやはり、この本は「老い」と「死」を見つめる著者の視線が深くまとわりついている分、以前の作品とは趣を異にしている。
この『神も仏もありませぬ』が単行本で出版されてから5年後の2008年。『役に立たない日々』(朝日新聞出版)が世に出る。その本のおよそ3分の1弱あたりに「二〇〇五年冬」という章がある。こう始まる。
「ガンになったので、髪の毛がメリメリと抜ける。」

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