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友と出逢い 本と出会う ー高校から浪人時代にかけての回想ー

彼らと出逢わなければ、自分の読書の歴史や傾向も随分変わっていたかもしれないと、今でもよく思う。

それまで、全くと言っていいほど、本を読まなかった私が、中1の夏に一冊の本をたまたま手にとった。三浦綾子『塩狩峠』(新潮文庫)である。キリスト教に関心があったわけでも、誰かに薦められたわけでもなかった。自己犠牲の精神の尊さに打たれ、本に魅力を感じるようになった。それがきっかけとなり、読書に開眼。

最初は文庫で日本の作家の代表作を手当たり次第に読み漁った。小説以外は、安吾の『堕落論』、小林秀雄を少々。漱石『三四郎』、川端『山の音』、谷崎『春琴抄』、志賀直哉『暗夜行路』、深沢七郎『楢山節考』などが特に好きだった。太宰にはかぶれ、文庫で手に入るものはすべて読んだ。啄木の歌集、光太郎の『智恵子抄』も繰り返し読んだ記憶がある。

中3になって海外文学へ。ゲーテ『若きウェルテルの悩み』、プレヴォー『マノン・レスコー』、リルケ『マルテの手記』、E.ブロンテ『嵐が丘』は2度続けて読み、ポーの短篇、チェーホフの短篇、トルストイの『アンナ・カレーニナ』はお気に入りになった。そして、ドストエフスキー。完璧にのめりこんでしまった。未だに手元には、下手くそな字で書いた、登場人物の相関図が残っている。作中、愛称も使われるので、これには随分と助けられた。

ここまでは取り立てて話すほどもない、どこにでも転がっている話である。

小説一辺倒だった私に一つの転機が訪れたのは高2になってからである。クラスは一緒ではなかったが、一目置いていた男から「これ読んだことあるか。○○(私の名)なら気に入ると思うぜ」と渡されたのが、倉田百三『愛と認識との出発』だった。夢中になり、夜を徹して読んだ。『出家とその弟子』は読んでいたが、この本の存在は知らなかった。

それからしばらくして、渡されたのが吉本隆明『情況』

マルクーゼ、フーコー、アルチュセール、フーリエ、レヴィ=ストロース、ウィーナー、ゲーデル……。いったい誰? プラグマチズム、アナルコ・サンディカリズム、関係の絶対性、共同規範としての言語、構造主義、重層的決定、不完全性定理、サイバネティックス……。何のこと?一ヶ月かけても読み通すことはできず、ほとんど理解できなかったと言える。ただ、その容赦ない語り口、独特の言い回し、鋭い観察眼には強く惹かれた。自分の読書体験の中で出会ったこともない世界だった。

大学紛争における教授陣たちの姿勢に対する批判、太宰の逸話に触れながら何人かの文学者のいんちきさを説いているところには共感を覚えた。前田武彦、野末陳平、青島幸男、大橋巨泉などの芸能人を扱った章は、とりあげる対象が他の章とは異質だが、同じ著者の「ことば」で語っている、つまり、ぶれたりせず、同じレベルでさばいているように感じられ、面白く読めた。

同い年の人間が、こんなものを読んでいることに大きなショックを受け、自分の世界の狭さを恥じた。私の貧弱な読書の畑に、彼が大きな種をまいてくれたと、感謝している。

今では、吉本隆明自身の著書、雑誌『流動』『テーゼ』『ユリイカ』『現代思想』『現代詩手帖』などの吉本特集、多くの吉本隆明論を含めると200冊を超える吉本関連本が手元にある。

もう一人、同じ高校の友人。授業の厳しさ、難しさゆえ、畏怖されていた国語の教師が、ただ一人絶賛したという彼。お互い浪人が決まり、予備校が同じになった。彼は国立コースだったため、校舎も授業時間も別だったが、共に過ごす時間がどんどん多くなっていった。二人とも気に入った英語の人気講師がいた。コースが異なると教材が違うので、互いの教科書をコピーし、もぐりで授業を受けた。顰蹙を買いそうだが、当時は当たり前のように行われており、講師自身が承知していた。小さめの教室の後ろには立ち聴きの列、すごい時は、開いたままのドアの外から覗き込んで聴いている者もいたくらいで、誰が見ても一クラスの人数を遙かに超えている。のどかな時代であった。

彼も私も、自分のカリキュラムの半分はエスケープしていた。こんなつまらない授業を聴いているくらいなら、喫茶店で本を読んでいた方がいいと思うところが、似ていたのだろう。彼のバッグは、いつも異様に膨らんでいた。教科書に辞書を2冊加えてもそんなにはならないというほど。一緒に過ごすようになって間もなく、中を見せてもらった。白い大きな本が入っていた。メルロ=ポンティ『眼と精神』(みすず書房)。言葉を失った。

吉本隆明の本は少しずつ読む量が増えていたものの、哲学となるとサルトル『嘔吐』、ニーチェ『ツァラトゥストラ』、デカルト『方法序説』くらいしか読んでいない。当然、その分野では彼の話し相手はつとまらない。時折解説してくれたが、こちらには下地がないのだから、理解できるはずもない。それゆえ、話題は自ずと文学になったが、2時間、3時間話しても飽きなかった。秋の気配が感じられるようになった頃、彼はフーコーの『言葉と物』に挑んでいた。

なんとか浪人生活から抜け出した後、彼の影響もあって、哲学、思想書ばかり読みふけるようになっていた。それは同時に、古本屋通いの始まりでもあった。

最初の彼は、本来なら完璧に文系の頭なのだが、特別な動機があって、小児科医になった。今も1年に一回くらいは会っている。相変わらずの読書量だ。浪人の時の彼とはもう20年以上会っていない。どこで何をしているのか、私の知人で知る者がいない。

今、彼に、一番会いたい。

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