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阪神・淡路大震災から14年 (2)

「運命」という言葉は時に虚しい。何かが起こってから初めて意識する。そして、悪い結果を招いた際には概ね、諦めの謂で使われる。恰も自身を納得させるかの如く。
何の因果か、私は震災発生前夜に大阪入りしたが、災害そのものからも、諦めざるを得ないという運命からも免れた。
震災発生翌々日には、三宮へ行く予定でいた。得意先に向かう道に建つビルが斜めに大きく傾いている光景を目にした時、生かされているという不思議な気持ちになった。
地殻変動という自然時間にとっての2日の違いなど、人間の生活時間に置き換えれば、瞬きする間にもならないのではないかと、思えたからである。

14年目の17日、私の知る限り東京で震災を特集した番組はNHKスペシャル「震災・秘められた決断」のみだった。延焼を防ぐか、人命救助にあたるか。どちらを優先させるかで苦渋の選択を強いられる消防士。想像を絶する数の遺体を前に、火葬場を手配できず、このままでは野焼きしかないのかと苦悩する職員などの証言がとりあげられていた。「逃げるんか!」と罵声を浴びせられたと語る消防士の、無念やるかたない表情は、決して忘れられない。せめてもの想いから、棺に野花を添えた職員のことも同様に。
関西では今年どのような特集が設けられたのだろう。

震災翌年の夏には関西担当の任を終えていたが、特別な事情から年に数回、大阪出張は続いていた。1月17日には大阪にいられるように訪れ、東京では放映されない多くの番組を録画し、持ち帰って見た。しかし、6年目以降は、出張の回数が減り、録画本数もどんどん減っていく。東京では関西ほど大きくは扱わないからだ。10年目という、(その数字に大きな意味があるとは思えぬ)区切りの年はそうでもなかったが。少しずつ忘れ去られていくような気がしてならなかった。そして14年目の今年は、45分番組1本。単に数のことを言いたいわけではない。

現在、神戸の人口の約3分の1は震災を直接体験していない人と聞き驚いた。それだけ多くの方が亡くなり、家を失い、離散し、戻りたくても戻れない現状が今なおある事をもの語っている。大規模な都市計画事業、再開発、区画整理事業によって立ち退かざるを得ない人々がいる。遠く離れた復興住宅の生活で孤独死を迎える高齢者も後を絶たない。
この日本において地震は避けられない。ならば、未曾有の惨事となった阪神・淡路大震災から学ぶべき事はまだまだあるのではないだろうか。その後に起きた新潟中越地震も含め、天災から学ぶべき多くの事が。

前回、大混乱と記したが、被災者の多くは粛々と生きることに全力を傾けていた。同時に、一人でも多くの命を救おう、一件でも火事を消し止めようと力を注いでいたのだ。人の力ではなす術もない、多くの困難な状況と闘いながら。皆無とはいえないにせよ、大きく報じられるほど目立った略奪等の犯罪行為はなかったと聞いている。実際、海外誌の多くは、こういった被災者の様子を賞賛していた。
人の「こころ」の在り方が、どれだけの力を発揮するか、もっと考えてもよいのではないだろうか。
思いも寄らぬ天災に襲われ、命をとりとめた時に、いったい自分に何ができるかを。
(建築物の補強、ライフラインの強化、危機管理の徹底性、課題はいくらでもあるが)

私自身、1月に続き2月、そしてその後も何回か被災地に足を踏み入れたとはいえ、傍観者の一人に過ぎなかったと思っている。身内の手助け、災害に遭った得意先へのお見舞いにしか行っていない。苦しんでいた多くの方々の力になれたわけでもない。それでも、いやそれだからこそ、忘れずに伝えなければならないこともあるのだと、(自戒の意味も込めて)思っている。どんなに微力であっても。

「災害とは家や道路を破壊するだけでなく、もっと大きく深い意味で、生き残った人々を含めて、人間そのもの、人生や存在までをも壊すのだ」と、柳田邦男が、『阪神・淡路大震災10年』(岩波新書)の中で語っている。この言葉を心に銘記しておくだけでも、決して無駄にはならないと、思えてならない。

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