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浅田次郎による書評集の発行を望む

極道小説、人情小説、時代小説、歴史小説・・・多才な作家である。

『プリズンホテル』『鉄道員』の中の数作品、『蒼穹の昴』、『壬生義士伝』など、好きな作品も多い。『勝負の極意』『競馬どんぶり』などは、競馬好きなら一読に値する。

が、ここで取り上げるのは書評。浅田作品についての書評ではなく、浅田次郎による、書評である。

私は彼の書評が好きだ。以前、朝日新聞日曜版で書評を担当していたが、それは一つの芸の如くすばらしいものであった。いくつか見てみよう。
※(  )内は、現在入手しやすい文庫本を表示。書評当時は単行本である。

乙川優三郎 『尾烏(おくう)』(講談社文庫)

本書に収められた六篇の主人公たちははみな、武家社会の掟とモラルに縛められながらも健気に生きる人々である。(略)人間というもの、あるいは人間社会というものの不変を改めて痛感させられるほど、彼らの苦悩はわれわれの日々に通ずる。(略)彼らはみな不可避の宿命のうちにあっても、可能な限り抗うことを忘れない。おそらく著者の時代小説におけるオリジナリティーは、この「能う限りの抵抗」であろう。読後には容易に瞼を去らぬほどの美しい風景点描とともに、時を超えたさわやかな共感が残った。

新しい時代小説作家の誕生を寿ぐ、浅田の柔和な顔さえ浮かんでくる。

『川端康成・三島由紀夫往復書簡集』(新潮文庫)

正統の文学ファンにとって、まさに垂涎瞠目の一巻である。(略)内向してゆく戦後文学の潮流の中で、日本浪漫派の遺児・三島は、一縷の光明を超越的な審美作家に見いだしていたのであろう。そして文学の聖火を後進に申し伝えることに心を摧(くだ)いていた川端は、みごとに彼を中瀬からすくいあげた。この間の書簡がある種の神聖さすら漂わせているのは、彼らの関係が人知の及ばざる奇跡の中にあったからなのだろう。歴史の偶然は個々の必然によって形成されるのである。(略)三島を評して川端は「いづれは私の名は文学史上にあなたをdiscoverしたといふ光栄なまちがひだけで残るかもしれません」と言う。彼らは、たがいの存在を担保し合いながら、死すべき時間を生きたのかもしれない。文学の神はその方法を二人の天才に許したのである。

二人への羨望と畏敬の念が伝わってくる。「たがいのを存在を担保し合う」。川端、三島の関係を、かくも短い表現で言いえた例を、私は寡聞にして知らない。

亀井宏 『弱き者は死ね』(広済堂出版)

嘘で捏ね上げた夢物語ばかり書いていると、ときおり無性に切実な私小説を読みたくなる。かと言って面白くもおかしくもない愚痴や、しち面倒くさい人生哲学はごめんだ。ただ、「わかるよなあ、コレ」と呟いてみたくなるのである。(略)比較的寡作な著者は、昭和五十五年に講談社ノンフィクション賞を受賞している。その作家的資質が夢物語のストーリーテリングを厭うものであると考えれば、長い時間をかけて網まれたこの私小説集の持つ、のっぴきならぬ切実さも、大いに肯けるところである。(略)けっして器用ではではないが、かつてのプロレタリア文学を彷彿とさせる無骨な文章も読むだに心地よい。男女の愛憎が希釈されてしまった味気ない世の中にあって、「誠実なる無頼」を見る思いがした。

私小説における自分の好みを単に言い放つのではなく、著者に添いながら、私小説の難しさをも説いている。「わかるよなあ、コレ」も、よくわかる。、実際にこの本を読めばわかることであるが、「誠実なる無頼」も、見事に本質を捉えている。

梁石日(ヤン・ソギル) 『血と骨 上・下』(幻冬舎文庫)

粗野ではある。しかし粗野であることすら忘れてしまうほどの魅力を、この小説は持っている。物語本来の矜(ほこ)りと輝きとを、この作家は無骨な掌の中にしっかりと握っているのである。その奇跡には、父なる人の「骨」と母なる人の「血」を、感じずにはおれなかった。

作品の瑕疵を認めつつも、物語の矜持、力なるものを説く姿勢に共感を覚える。

書評を書いても、小説に比すればわずかな稿料であろう。定期的に連載し、それがある程度の数にならなければ、書評をまとめ、一冊の本として世に出すことが叶わないのはわかる。

浅田次郎には、自らが編んだ、『見上げれば星は天に満ちて―心に残る物語 日本文学秀作選』 (文春文庫)がある。また、文学、小説、小説家について、インタビューや対談の形で語っている『浅田次郎読本 待つ女』(朝日文庫)もあるにはある。が、

浅田次郎による書評集の発行を、切に望む。

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