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ETV特集「吉本隆明語る」(2009.1.4放映)を見る

90分という枠で、戦後思想界の巨人、吉本隆明の本質を描くことなど到底不可能とは思っていたが、予想通り断片的にしか伝えられていなかったというのが、正直な感想である。また、3時間に及んだという講演の3分の1も、番組には収められていなかったはずで、初めて吉本の語りを聞いた者にとっては、わかりにくい点が多かったのではないだろうか。
一歩進んでは立ち止まり、半歩後退したかと思うと二歩、三歩と進んで、また立ち止まる。たどたどしい語り口は、昔と変わらない。絶えず自分の中の言葉を紡ぎ出すことに苦闘している。
しかし、30年以上吉本の著書を読み続けてきた私には、「真実」と思える言葉を真摯に探る姿こそ、吉本隆明そのものであり、熱いものが伝わってきた。
以下、番組の内容を簡単にまとめながら、感想を述べてみたい。

いきなり、自らを「主戦主義者」だったと語り出すところなど、正直な人だなと共感を覚えた。終戦時、「生きていることの恥ずかしさでいっぱいだった」とも言っている。〔私は、吉本は右でも左でも、中道でもないと思っている。そんな枠には収まりきらない〕。
精神的には虚無に近い状態の中で、それまで身につけてきた教養が全く役に立たないことを自覚し、「世界をどう把握するか」を自らの課題として、古典経済学を学び始める。アダム・スミスからマルクスまで。スミスの『国富論』の中から、リンゴを枝からもいで取ってくるまでの例を挙げ、労働価値説に触れるが、TVの放映内容だけではわかりにくいように思えた。
吉本思想の大きな要である、マルクスとマルクス主義の違い、反スターリニズムについて触れられていないのも残念であった。もっとも、そのことに時間を割くわけにはいかなかったであろうが。

そしていよいよ「芸術言語論」。他人とのコミュニケーションのために用いられる「指示表出」の言葉は枝葉であって、言語の根幹は、沈黙にある。沈黙に近い、片言、ひとり言ともいえる「自己表出」が芸術の価値を形成していると語り始める。
著書『言語にとって美とはなにか』において、「自己表出」「指示表出」の概念に関しては、あらゆる角度から説かれているが、そう容易に理解できるものではない。ゆえに、話はもう少しわかりやすい具体例を挙げながら進められていく。
日本の俳句など、作者の名前を伏せてしまえば、芭蕉の句とて素人のものと見分けがつかないではないかという、桑原武夫による「第二芸術論」への批判として、小林秀雄も言っているように、芭蕉の句はバルザック、ヴァレリーなどの海外の芸術に、「自己表出」においては決して劣るものではないと語る。
〔※長編小説において、物語の起伏性が芸術的価値に間接的に関与していることを、小林が見落としていると、別のところで吉本は書いているが〕
日本の芸術は「短くすることによって蘇生させようとする」ものだと。
確かにバルザック、ドストエフスキーなどの海外長編文学は、純文学にして大衆文学の要素も兼ね備えていて見事ではあるが、物語に起伏を与えているのは「指示表出」の言葉であって、副次的なものであると語る。
その後、機能主義(ファンクショナリズム)の危うさを説くために、マルクスに触れる。
労働価値を付加していけば、つまりひとつの作品を直せば直すほど、芸術的価値も上がるというマルクスの考え方に異を唱える。「即興的に書いたって、いいものはできる」と。
予定の時間をオーバーし、熱弁を続ける最後のところで語られた内容は、特に印象に残った。

言葉の使い方という点では、現代人の方がはるかにたくさんの言葉を使える。しかしながら、それぞれの分野に専門化していることも否めない。そう話すことで、(はっきりとは言っていないが)吉本は現代の文学における密度の薄さを嘆いているようにも思える。
そして、こう結ぶ。
文明的価値も科学的価値もない時代の(万葉、古今、新古今などの)歌には「全人間力」が込められている。気分、感覚、情操というものが集約されていて強烈である。現代の方がよくなるというものではない。1000年や2000年で人間力の差はでないはずなのに・・・、と。

「半世紀もかけて考えてきたことを、そう簡単にはしゃべれない」という言葉が重く感じられた。
講演の最後近く、聴衆には目も向けず、上を向いたまま語り続ける姿は、まさに吉本自身が「自己表出」の言葉を絞り出しているように、私には思えた。

この番組で語られていたことを、もう少し詳しく知りたいと思うなら、吉本隆明著『日本語のゆくえ』(光文社)が役に立つはずです。 『「言語芸術論」への覚書』(李白社)という本も出ていますが、こちらはTVでとりあげた講演内容とは、ほとんど重なるところはないのでご注意ください。
ただ、最初にとりあげられている「神話伝承と古謡」「歌集『おほうなはら』について」という、やや専門的な文章を除けば、吉本隆明の人間性が明確に出ている、いい本です。

「言語のコミュニケーションとしてはゼロに等しいけれども、自分が自分に内心で問うている。その状態が「自己表出」です。それが芸術的な価値の純粋な意味になると、ぼくは理解しています」
「自分と、それから理想を願望するもうひとりの自分とのあいだがどれだけ豊富であるかということ、これが自己表出の元であり芸術的価値の元である」 
吉本隆明『日本語のゆくえ』(光文社)より

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コメント

new明けましておめでとうございます。
挨拶が遅れましたが、本年もよろしく。
僕もこのETV特集を見ましたが、
風太郎さんのまとめは過不足なく、もう一度、僕の劣化した脳に、いつでも取り出し可能のようにきちんと整理整頓されました。ありがとうございますw。
僕のブログにリンクしておきます。
最近、歩きながら、SDに落とした吉本隆明の講演を聴くことが増えました。不思議なリズムがあって、音としてもあきない。

投稿: 葉っぱ64 | 2009年1月 7日 (水曜日) 10:28

>葉っぱ64さん

新年おめでとうございます。
当ブログへの初コメントに続き、リンクまでしていただき、ありがとうございます。
葉っぱさんの脳が劣化しているなんて、ありえません!だとしたら、私の脳は溶けてなくなる寸前ということになってしまいます(笑)。
高齢の吉本さんが、今なお様々な事象に目をやり、発言を続け、自身にとっての大きなテーマ「芸術言語論」を深めていこうとしている姿を見て、心が震えました。あの語りの中に、まさに「叫び」ともいえるものが聞こえてきました。
長渕の番組もビデオ録画してあるので、週末見るつもりでいます。昨年12月に、「言葉にならない言葉 言葉と沈黙」という記事を書いた際、長渕に触れたので、驚いています。ここに来て、何かがシンクロしているように感じられ。
これからも、ブログを拝見しながら、葉っぱさんの「心のことば」に耳を傾けていきたいと思っています。お身体大事になさってください。
本年もよろしくお願いいたします。

投稿: 風太郎 | 2009年1月 7日 (水曜日) 22:54

初めまして。こんにちは。
葉っぱさんに紹介してもらって遊びに来ました。
今回の吉本さんの挑戦「僕の本なんか読んでいない人に、どうやったら分かってもらえるかが勝負です。」のまるまる対象だった私と親友でしたが、その魅力は充分に伝わりましたよ。そうそう、親友の為にもこの日記、私のブログにリンクさせてもらいます。
これから少しずつ、吉本さんの本を読んでいきたいな、、と思いました。

投稿: みんみん | 2009年1月 8日 (木曜日) 23:00

>みんみんさん

初めまして。
私よりはるか上の世代の方々も含め、多くの方がそれぞれに、様々な気持ちを抱いて聞き入っていたのではないでしょうか。私にすれば、今この時に、テレビでその姿を見られる、言葉を聞けるなど、奇跡に近いものでした。みんみんさんのように、魅力を感じ、新たに吉本さんの本を読んでみようという方がいるのだと思えただけで、我が事のように嬉しくなります。わざわざコメントいただき、ありがとうございます。
余計なお世話と承知の上で、わりと入手し易く、吉本さんのエッセンスが詰まっている本を挙げておきます。
①『悪人正機』(新潮文庫) かなり過激な発言もありますが、その奧には深い思索の跡がうかがえます。 ②『真贋』(講談社インターナショナル)  善悪、批評、生き方、真贋、戦争などについて語られています。 古書でもかまわなければ、ブックオフなら①は105円②は半額の850円くらいで手に入れられるかもしれません。けっこう見かけるので。 ③『日本近代文学の名作』(新潮文庫) 日本文学が好きなら、ひとつの入り口になります。

吉本さんを深く知るには、以下がポイントになるかと思います。聖書(とりわけマタイ伝=マチウ書)、親鸞、マルクス。作家や詩人なら、太宰治、横光利一、夏目漱石、宮沢賢治、高村光太郎。
『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』(角川文庫)から入ると、かなりきついかもしれません。図書館に行けば、全集を含めかなりの著作が揃っているはずなので、まずはご自身で興味のあるところから読まれるのが一番いいと思います。
私もブログでは、これからも吉本さんに触れていきたいと思っていますので、よかったらお越しください。

投稿: 風太郎 | 2009年1月 9日 (金曜日) 02:40

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» [言葉]叫び!吉本隆明/長渕剛 [葉っぱの〜終わりある日常。]
昨晩のNHKのETV特集で、「吉本隆明」を拝見したが、その熱弁にビックリしました。 最後に残るものは「情報」ではなく、言葉にならない「叫び」なんだと、改めて思いました。 「メタよりはベタ」、そのベタが軋みを生むかもしれない、痛み、血の涙を流すかもしれない。 だけ... [続きを読む]

受信: 2009年1月 7日 (水曜日) 10:48

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